あなた様の魔術【トリック】はすでに解けております -裁定魔術師レポフスキー卿とその侍女の事件簿-

第一幕 死霊魔術師のダイイングメッセージ ⑤

 リネットは深々とうなずいた。


「新たな当主になられた、と宣言された時も一部の一族の方々が反対されました。そして愚かにもマンフレッド様のお命を縮めようとなされたのです」

「それで?」


 リネットはあっさりと言った。


「皆様を丁重に冥界へと見送られました」


 ガイは身震いした。要するに皆殺しにしたのだ。


『制約』では魔術師の師弟関係についても定められており、師匠の権限が著しく強い。弟子に裏切られた『始祖』が取り決めたからだといわれており、弟子の処分については、厳しい処罰が認められている。時として『魔術師殺し』の禁忌すら許されるほどに。まして一門の当主となれば皇帝のように絶対的な権力を握る。しかも話を信じるならば、当主への反逆である。殺したところで罪にはならない。正当防衛だ。

 しかもリネットは侍女にもかかわらずその事実を平然と口にした。レポフスキー家にとっては醜聞ですらないのだろう。


「いやはや、凄まじい話だな」


 ガイは内心の動揺を抑えながらとぼけたように頭を掻く。


「わたくしは魔術には詳しくありませんが、ご親族の方々によればマンフレッド様の魔術の才は、歴代当主でも五指ごし、いえ三指さんしに入るほどだと」


 それほどか、とガイは泣きたくなった。話半分としても、魔術の才は半人前のガイでは遠く及ぶまい。あわよくば名前だけの無能であってくれれば、と期待したのだが、やはり甘い考えだったようだ。


「一体どのような魔術を使われるのかな」

「一通りは」リネットは指折り数え出す。


「白魔術・黒魔術・幻影魔術・呪術・獣魔術じゅうまじゅつ・召喚術・変身魔術・紋章魔術・錬金術……わたくしが申し上げられるのはこれくらいですが、レポフスキー家に伝わる魔術の精髄せいずいを全て身につけておられます」

「死霊魔術(ネクロマンシー)もか?」

「はい」


 ガイは質問したことを半ば後悔していた。間違いなく化け物だ。敵に回せば命はない。

 咳払せきばらいで内心の動揺をごまかすと、ゆっくりと茶をすする。


「そこもとも魔術に一家言を持っているようだな」

「滅相もないことでございます」


 リネットは静かに首を振る。


「先々代の頃に拾われ、レポフスキー家に使用人としてお仕えしてきました。ですが、魔術の才など塵芥(ちりあくた)ほどにもございません」

「本当に?」

「はい」


 確かに魔力のある者が使用人になるなど考えづらい。だが、レポフスキー家が、役立たずの『魔力なしマギレス』を側に付けるだろうか。確かにリネットからは魔力を全くといっていいほど感じられない。魔術師であれば魔力の有無は察知できる。魔術師自体が暖炉のようなものだ。炎そのものは見えなくても熱や空気の揺らめきは肌で感じ取れる。

 だが、腕の立つ魔術師であれば他人に魔力を感じさせない芸当も可能だという。ガイには無理だが『魔力なしマギレス』の振りをして、相手の油断を誘う手口を師匠から聞かされたことがある。油断はできない。


「わたくしからも質問してよろしいでしょうか?」


 唐突にリネットが聞いてきた。


「何かな」


 返事をしながらガイは気を引き締める。


「そちらの亡骸はどちらから?」


 そう言いながら振り向いた視線の先にはハリーの死体があった。

 ガイは声にならない声を漏らしながら考える。適当にそこらの墓場から掘り返した、と言おうと思ったが、この付近にあるのはいずれも農家である。ハリーの死体は上半身裸のままだ。背中の傷は壁に隠れているので気づかれる心配はないが、色白でやせっぽちの体は、おおよそ農夫には見えない。


