あなた様の魔術【トリック】はすでに解けております -裁定魔術師レポフスキー卿とその侍女の事件簿-

第二幕『召喚師』の不在証明 ⑤

 モーガンは眩暈を覚えた。半年ほど前にお家騒動でまた当主が交代したという噂は聞いていたが、まさか鴉の姿で来るとは。変身するのが趣味なのだろうか。 


「お疑いか?」


 マンフレッドと名乗った鴉に促されて、リネットが黒革の鞄から手のひら大のレリーフを取り出した。見れば、確かにレポフスキー家の紋章だ。

 鴉の姿をしているのは、犯人の油断を誘うワナかもしれない。つまり、モーガンだ。魔術師は見た目で判断するな。ほかならぬ師匠の教えだ。己は今、薄氷の上を歩いているのだ。油断をすれば冬の海に真っ逆さまだ。凍りながら溺れ死ぬ。


「これは失礼しました。ではお話を……」

「お話をお伺いする前に、現場を拝見したいのですがよろしいでしょうか?」


 リネットが機先を制するように言った。捜査の主導権を譲りたくないのだろう。


「それは構わないが、靴はよいのか?」


 どうせ証拠など残っていないのだ。好きにさせておこう。ただ、ほとんど乾いているとはいえ、血の海である。歩き回れば靴底は血まみれになる。


「……お気遣いありがとうございます。ですが問題はございません」


 リネットは深々と頭を下げてから黒革の鞄を床に置き、帽子を被り直した。

 帽子の上にマンフレッドが飛び移る。


「行くぞ」


 次の瞬間、リネットの足が浮いた。鞄に乗ったまま、タンポポの綿毛のように揺れながら現場の方へと飛んでいく。


「あれは、魔術か?」

「当然だろう」


 カイルのつぶやきをつい拾ってしまう。鴉の体で人を浮かせるほどの力は出せない。魔術で鞄を浮かせ、その上にリネットが乗っているのだ。


「まさか詠唱もなしに使うとは、さすがレポフスキー卿だな」

「そうだな」


 返事をしながらモーガンは動悸が早くなるのを感じた。

 呪文も使わず、念じただけで人を浮かせられる。言葉にすれば簡単だが、呪文を唱えるのは効率よく魔術を使いこなすためだ。

 魔力を持つ人間は古来より大勢いた。けれど、それは個人技であり、魔力量は有限である。何も考えずに使っていればすぐに魔力が尽きてしまう。それを体系化したのが魔術である。言葉にすることで魔術を最適化し、才能の多寡にかかわらず、ムダなく魔術を使う。

 レポフスキー卿はその真逆である。桁外れの魔力量と構成力で、呪文を唱えるのと同じ現象を引き起こしてのけた。天才だ。まともに戦える相手ではない。戦闘は避けるべきだろう。

 リネットはマンフレッドに吊るされながら血の海の上を滑空している。

 奇妙な光景だが、それを引き起こしている力量に改めて畏怖した。

 現場を三周してからマンフレッドとリネットは戻って来た。特に新しい発見はなかったはずだが、がっかりした様子は見られなかった。


「それではお話をおうかがいしたいのですが、よろしいでしょうか」

「貴様が?」


 モーガンは鼻白む。『魔力なし(マギレス)』にあれこれ追及されるのは腹立たしい。


「小生はこの姿なのでな。リネットの言葉は小生の言葉ととらえていただいて結構だ」


 取り調べまで代わりにさせるとは。ものぐさなのか、あるいはここにいる程度の魔術師など『魔力なし(マギレス)』で十分だと思われているのか。いずれにせよ癪に障る。それでも強硬に反対すれば、かえって疑われると判断して不承不承うなずく。


「ならば上で話そう」


 血の臭いが漂う現場で長話などしたくなかった。リネットたちを地下の『第一召喚室』から地上の応接室へ案内する。


「魔物はいないのですね」


 階段を上り、廊下を歩いていると、リネットが不思議そうに聞いた。


「魔物にも相性があるからな」


 モーガンは端的に答えた。

 複数の魔物をうろつかせていては騒ぎの元だ。同士討ちになる。何より常時魔物を侍らせているのは、『魔物使い(テイマー)』の領分だ。必要な魔物を必要な場所や時間に。それが『召喚師(サモナー)』である。


