神様を決める教室

第五章 願い ⑦

 ナッシェの能力にある隙を。そのカラクリを。

 現状、違和感は二つある。

 一つはナッシェの台詞だ。

 ――だって、これやっちゃうとすぐに決着がついて面白くないんだもん。

 ナッシェは用心深い性格だ。何故なら彼女は普段、今のような本性とは真逆の気弱な少女を演じている。演技に力が入っているのは粛正者として慎重に立ち回りたい証拠だろう。

 そんな彼女にしては、不用意な出し惜しみである。

 だから、この台詞は半分事実だがもう半分はブラフなのだと思った。

 確かに相手の武器を奪えば一瞬でケリがついて面白くないのかもしれない。だが同時に、ナッシェはああ告げることで、自分はまだ武器を隠し持っているかもしれないという可能性を示唆したのだ。一度出し惜しみしたのだから、まだ何か出し惜しみしているかもしれない……そうミコトに思わせるのがナッシェの狙いだと仮定する。

 だとすれば、意味はない。

 

 師と共に積み上げてきた壮絶な戦闘経験が、ミコトに正確無比な判断を与えていた。

 ナッシェの手札は全て公開されている――。


「これでも、殺せないの……ッ!?」


 迫る炎とドラゴン、その両者を避け続けているとナッシェが焦燥した。

 そんなナッシェを一瞥し、ミコトは二つ目の違和感について考える。


(……何故、ナイフを奪ってこない?)


 こちらが二本目のナイフを取り出してから、三分が経過している。

 なのにナッシェは、このナイフを能力で奪おうとしなかった。


「……どんな存在とも対話できると言っていたな」


 ドラゴンの尻尾を紙一重で避けたミコトは、ナッシェに語りかけた。


「対話はできても、お願いを聞いてもらえるかどうかは別というわけか」

「……ちっ」


 ナッシェの表情が歪んだ。その舌打ちは肯定と受け取る。

 少し勘違いしていた。

 ナッシェの能力は、あらゆる存在へ命令ができる――というものではない。彼女ができるのはあくまでも対話までだ。命令でも脅迫でもなくなのだから、当然、ナッシェが何かお願いしても相手に拒否される可能性がある。

 つまりナッシェの指令は、不発に終えるリスクがある。

 多分……重要なのはだ。

 奪われたナイフはウォーカーからの借り物だった。だが今、この手に握っているのは生前から使っている、師匠から譲り受けた大切なナイフである。その柄と刀身には数え切れないほどの傷と共に思い入れが詰まっていた。ミコトにとっても、ナイフ自身にとっても……。

 ゆえにこのナイフは、ミコトの味方なのだ。

 ナッシェもそれが分かっているから対話を試みない。

 一つの隙を発見する。――ナッシェの能力に、縁、或いは絆といったものを凌駕するほどの力はない。

 となれば、武器も、靴も、服も、これ以上奪われる心配はなさそうだ。


「律儀だな。最初から全部正直に説明してくれていたわけか」

「まあね。大抵の人は、勝手に勘違いしてくれるから」


 実際、勘違いしていたので耳が痛い。


「それに、カラクリに気づいたとしても――貴方が有利になるわけじゃないッ!」


 その言葉は否定できない。

 ナッシェは更に炎を用意し、おまけに弾丸まで放ってきた。

 炎を避け、弾丸を斬り、ドラゴンの攻撃を受け流す。


「く――ッ!?」


 後方の弾丸に対応しようと身体を捻ったタイミングで、巨大なドラゴンがまた身体を一回転させた。咄嗟にドラゴンの鱗に掴まって落下は避けるが、迫る弾丸がミコトの腹を貫く。

