あなた様の魔術【トリック】はすでに解けております -裁定魔術師レポフスキー卿とその侍女の事件簿-
第二幕『召喚師』の不在証明 ④
一瞬遅れて外から悲鳴が聞こえた。口の中から師匠の頭が転がり落ちたのだ。驚きもするか、と他人事のように思いながら次の命令を唱える。あの首を調べられたら、クラークがすでに死んでいたと気づかれる。早く処分しないとまずい。
「あの首を燃やせ!」
口の中からパズズに命令を下す。
わずかに開いた口から巨大な炎の柱が立ち上がるのが見えた。 絶望的な絶叫と悲鳴が聞こえる。誰かが巻き添えになったのかもしれない。可哀想だが仕方がない。クラークは召喚術の失敗でパズズに食い殺された。それがモーガンの筋書きである。万が一、があっては困る。
パズズの魔術であれば、人間の頭一つ黒焦げにするくらいわけもあるまい。ついでに踏み砕いてしまえば、痕跡は何も残るまい。
そろそろか。
カイルたちが手に負えないと判断し、魔法陣を使う頃だろう。召喚した魔物を強制送還するための術も施されている。師匠も死んで、仇も討てないとなれば、さらなる被害を防ぐためにはやむを得ない措置だ。送還された魔物は、元居た場所へと送り返される。
パズズの姿が光に包まれる。強い光にモーガンは一瞬目がくらむ。次に目を開ければ、再び真っ暗闇の世界にいた。口を開けるように命じて、パズズの中から這い出る。
先程の『第三召喚室』の中だ。無事に戻れたらしい。召喚同様、送還にも魔力が必要だ。口の中からパズズを送還しようとすれば、魔力の流れで気づかれる可能性もある。カイルたちが送還してくれるのだから魔力を使わずに済む。
「己の世界へ戻れ」
命じると、魔法陣に黒い渦が発生し、パズズは闇に消えていった。
静寂に包まれてモーガンはほっと息を吐く。
これでクラーク・スペンスは悪魔召喚実験の失敗で死んだことになる。大勢の弟子たちが目撃しているのだ。間違えようもない。その間、モーガンは別の部屋にいたことになっている。疑惑すら起こるまい。
歓喜の叫びを上げたくなったが、ここでほっとするのは早い。まだ後片付けが残っている。悪魔の粘液だらけの服を脱ぎ、呪文を唱える。
「『浄化』」
魔術で体の汚れを払い落とす。本来であれば、魔術で物理的な接触を防ぎたかったが、パズズの口の中ではそうはいかない。髪の毛を触り、粘液が消えたことを確かめてから、元の服に着替える。身だしなみに変化がないのを確認してから自身の手の甲を嗅いでみる。鼻が悪臭に慣れてしまっているせいで嗅ぎ取りにくいが、どうも臭っている気がする。
「……やはり、か」
粘液は魔術で落とせても臭いが残ってしまう。計画時から予想はしていたが、鼻を焼くような悪臭は予想以上だった。水と石鹸でもなかなか落ちない。服の残り香でばれてはどうしようもない。用意しておいた香水で誤魔化すことにした。強い香りなので犬でもない限り、気づかれまい。
最後に師匠のマントや粘液塗れの服、魔術封じの首輪など、犯行に使った道具を魔法陣の刻まれた布で包み、まとめて燃やす。召喚室の中であれば魔術も使える。しばらく経つと黒い炭の固まりが残った。白い煙の出るそれを、ゴミ処理用の穴の中に放り込む。穴の奥では掃除屋と呼ばれるスライムを飼っている。知性も何もない、弱い魔物であるが、たいていのものは食べてしまう。地上までゴミを運ぶ必要がない。これで後始末は終わった。
何食わぬ顔で部屋の外の様子をうかがう。随分と騒がしい。『第一召喚室』の事故が、外の弟子たちにも知れ渡ったようだ。己も駆けつけなければならない。
『第一召喚室』に入ると異臭が鼻を突いた。死体の焦げた臭いだ。
やはりパズズの炎で焼かれた人間が出たらしい。なるべく犠牲者は出さないようにと考えていたが、致し方ない。食わせたはずの首が口から飛び出してくるなど、モーガンにとっても予想外だった。
「モーガンか」
奥の部屋からカイルが傷ついた姿でやって来た。骨折したのか、左腕を抱えている。
「何があった?」