「常に飼っているのは護衛用のオルトロスやゴミ掃除のスライムくらいだ」

「スライムでしたら当家でも飼っておりました」


 リネットが食いついてくる。


「十年ほど前からやはり生ごみの処分のために。時間はかかりましたが、かまどの灰まで食べてくれたのは重宝いたしました。あいにく半年ほど前の火事ですべて死んでしまいましたが」


 会話から情報を引き出すための切っ掛けと思っていたが、ただの世間話のようだ。


「必要であれば下の者たちに言うとよい。譲ろう」

「お心遣いありがとうございます」


 丁重なしぐさで礼を言う。態度だけは無知な『魔力なし(マギレス)』らしい殊勝さだ。忠誠心も高いようだ。レポフスキー卿も奴隷代わりに従えているのかもしれない。あるいは夜の愛玩用か。


「立派なお部屋ですね」


 応接室に案内するとリネットが感情のこもらない声で言った。ここに来る客はよく王侯貴族のようだと羨望と嫉妬を込めて言うが、モーガンはあまりピンとこない。昔からこのような家で過ごしていたから当たり前になっている。


「『召喚師(サモナー)』は儲かるからな」


 マンフレッドが揶揄するように言った。モーガンは顔をしかめたが、反論は出来なかった。主な収入源は、巻物(スクロール)の売買だ。魔物を封じ込め、一度だけ使役させるマジックアイテムである。簡易で手軽な方法だが、それだけに需要も高い。召喚術を使えない魔術師や、『魔力なし(マギレス)』にも使えるとだけあって、貴族や商人たちも買っていく。モーガン自身、臨時収入欲しさに別の魔術師に売ったことがある。


「これまでにどのような魔物を売りさばいた?『獅子甲龍(タラスク)』は?『渦潮魔獣(カリュブディス)』や『『悪魔蝗(デビルローカスト)』に『巨人芋虫(ジャイアント・ワーム)』はどうだ?」

「全て御法度だ」


 マンフレッドが名前を挙げた魔物は全て『同盟』から売買を禁止されている。使い方次第では大きな災害をもたらすためだ。反面、高額での闇取引も横行しているのが現実だ。ちなみにパズズも売買禁止に指定されている。

 うかつに同意しようものならモーガンどころか、スペンス一門にも累が及ぶ。殺人事件にかこつけて違法売買まで探ろうとするとは、油断も隙もあったものではない。


「我らは違法取引などしていない」


 わたくしからも一つ質問がございます、と今度はリネットが会話に加わって来た。


「魔物以外にも召喚術で呼び出すことは可能でしょうか?」

「……不可能ではないが、あまり役には立たないな」


 ただ召喚しようとすれば人間という種族から無作為に呼び出す羽目になる。世界中の老若男女、誰が来るか予想もつかない。魔力の無駄遣いだ。特定の個人と『契約』を結ぶ方法もあるが、人間は魔力耐性が低いため、肉体への負担が大きい。パズズの体内に入ったのもそれを防ぐためだ。召喚時の負担を減らす、生きた鎧になる。


「それがどうした?」


 平静を装いながらも策略(トリック)を見抜いたのかと、モーガンは内心は気が気でない。


「いえ」


 リネットは平然と言った。


「旦那様の伴侶を見つける一助になればと存じまして」

「余計な世話を焼くではない」


 マンフレッドが喚いた。


「小生を魔物と交配させるつもりか?」

「機会が増えれば、旦那様のお眼鏡にかなう方もいらっしゃるかと」

「大きなお世話だ。いらぬ気遣いをする暇があれば皿の一枚でも磨いていろ」

「申し訳ございません」


 モーガンは咳払いをした。


「無駄話は結構。さっさと始めていただこう」


 向かいのソファに座り、背もたれに背中を預ける。それでも両の拳が自然とソファの背をつかむのは避けられなかった。

 承知しました、とリネットが居住まいを正し、一礼する。


「まず『記録簿』を拝見願えますでしょうか」


 やはりそれか、とモーガンは気を引き締める。手のひらを上に向け、目を閉じて念じる。


「『開示(ディスクロージャー)』」