トカゲの王I ―SDC、覚醒―

プロローグ1『トカゲと鴨のゲシュタルト』 ②

 道路との間には緑色のネットがかかって幼児が飛び出せないようにしてあるが、この公園モドキで子供が遊び回っている姿は一度も見かけたことがない。橋の下を抜けて少し歩いた先に空へのさえぎりなどない真っ当な公園がある以上、こちらに日の当たる瞬間は永遠に訪れないと言っていいだろう。そんな暗がりの中、俺と成実はブランコに座り込んでいた。隣には茶色のペンキが塗られたベンチもあるが、風通しの悪さからかほこりが積もっていたので利用しなかった。


「………………………………………」


 右手の指を目の前でグー、パーと開閉する。思わせぶりにやって成実の反応を横目でうかがったが見向きもしていない。こいつには中学生という年齢の素質がないのだろう、もつたいないやつだ。

 俺と成実は中学三年生になる。同級生と比べて背は高い方に属しているが、で肩なことが最近は気になっている。鏡の前に立つとひょう長く、頼りなく見えることが不満だった。日陰に潜んでいても汗の浮かぶ肌は浅黒く日焼けしてゴボウみたいだ。少し伸び気味の髪はくりいろで、地毛が黒い同級生たちと比べて目立つのがひそかな自慢だった。

 もっとも、クラスに数人いる不良生徒の中には派手な金髪も存在して、それと比べてしまうと髪など無視されて、で肩という特徴の方に注視される傾向があった。大いに不満だが不良相手にけんして勝てるはずもないので、今のところは大人おとなしく笑われている。

 そう、今のところは。


「ククク」


 内心でその部分を強調すると自然、笑いがこぼれる。なるこつに気味悪がられたが、それは虫に対するけんかんのようなものだろう。人間は大人になるにつれて虫を恐れる傾向がある。そう、あの小さなたいで空を飛ぶこともあり得る生き物に、本能的に引け目を感じるのだ。

 よって、おれの秘めたる能力に対して成実が一歩引いてしまうのは当然であった。


「だよな」

「うん、確かにそれをおごそかに語るあんたの真顔は怖い」


 こいつは素直じゃない。そういうことにしておき、横を向いてえへえへと笑った。

 成実は同級生で、家も近い。だが昔から付き合いがあったわけではなく、中学生になって初めて顔を合わせた。あいいろに近い、青みかかった髪と日焼けを避けているように白い肌がみ合って、影の下ではぼうれいのような存在感を放っている。顔はおうとつが目立たずのっぺりとしているし、くちびるの肉つきも悪い。つまりどこもかしこも薄っぺらな平面の女なのである、胸部含む。


「大体さぁ、悩み相談するだけなのになして、外に出ないとダメなわけ?」


 成実が本から目を離さないでる。ブランコの古い鎖がきぃきぃと音を鳴らした。


「家にいたくないからだ、知っているだろう」


 横目で成実を見る。成実はその視線にいちべつこたえた後、ためいきく。


「じゃあ、あたしんでいいじゃん。暑いし」

「お前の家の場所など知らん」


 女の家に遊びに行くなど、中学三年生の男子に気軽にできることではない。


「あーそうだったそうだった」


 投げやりな調子で答えて、成実がわざとらしいほどのまえかがみな姿勢を取る。近眼のように本へ顔を近づけて、背を丸めた成実は『話しかけるな』と態度で訴えていた。別にお前と話すことなどないと意地を張って口をつぐんで、正面の道路と景色に目をやる。

 自動車が一台走れば幅の余裕がなくなる細い道路の向かい側には、小さな川がある。だれも手を入れていないで雑草が生い茂り、新緑のやいばが地面をいつせんしているようだった。伸びたツルがガードレールの脚にからんで、水気が足りていないのか葉が変色して枯れ出していた。

 橋の下周辺に木々はないにもかかわらず、せみはガシガシと騒々しい。街の方で聞ける蟬の声と種類が違うことに気づいて橋を見上げる。頭上をすきなくおおう影の中に、せみは潜んでいるのかも知れない。

