嘘つきみーくんと壊れたまーちゃん幸せの背景は不幸

一章『再会と快哉』 ③

 御園さんがしんにゆうしやを引き留めようとしても、完全に無視した。整えられたリビングに入る。八分目までみ込み、振り返ってから拾い物のりんを断りなくかじった。


「広いし、片づいている部屋だね。けどテレビの上にほこりが積もってる。物が少ないかられいに見えるのかな?」


 テーブルに荷物を置き、平常通りの態度で御園さんにたずねた。振り向くと、御園さんが殺気立った、能面顔できよを取っていた。黒い眼球はかがやこうさいおおうように細められ、手近にあった花のないびんを武器として構えている。同級生の来訪をかんげいする態度でないのは明白だ。


貴方あなた、なに?」

「何かは分からないけど、だれかは分かる。君の同級生だよ」


 茶化すように答えてから、囓りかけの林檎をテーブルに転がした。そして、横目でこの部屋の奥をかくにんする。鉄筋コンクリートの洋室の一角に備わった部屋は、えん色のふすまが隙間なく閉じられていた。造りからして和室かな。


「あの……帰ってくれますか? めいわくなので」


 のうめんがおで落ち着きはらっていることを演出しながらも、数秒ごとに横目で和室へ眼球が動いている。その正直さは、小学校の先生ならめてあげるところだ。


「君が望むなら、すぐ帰るよ。けど、相手の意向は聞いてあげないのかな」

「……なんのこと?」

「こんなこと」


 和室の方へ身体からだを向けた。けれど背後で一歩、強くゆかみ込む音を聞いて、とつに横に飛びねた。ソファをつかんでベリーロールのように飛びえながら、今し方まで立っていた場所にうでき出すそのさんを見た。その両手にはびんと、高圧電流を発生させる、護身用の武器がにぎられていた。


