嘘つきみーくんと壊れたまーちゃん幸せの背景は不幸

一章『再会と快哉』 ④

 泣き笑いで顔をぐしゃぐしゃにしながら、今度はマユが僕の頭をでてくる。何だか、めい的に、どうしようもないちがいをしていると心の奥底で理解はしているんだけど、それを具体的に語り、対処する方法は思い浮かばなかった。そもそもこんなじようきようで頭を働かせることが、間違いであるように思えてならない。


「わたしね、ずーっと待ってた。みーくんがね、まーちゃんってわたしのこと呼んで、目の前にきざったらしく現れてくれるの」

「……それはそれは」


 本当に待ってたのか。


「……そういえばあの部屋、ちょっと見ていい?」


 奥の和室に目を向ける。


「いいよ!」


 かいだくし、マユがぱっとはなれる。そして僕が立ち上がると、背中から首に手を回して、ぶら下がってきた。少し息苦しくなったけど、そのまま子泣きむすめを背負って和室へ向かった。そこにあるモノが、予想外のモノであることを願いながら。

 ふすまに手をかけて気負いなく開いた。ゆうかいされた小学生の兄妹きようだいがいただけだった。


「……ふむぅ」


 一度襖を閉じて、Uターン。ソファにしりへんかんし、テレビの電源を入れた。若い男女が平日の昼間から遊園地で遊びほうけていた。かんらん車に乗り、彼氏が彼女のくつにおいをいでいる。

 マユがひざの上にっ転がってきたので、それに応対しながら呼吸を整えた。


あまったるいドラマは好きくないのです」


 そんなざれごとをどの口か存じ上げないがほざいて、マユはリモコンを僕の手からうばい、『8』を押した。番組はバラエティに変わったけど、その前に我が身をり返ろうと提案したくなった。


「まーちゃん」


 マユの額のかみを指できながら、あきらめ混じりに問いかけた。


「君、あの子達をっちゃった?」

「うん!」


 当たり前のように、元気いつぱいの返事をちようだいした。なんか、めて褒めてと、今にも言い出しそうだ。言われたらどうしよう、頭ぐらいはでてしまいそうだ。


「ねーねー、みーくんはおうち帰らなくていいの? ていうかいつしよに住もうよ」

『は』ってあのね。


「質問と要求を一緒くたにしないように」

「で、で? どーなの?」


 人の話なんか聞いちゃいねえ。しかも、目がらんらんかがやいている。学校での性格はハリボテだったのかな。どうじよの立ちいが自然すぎる。


「そうだな……。一緒に住む、すなわどうせいってことだよな……」


 学生が同棲でせいせいな交際をしろと。しかし最初から汚れのついた人間にせいせんごとき付き合いを求めるのはこくだろう。それに僕は一応、の家でようされている身ゆえ、保護者のにんが下りなければいけない。


「一緒に学校行って、一緒にご飯食べて、一緒におに入って一緒にる。良くない?」

「いや、いいけどさ。でも、生活費とか……」

「わたしが出すからだいじょーぶ!」


 ヒモへのゆうわくおそってきた。

 ……まあ、それもいいか。どうせ、長期的な話でもないし。


「今日、叔父さん達と話してみるよ。だって言われたら、家出でもしよう」


 小学生みたいな結論に落ち着いた。一方でマユの中ではすでに確定こうらしく、夢色な光をひとみが帯びている。


「あー、もっと早く気付いてればなー。修学旅行のはんもなー」


 口では残念がりながら、みようにうっとりしている。それにならって僕も表面上は大変残念がってみた。全くのうそだけど。


「さて、ももいろとセピア色のお話はいつたん中断して、だ」


 首を派手に回し、骨をきしませる。あの和室の中身は、僕の予想通りだった。やはりこの街には殺人犯とゆうかい犯がいて、その片一方はこの、そのマユだった。なぞすべて解けて犯人はお前なんだけどそれでどうしろとおつしやるんだ。