 ふと、動くものを見つける。かべに張りつき、だるそうに動かす小さなヤモリに向けて、握りこぶしを掲げた。名前の影響か、ちゆうるいには言い知れない親しみをいだいてしまう。

 ただし自分の名前は嫌いなのだが。『せきりゅうこ』という読み方で女に間違われたことが過去に数度、あったからだ。せきりゅうこって。腕がおれより倍ぐらい太そうじゃないか。


「つーか、なんであんたってそんな偉そうな口調なわけ?」


 本を頭からかじるような姿勢を維持したまま、なるが話しかけてくる。二人で黙っていて、相手にしやべりかけさせると勝ち誇りたい気分になる。そう、俺は勝つことが好きな人間だ。

 物事は、ひいては人生にとって勝利はなにより大切だ。

 勝ち続けなければいけない。自分の求める勝利を得なければ、生きている意味がない。


「おい無視するな答えろバカ」


 成実が蟬の仲間入りでも果たしたようにうるさい。

 いまだ壁に張りつくヤモリの動向を目で追いながらそれに答えた。


「王様教育を受けたからな」

「それを言うなら英才教育」

「いや、王様だ。能力をみがくことと、王になることはまったく別だろ?」


 自分でもなにを言っているかさっぱり分からないが、はずみで言ってしまったので発言をフォローしておく。成実はしんに受け止める気などまったくなく、冷めた声で俺を評する。


「キャラ作りも大変だね」

「キャラじゃねーっつの」


 俺と成実は特別、親しい間柄というわけではない。互いに対する好意も格別なものではなかった。偶然、不注意によってこの『能力』を知られたことをキッカケとして、友人付き合いが始まった。


「ふふふ、秘密を知られた以上はいつか始末してやる」


 非情な宣言を口にすると、成実が本から顔を上げた。そして無防備なほど顔を俺に近づけて、目をのぞき込んでくる。相手が成実と言ってもその振る舞いにはどきりとするものがあった。


「あんたのその能力でどうやんの?」

「………………………………………」


 黙るしかなかった。

 俺には人と違う能力がある。

 その能力は並ぶ者なく、世界にたった一つのものかも知れない。


「しかし」


 現実、備わっている力は微弱もいいところだった。ともすればかいと判断されてもやむなしの、淡すぎる特異。百メートルも離れれば、だれも気づかなくなる奇跡だ。

 小規模な奇跡。あるいは、中規模な種なし手品。

 目をつぶる。力強くまぶたを下ろして、一秒、二秒と閉じた口の中で数える。

 そして勢いよく瞼を押し上げる。

 なにかの始まりを告げるように、思わせぶりに。


「何度見てもいつしゆんだけ、おっ、って目を丸くしちゃう」


 なるの感想に対してほおづえを突き、鼻を鳴らす。口調通り、まったくおれを恐れていない。

 こんな能力に恐怖するはずがない。


「つーか顔と目の色が似合わなすぎ」


 知ってるよ、とつぶやきながら常に携帯している手鏡で出来映えを確かめる。……ふむ、今日も絶好調だな。



 最初はとびいろに設定していた俺のひとみが、能力によって青色に塗り変わっている。

 当然ながらカラーコンタクトのたぐいではない。

 眼球そのものを入れ替えたように自然に移り変わっている。次に緑色、黄色、だいだいいろと目を瞑るたびに眼球の色合いを変化させてみる。長々と見ていると成実の指摘通り、ちぐはぐさが気持ち悪いので鳶色に戻した。


「こんなもん、ギアスごっこにしか使えん」

「超うらやましいんですけど」


 なるが食いついてきたので、鏡に映ったしかめつらしわさらに深まった。


「週一でやっていたらさすがにきた」


 指先で目を隠す。その指のおおいを取ると、眼球はあかむらさきいろに染まっていた。


「こんな感じか?」

「左目だけ変えないとそれっぽくない」

「残念だが、そんなせんさいな調整はできないみたいでな。……五十川いかがわが命じる、禁書の最新刊を貸せ」

「もっと声低くしないと。あんた声変わり遅いねー」

「うるさい」