「過激だな。けど残念だったね失敗したね。今のが最後の機会だった。本当なら入り口で、君はそれを使うべきだった」


 きよを取れば、御園マユがどれほどきようもとにどんなきようを手にしてもきようあたいしない。

 御園さんは、無表情に近いいかりをぶつけてくる。ペン型のスタンガンを胸元に構え、一定の距離をすり足で取る。げきこうして飛びかかってくる気配はない。


「あなたは、知ってるの?」

もちろん


 勿論、何も知らない。

 御園さんがたずねたいこと、正しいこと、社会的どーとく、りんり、御園さんの好きなモノ、人付き合いの仕方、りんの栄養素。すべてを知るよしもない。一つだけ、うそだ。


だよ。たとえ今このじようきようで、御園さんがかんじゆうを取り出しても殺されない自信がある」


 ハッタリ大好きです、はい。

 御園さんが和室の前へ回り込む。その存在自体が噓をつけないような態度に、だんどうやって生活出来ているのか本気で尋ねたくなった。


「よっぽど大事なんだね。その部屋自体が大切、かも知れない。あるいは、地位かめいか財産が具現したモノを保管してある。それとも、めいと成りうるモノでもあったりして」


 具体的なめいは出さずに表面をなぞる。御園さんは目立った反応を見せない。

 まで追いつめると発狂するかりんかい点が見えないので、悪ふざけはしまいにするとしよう。

 今日は別に御園さんをいじめに来たわけじゃない。

 そして彼女の罪を明らかにする為でもない。


「久しぶりだね」


 いつぱく置いてくちびるめ、こういう時に微笑ほほえみをともなえば人間らしさのこうもくに優の評価が下されるのかと思いながら、

 種明かしのようにその名を口にした。



「まーちゃん」



 スタンガンとびんが、同時にゆかへ落下した。

 そのさんのかたが、第三者がはたから見ればいじめられっ子のようにたよりなくふるえる。

 御園さんの鹿じかのような足が、一歩きよめる。

 彼女のどうこうが限界までしゆうしゆくぼうちようり返し、肩のしんは一層、増大する。


「覚えてる?」


 意識することなくやさしいこわたずねた。彼女の足が、さらに近寄る。


「みぃ、くん?」


 ……八年りのなつかしいめいしようだ。


「まーちゃん」


 大げさに御園マユの肩が反応した。それを静めるように、御園マユの、骨の目立つ身体からだきしめた。彼女のかおりと、あせにおいがこうに届いた。


「みーくん……?」


 まだ信じられないといったように、ぼうぜんとその名を呼ぶ。


「よしよし」

「みーくん」

「よしよし」

「み、くん……」


 背中を、ぽんぽんとあやすようにたたいた。

 それだけで、けつかいした。


「う……わああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」


 こわれたようなぜつきようを、身体全体を使ってマユがあげた。だくだくとあふれた冷たいなみだが、首筋から肩にかけてを伝い、雨後のように周辺をらした。


「みーくん! みーくんみーくんみーくんみーくんみーくん!」


 背中を抱かれたまま、マユは何度も何度も、名をさけんだ。

 最後は泣きくずれて、あしもとうずくまった。

 彼女は、単なる同級生ではない。

 いつしよなぶられ。

 一緒に壊され。

 一緒にくるった。

 そんな、望まない関係。

 僕とそのマユは、八年前のゆうかい事件のがい者だった。



 くだけたびんそうをして、じようきようが落ち着いたのは三十分以上が過ぎてからだった。


「ごめん。少し悪戯いたずらしてみたかったんだ」


 ソファにこしかけ、マユのかみを指できながら、僕は謝罪する。マユはいまだになみだを流し、ほおふくらませながら、それでも僕のうでの中に収まっている。


「みーくんのばか。わたし、すっごくドキドキしたんだから」

「僕だってドキドキしたぜ」


 というかビリビリになるところだった。そしてドカバキとなって骨をメコメキャッとされてズタボロになるところだった。


「取りえずこれはぼつしゆう


 子供の手の届くところにこんな物は置いていけません。掃除のついでに僕がスタンガンを拾っても、マユは反応を示さなかった。そんな物はすでに眼中になさそうだった。


「ばーかばーか。みーくんのばーか」


 幼児退行気味なマユの台詞せりふ。落ち着いてひかえめな同級生である御園マユの姿は、完全にさんしていた。


「それになんで今まで言ってくれなかったの」

「最近まで気付かなかったんだ。ほら、僕は君の名前を知らなかったし」


 うその理由を述べた。けれど、マユは不満顔をくずさない。


「うそつき。昔ずっといつしよに遊んでたのに、知らないわけないもん」

「おお、名すいかしこい」


 頭をでてごまかす。別にかくす理由もないけど、言ったところで理解出来ないだろうし。


「マユは頭がちっちゃいなあ。まるでお、」


 ぐい、とくちびるに指を押しつけられた。マユはぐるりと回転し、僕と向き合う形になる。


「マユじゃないの。まーちゃん」


 唇が解放される。……うーむ。


「このとしでまーちゃんと呼ぶのはちょっとずかしいっつーか……」

「だーめー! みーくんはわたしのことをまーちゃんって呼ぶの!」


 じたばたと、マユが子供っぽく暴れる。いや、子供そのもの。


「それにみーくんも、ねこの鳴き声っぽいし」

「猫でいいじゃないかー! 不都合あんのかー!」


 ないと思ってんのか、なんてこれは並行世界の僕の台詞せりふよりばつすいですよ。


「みーくんはみーくんでわたしはまーちゃんなの! 決まってるの不可分なの!」


 なみだを流しながら力説されると、ものすごしんかつ重大な願いに聞こえるから不思議だ。僕はその場のふんに飲まれたのか、結局勢いでうなずいてりようしようしてしまう。


「やっぱそうだよな。みーちゃんだと青い機械人形のスケっぽいし、まーくんだとマスコットっぽいもんな」

「うんうん! みーくんかしこい!」