 事前に予想していようと、事実に直面したら予想以上のしようげきを事後に受けた。


つうさあ、同棲生活開始時のイベントって、もうちょっとな感じだろうにさあ……。ものっそいクリミナルな問題かかえていちゃつけってのか……」


 頭を抱えたくなった。そして投げ飛ばしてこうかんしたくなった。ええい新しい顔はまだか。


「にゃにゃ、どったの? 顔が死にそこないみたいな青色になってるよ」


 もうそうから復活したマユが僕のほおいてくる。「んにゃ?」だの「ぬぬ?」だのような仕草と言葉で僕の顔をのぞき込み、なつとくしたようにパン、とマユがかしわを打った。


「おなか空いたんだね!」

「そうだね……。問題もあふれ返るほどなんだ、ついでに腹の中身もめようか……」


 うへ、うへへへ。などとぼうになっている場合ではない。テレビの上の時計は短針が5を通り過ぎ、長針が8の真上に来ていた。達なら、すでに食事を終えている時間だ。


「みーくんはくいしんぼだからねぇ」


 しんせきのオバサン風に言われた。マユがひざうえから飛びね、テレビと僕の間に立ち、こしに手を当ててふんぞり返る。


「ではこのまーちゃんがご飯を作ってあげよう!」


 テレビによる後光が一種神格化をうながし、思わず密教の信者のごとくひれすところだった。


「じゃあお願いします」

「何食べたい? 何でも作れるよ」

「まーちゃんのきらいなもの」


 底意地の悪いせきずいが最速で反応した。止まりかけていたなみだが、またマユのじりじゆうまんする。


「ジョーク、ジョークだよエスペラントジョーク。まーちゃんの好きなものがいいな。お前の好きなものは僕の好きなものってやつだよマヂマヂ」


 駅前のかんゆうよりつたなめ言葉だった。けれど、マユは目のうるみを潮のように引かせながら、「まかせて!」とけ負ってスリッパもかずにリビングの奥へダッシュしていった。効果はばつぐんである。

 ごん、というにぶい音に引かれて、僕も後に続いてみる。

 奥は、当たり前だけどキッチンだった。一見するとせいとんされているようで、されていない。物の置き方がちやちやだった。ほうちようはしと同じ場所にまとめてあるのはどういうことだ。

 マユは額を赤に染めながら、エプロンをたなから取り出していた。制服の上から赤色のエプロンを着ける。そしてはにかみながら僕の前に立つ。


「どぉ? 似合う?」


 上目づかいの目線で感想を求めてきた。

 ごろしようさんそくに思いつかなかったので、マユをきしめた。それだけで、感想のかたわりには十分だった。


「みーくん、大好き」


 身体からだはなすと、ほおを紅潮させ、僕が浮かべることは一しようがいあり得ない、りよくかたまりがおを向けてくれた。


「式はいつにする?」

「マテ」


 いきなりこんいん関係が成立していた。


「最初は女の子がいいなー」


 子供まで出来ていた。天空のはなよめですか君は。

 何とかけむに巻くため、周囲を見わたして話題を探る。そしてキッチンには何もなかったけど、たなげにしていた問題を思い起こし、たずねてみる。


「あの子達の夕食は? いつしよに作るの?」


 マユが僕のうでの中からはなれて、冷蔵庫にくくり付けてあったふくろから、「これ」とロールパンを二つ取り出した。


「……だ、もう少し食べさせてあげないと」

「えー、なんで?」

「何でも。料理は出来るんだろ、ちゃんとしいもの食べさせてあげなさい」


 ぶすっと、マユはふくれっつらになる。パンもとばっちりでにぎつぶされる。


だいじようだよ、だってわたしたちと一緒だよ? ううん、もっと少なかったよ。お水も好きなだけ飲ませてあげてるし」

「そうなんだけどさ……」


 基準が底辺すぎるんだ。


「こっちの都合で連れてきたんだから、それぐらいはしてあげないと駄目。僕らの時も、おなかが空いて苦しかっただろ」


 そしてえさもらうために、僕たちは『芸』を強制的に行わされた。そう、餌。あの時の僕らがこうの果てに得たほうしゆうは食事ではなく、そう表記するのが正しかった。そんな、『芸』だった。

 マユは不満げながらも、小さく首を縦にった。


「みーくんが言うなら……」