つとめて途方に暮れた様子でそれだけを尋ねる。あまり感情的になると、空々しくなって芝居だとばれる。
「パズズの召喚に失敗した」
「師匠は?」
「……食い殺された」
そこでカイルは血だまりの中を見つめる。実験室の中央で、布包みを取り囲むようにして同輩たちが号泣している。どうやら中身は、クラークの頭部らしい。
「その上、炎に巻かれて黒焦げの上に踏みつぶされた。粉々だよ」
「そんな、まさか……」
信じられない、と首を左右に振り、悲しそうに目を伏せる。俯きながら腹の中でモーガンは歓喜していた。上手くいった。あそこにあるのはただの骨片であり、肉塊だ。食われてしまえば、蘇生どころか死者との交信も不可能だ。告発も叶うまい。
「俺だって信じられない。師匠があの程度の召喚に失敗するなんて……」
「ここのところ調子が悪そうだったからな」
今日の実験も本来であれば、モーガンがする予定だった。それをやいのやいのと理由を付けて偽り、クラークを引っ張り出したのだ。『若い者たちに師匠のお力を見せていただけませんと。よからぬことを勘ぐる輩が出て来るやもしれませぬ』と。暗に、お前の成果はピートから盗んだものだろうと、あてこすったつもりだったが、効果はてきめんだった。
「やはり無理をさせるべきではなかった」
喉を詰まらせたかのように顔を手で覆い、顔を背ける。極力目を合わせないようにしないと。
笑っているのを見られるとまずい。
「悲しんでいるところ悪いが、頼みがある」
カイルが肩に手を置く。
「もうすぐ『裁定魔術師(アービトレーター)』が来る。俺はケガ人の面倒を見る。応対を頼む」
その名前を聞いた瞬間、こらえていた笑いが止まった。誰かが通報したのだろう。来るのは想定していたが、予想以上に早い。
魔術師の『始祖』より権限を与えられた法の番人。魔術師の犯罪を裁く判事にして裁判官にして処刑人。その力は絶大で、並の魔術師では太刀打ちできないと聞く。
「この辺りだと、レポフスキー卿だな」
『裁定魔術師(アービトレーター)』の担当範囲は地域ごとに分かれている。大規模事件の場合は、複数の『裁定魔術師(アービトレーター)』が来る場合もある。レポフスキーはこのマーキュリー地方どころか、全ての『裁定魔術師(アービトレーター)』中でも最強とうたわれている。魔術師に俗世の称号など無用の長物でしかないが、その力と実績をたたえ、特別に『卿』の称号を付けられている。
「分かった」
直接対応するのは想定外だがピートもいない今、二番弟子である己が対応するのは、自然な流れだ。モーガンは腹に力を込める。これから勝負が始まるのだ。ある意味師匠よりも厄介な相手だ。油断していてはすぐに見抜かれる。
「お話し中すみません」
そこへ外から弟弟子の一人がやって来た。
「レポフスキー卿が参られました」
「そうか」
モーガンがうなずいたのは、己に任せろという決意表明だった。
「ご案内しろ」
「それが……」
弟弟子が言いにくそうな顔をする。
「どうした? まさか迷子でもあるまい」
「いえ、今回は無事に到着しました」
女の声に反射的に振り返った。そこに若い娘が立っていた。金色の髪に深い緑色の瞳、美人だと思うが、モーガンは人間の女に興味がない。ただ魔力は感じないので、『魔力なし(マギレス)』だという見当は付いた。帽子の上には鴉が乗っている。黒い翼を広げると、奇声を上げて飛び上がった。女は気にした様子もなく帽子を脱ぎ、手で払うと小さな粒が零れ落ちた。
「お初にお目にかかります。本日、お役目により参上つかまつりました」
軽やかな声で、優雅に淑女の礼をした。
想定外の事態にモーガンは面食らった。女の魔術師は珍しくもないが、目の前にいるのはどこにでもいる『魔力なし(マギレス)』である。
「貴殿が、レポフスキー卿なのか?」
「左様」
頭上から低い男の声がした。
「小生が『裁定魔術師(アービトレーター)』。マンフレッド・E・レポフスキーである。こやつはただの侍女だ」
「リネットと申します。どうぞお見知りおきを」