 痛みに耐えていると、巨大なドラゴンが動きを止めた。

 足場が安定したので顔を上げた直後――滑空するドラゴンの尾が顔面に叩き付けられる。

 ぐらり、と視界が揺れた。

 意識が消える――――その寸前。

 ミコトの脳裏に、師匠との日々が過ぎった。


          ◆



『あーあ、また火傷しちゃったの?』


 いつも通り、師匠と過ごしていたある日。

 その日は師匠からの指示で炎を使った訓練をしていた。ミコトの周囲には、違法ルートで入手した火炎放射器が大量に設置されている。火炎放射器は単発式かつ師匠が持つリモコンで引き金が引かれるよう改造されていた。

 これは、


『目だけに頼っちゃ駄目よ。ちゃんと感覚で、第六感も駆使して相手の攻撃を見抜きなさい』

『あの……師匠、この訓練には何の意味が?』

『ん? それはほら、あれよ、あれ。急に火の玉が沢山飛んでくることもあるでしょ?』

『ないだろ……』


 どんなシチュエーションを想定しているんだ……。

 ただの嫌がらせ、もしくは下らない暇潰しだと思い、幼いミコトは唇を尖らせた。

 しかし師匠は真剣な表情を浮かべる。


『いい、ミコト? 貴方はいつか、不思議な能力を使う人と殺し合うかもしれないわ』

『不思議な能力って……超能力とか?』

『かもしれないわね。だから、その時に勝つための技術を叩き込んであげる』


 そういうやり取りが、師匠との間で何度もあった。

 結局、最期まで訓練の意図は分からなかったので、ミコトはやはり師匠の暇潰しなのだと思っていたが……今の状況を考えると話は変わってくる。

 ああ――――師匠。

 天を仰ぎ見て、ただただ呆然としたい気分だった。

 謎が……生前は感じていなかった謎が、着実に深まっている。

 貴方は一体――――何者なんだ。


          ◆


 パチリ、とミコトは瞬きをする。

 意識は朦朧としていたが途切れることはなかったらしい。尻尾を叩き付けられて激しく転がっている身体を翻し、巨大なドラゴンの背中で踏ん張ってみせる。


「意味分からないくらい頑丈だね。でも、もう驚かないよッ!!」


 ナッシェが追加で炎を放ってきた。

 同時に、ミコトの脳裏に師匠の言葉が過ぎる。


『炎は接近が分かりやすい。近づけば熱いからね。ミコトの反射神経なら避けられるわ』


 大気を伝う熱を頼りに、感覚で炎を避け続ける。

 炎は存在自体が目潰しだ。だから目では追わない。

 次いで、ドラゴンが飛来した。


『身の丈以上の敵と戦う時は、とにかく目を見なさい。どんな生物も目だけは正直よ』


 こちらを狙っているドラゴンの数と順序を正確に判断し、一体一体、丁寧に対処する。爪を受け流し、尻尾を屈んで避け、噛み付きは飛び越える。

 ――本当は、無傷で倒したかった。

 自分が痛みを感じるということは、ルシアも痛みを感じるということだ。

 こうしている間にもルシアは苦しんでいる。

 早く解放しなくてはならない。

 早く――この女を殺さなければならない。


「しぶといなァ――ッ!!」


 膠着状態に痺れを切らしたのか、ナッシェは従えていた変異前のドラゴンから降り、巨大なドラゴンの背中に着地しようとする。

 その瞬間を待っていた。

 ミコトはすぐ傍を滑空しているドラゴンにナイフを投擲した。投擲したナイフの柄には視認が困難なほど細い鋼糸が結びつけられており、ドラゴンの翼に引っ掛かる。

 ドラゴンの滑空に合わせて、弛んでいた鋼糸が急速に張った。

 結果、その糸は――ナッシェを切り裂く刃と化す。


「ぐ――っ!?」


 首が断ち切れる寸前、ナッシェは迫り来る糸に気づき、ナイフを盾代わりにした。

 ウォーカー特製のナイフが、鋼糸を防ぎ火花を散らす。


「糸ッ!? いつの間に、こんな罠を――ッ!?」