神様を決める教室

第五章 願い ⑥

 左手に持ち替えたナイフを、ナッシェの首筋に突き立てようとする。

 しかしナッシェはそれを辛うじて屈んで避けた後、


「《風! こいつを吹っ飛ばして!》」


 強風がミコトの身体を持ち上げ、後方へ吹き飛ばした。痛みはないが、おかげでまた振り出しに戻ってしまう。

 鬱陶しい能力だ。

 しかもまだ全容が掴めていない。


「……強くなさそうって言ったのは、訂正するよ」


 ナッシェが冷や汗を垂らしながら言った。


「ミコト君は、存在そのものが特別な能力みたいなものだね。……びっくりしちゃった。どうやったらあんな体勢で攻撃できんのかなぁ」


 溜息を吐くナッシェ。

 一方、ミコトは――冷静にナッシェを睨んだ。


「お前のパーフェクトなんとかっていう力は、さほど驚異ではないな」


 あわよくばこの一言で冷静さを失ってもらいたいという、分かりやすい挑発。或いは冷静さを失わなくても、隠している手札を晒してくれたら儲けものである。

 そんなミコトの挑発に、ナッシェは――乗った。


「あんまり、アタシの力を舐めないでほしいな」


 ナッシェは片手を突き出し、唱える。


「《そこの灰色のナイフ、アタシの手元においで》」


 ぶるぶる、とミコトの握るナイフが震えた。

 次の瞬間、ウォーカーから受け取ったナイフが弾かれるようにミコトの手から離れ、そのままナッシェの突き出した手に向かう。

 ナイフを受け取ったナッシェは、不敵な笑みを浮かべた。


「と、まあこんな感じで、アタシは色んなものを操れるわけ」

「……何故、最初からこうしなかった?」

「だって、これやっちゃうとすぐに決着がついて面白くないんだもん」


 余裕をアピールするかのように、ナッシェは舌を出していたずらっぽく笑う。

 物体に指令を出す能力――それがナッシェの力なのだとミコトは解釈していた。

 控えめに言って、反則級の能力だ。ライオットの(人間賛歌)やウォーカーの(クラフトチェンバー)とも一線を画している。

 もしかすると、粛正者の能力は皆このくらいの反則級なのだろうか……?

 だとすると……分かってはいたが、なんて場違いな世界なのだろう。

 思わず笑ってしまう。


(……いい策が浮かぶまで、会話で時間を稼ぐか)


 幸い、あちらはお喋りが好きなようだし。

 頭の回転は止めていない。師匠の言う通り、分析を続けながら口を開く。


「賢さの試験で、ルシアに答案用紙を見せるよう頼んだのはお前だな?」

「ん? そうだよ?」


 何の後ろめたさも感じていない様子で、ナッシェは答えた。


「ルシアを嵌めた理由は何だ? 別に点数スコアが高いとは限らないぞ」

「冗談。あのカリスマ性で低点数スコアなわけないじゃん。……私の目を他の子に逸らそうとしても無駄だよ。標的を変える気はないから」


 ナッシェは不動の殺意を漲らせて言った。

 実際――ルシアを粛正すれば莫大な点数スコアが手に入ることは明らかになっている。羽を受け取ったということは、神様の寵愛を受けている証。即ち大量の霊子を所持する証明だ。


「アタシも同じクラスだから、聖女の特異性は身に沁みてるよ。……あの純粋な博愛主義、本性なのかな? もし偽っているなら相当な精神力だよ。もっと過酷な試験で追い詰めないとあの子は本性を見せない気がするなぁ」


 そんな言葉を聞いて、ミコトは口を開く。


「お前はこの学園の試験を、人の本性を暴くためのものだと思っているのか?」


 ナッシェは不思議そうに首を傾げた。


「そう思ってるよ。皆もそうなんじゃない? 学園の試験は、生徒たちを追い詰めて本性を暴くためにあるんだと思う。追い詰められた時の行動こそが、人の本性だから。……神様はその本性を見て、次の神様を選びたいんじゃないかな」