「何故、そんなことを?」


 答えにきゅうしたガイは質問を返した。理由の半分は、見当外れの答えで勘付かれるのはまずい、という臆病な気持ちだった。もう半分は時間稼ぎだ。


「『死霊魔術師(ネクロマンサー)』の方々が何より重要視するのは死体の入手、と聞き及んでおります」


 確かに、『死霊魔術師(ネクロマンサー)』にとって死体は様々な意味を持つ。武器であり研究材料であり、部下であり兵隊である。大昔であれば、村の一つ二つを亡骸の山に変えたそうだが、『同盟』の指導もあり自粛している。今は墓場から掘り返すのがポピュラーな方法である。戦争でもあれば敵味方問わず回収するところなのだが。


「主人も常日頃から新鮮な亡骸はないかとこぼしておいでですので、あれほど新鮮な死体をどこから手に入れたのか気になりまして」


 淡々と答えるリネットの表情には感情が見えなかった。ガイは迷った。言葉通りに受け取ってよいものだろうか。この女何を考えている? もしやこの娘、俺が本物のハリーでないと疑っているのか。

 疑惑、恐怖、戸惑い、脳裏に様々な感情が渦巻いて混沌こんとんを生み出している。

 そもそもリネットは本当にレポフスキー家の侍女なのだろうか。今日ここに来た以上、関係者であることは間違いないだろう。偶然、レポフスキー家を騙る詐欺師さぎしが来るなどまずあり得ない。しかし、侍女であると断言する証拠もない。

 もしや、とガイの背中に冷たい雷が走った気がした。


 目の前の女こそが本物のマンフレッドではないだろうか。


 もし本物のレポフスキー卿であれば、女に変身するなど造作もあるまい。

 異変を察知したためか、あるいは当初からの予定だったか、侍女と偽って反応を窺っているのではないだろうか? リネットがここに来てもう小半刻【三十分】近くも経つが、未だにマンフレッドが来る気配はない。はぐれた、と言っていたがリネットには身を案じる様子もなければ、勝手に主人の側を離れてしまったと不始末を不安がる気配もない。出された茶にも手を付けず、礼儀正しく座っている。

 もちろん申告どおりただの侍女、という可能性も残っている。ただ、一度気づいてしまった疑いは蜘蛛くもの巣のように音もなくガイの脳裏に糸を張り、広げていく。


「どうかなさいましたか? 少々顔色が優れないご様子ですが」


 リネットが覗き込んでくる。

 誰のせいだと、と叫びたくなるのをこらえながらガイは視線をさまよわせる。


「気遣いは無用だ。ああ、そうそう。死体の件だな」


 汗をハンカチでぬぐいながらも頭の中でしきりに思案を巡らせる。


「あれは……買ったのだ」

「買った」


 ガイの返事が予想外だったのだろう。はじめて人間らしい感情のこもった声で、オウム返しで繰り返す。ざまあみろ、と心の中で会心の笑みを浮かべながらガイは続ける。


「墓守に金を握らせて、な。新鮮な死体が出たら知らせるようにと。何、この辺りは貧乏な村も多い」

「なるほど」


 リネットは何度もうなずいた。


「大変参考になりました。不躾ではございますが、少し拝見してもよろしいでしょうか」

「構わぬ」

「失礼いたします」


 リネットは立ち上がると、ハリーの死体に近づいた。真正面に立つと一礼してからハリーをためつすがめつ見る。まるで服の品定めでもしているかのようだが、目の前にいるのは上半身裸の死体である。ハリーの方がリネットより頭半分ほど高い。顔や頭を見ようとすれば自然とつま先立ちになっているようだ。


「ああ、触らぬように」


 とっさに注意を呼びかける。下手に触られて背後の傷を見つけられたら面倒だ。


「かしこまりました」


 リネットはこちらを振り返って返事をした。そしてまたハリーの死体に向き直ると唇に手を当て、考え込むような仕草をする。次の瞬間、リネットはつま先立ちになり、艶を失いつつある顔に鼻先を近づけた。ほんの一瞬ではあったが、頬に口づけしたようにも見えた。

 あまりに予想外の行動に、ガイは咎め立てるべき言葉も失った。まさかこの女はハリーと同じ性的嗜好の持ち主なのか?


「失礼いたしました」


 困惑するガイをよそに、リネットは死体に一礼してから今度は窓の側に立っていた。窓枠に手を掛けて身を乗り出し、雨の降り続く塔の下を覗き込む。