「違う」


 ミコトは首を横に振った。


「追い詰められた時の行動は、。それ以上でもそれ以下でも決してない。本性とは全くの別物だ」


 ミコトは続ける。


「人を追い詰めることで、異常な行動を強いるこの学園の試験を、僕は正しいものだとは思わない。だから僕は、僕が正しいと思ったことを優先する」

「……それが、聖女を護ることなんだね」


 その通りだとミコトは首肯する。

 そしてそれは、やはり――正しい人にはなれないことを示していた。

 追い詰められた時の行動こそが人の本性。そう言い訳すれば、追い詰められて違反者になった生徒を躊躇なく処理できる。この人物の本性は悪だったから裁いてもいいのだと、自分に嘘をついて罪悪感を紛らわすことができる。

 でもミコトはそうしない。

 自分が正しくないという事実を、正面から受け入れる。


「真面目なんだね、ミコト君は。違反者はルールを破った悪人なんだから、それを裁く粛正者は正義の使者なんだ~! って考えたら、楽になれるのに」

「慣れてるんだ」


 わざとらしく演技しながら語ったナッシェに、ミコトは告げる。


「罪の意識を感じながら、人を殺すことには慣れている」


 今更、負担に感じることはない。

 ただ、生前と同じことを繰り返す。それだけのこと――。


「アタシ、そういう考え方……好きだよ」


 ナッシェは優しく微笑む。


「でも、ごめんね。アタシにも成すべきことがあるから――」


 静かに顔を伏せたナッシェが、肺に溜まった酸素を吐き出してから顔を上げる。


「今から――貴方を殺す」


 ナッシェの双眸には、純粋な殺意だけが宿っていた。

 欠片ほど残っていた情が、今、完全に消える。

 ナッシェはポケットから細長い枝のようなものを二本出した。それを素早く擦り合わせると棒が燃えて火が生まれる。……マッチのような道具なのだろう。


「《炎よ、アタシの目の前にいる男を焼け》」


 木の棒に灯っていた炎が、広がってミコトに迫った。

 人体にとって火は極めて殺傷力の高い兵器だ。ミコトは慌てて後退する。

 形のない炎は、避けることはできるが防いだり弾いたりすることはできない。先程の弾丸と違って下手したら無限に攻撃されてしまう。

 迫り来る炎を避け続けていると、前方でナッシェが大きく息を吸い出した。

 そして――力の限り、叫ぶ。


「――《ドラゴンよ! アタシの目の前にいる男を殺してちょうだい!》」


 ゾワリ、と嫌な予感がして全身の肌が粟立った。

 前後左右、四方八方、辺り一帯にいたドラゴンが一斉に襲い掛かってくる。いずれも変異していないドラゴンだが、試験のルールを無視してミコトを攻撃しようとしていた。

 生前から使っている師匠から譲り受けたナイフを手に取り、ドラゴンの爪を受け流す。

 ドラゴンは無限に襲い掛かってきた。しかもナッシェが放った火も健在である。

 加えて――。


「な……ッ!?」


 ミコトたちが足場に使っている巨大なドラゴンまでもが、ナッシェの指令に従った。

 巨大なドラゴンは身体を一回転させてミコトを落とそうとする。咄嗟にミコトは鱗の隙間にナイフを突き立て、ぶら下がって耐え忍んだ。

 ドラゴンが身体を一回転させたところで再び背中に着地する。

 一方、ナッシェは能力で従わせた別のドラゴンの背に乗っていた。


「これは……」


 かなり、まずい。

 この高さ、落下したら即死だ。――下手に動けない。


『混乱するな。カラクリを見抜きなさい』


 こめかみを汗が伝う中、師匠から教わった言葉を思い出した。


『完璧な攻撃なんて絶対にないわ。どんな相手でも、必ず付け入る隙はある』


 師匠の言葉が間違ったことなんて、少なくともミコトの前では一度もなかった。

 だから、従う。


(……探せ)