トカゲの王I ―SDC、覚醒―

プロローグ1『トカゲと鴨のゲシュタルト』 ③

 せっかく注文にこたえてしたのに。こっちもちょっとその気になっていたのに。

 眼球の変化は両眼で共有している。それが長年、研究してきた結果の一つだった。

 そしてその独自の研究は、同時に絶望を発見することにもなった。

 目の色を変える力。

 そして、それだけの力。

 種と仕掛けのない、じんちく無害な奇術に過ぎない。


「ま、これはしよせん第一段階に過ぎん。第二、第三の能力かくせいによって……」


 口にしていくと段々自信がなくなって、つぐんでしまう。展望がまったく想像つかない。

 目からビームでも出すか? いものを食べることが発動の条件になりそうだな。


「でも超能力者ってマジでいるもんなんだねー、すごいすごい」


 成実の誠意の欠片かけらもないめ言葉に対し、えて逆風に立ち向かうように胸を張った。


「ま、お前が望むならおれをストーンドラゴンチルドレンとでも呼んでくれ」

「……一応聞いてみるけど、なんで複数形?」

「そっちの方が、語感がいいからだ!」

「かっこよすぎるぜ」

「だろう?」

「すっごく得意げな顔でこっち見ないで。そのあごの具合がムカツク」


 感想とは裏腹に成実の態度は氷のスーツをまとっているように冷たい。


「略してSDC」

「なんか昔のアイドルグループみたい」


 むぅ。けなされているわけではないが、的外れな評価である。


「目玉を変えるやつには能力名とかあるの? ストチャ以外で」

「勝手に訳の分からん略し方をするな。能力の名前ならあるさ、当然」

「なに?」

「リペイント」


 学校の英語の授業ではまだ習っていない単語を口にする。

 リペイント。

 塗り替える、という意味だ。おれの能力には似合いだろう。

 なるは「ふぅん」とめぼしい反応はない。すぐに話題を移してしまう。


「でも『神様』もいるわけだし、そんなに珍しくないのかな、ひょっとして」


 成実の他意のない発言に、思わず目つきが険しくなる。『神様』という表現がその存在と無縁であるはずの成実にまで浸透していることに、苦々しいものを禁じ得ない。

 この世界には現在、だれにでも見える『神様』が一人、君臨していた。

 あの憎々しい顔を思い返すことを拒否し、ブランコから立ち上がる。

 そして成実を手招きするように誘う。


「昼飯をおごってやろう、ついてこい」

「だから、とにかく偉そうだなあんた」


 そうくちびるとがらせながらも、奢ってやるという言葉にられたように成実の動きは速い。やたら目が大きくわいらしいキャラクターのえがかれたしおりはさんだ後に本を閉じて、ブランコから腰を上げる。成実が離れたことによるわずかな運動エネルギーで、ブランコがきぃきぃと揺れた。

 せみの鳴き声こそが影そのものであるように音に包まれた、橋の下から二人で離れる。

 日の下に出ると、目の奥が乾きを訴えるように強く痛んだ。



 五十川いかがわはずっと信じていた。自分の力が、たかがこれっぽっちでは終わらないと。


「これはきっと呼び水に違いない。あるいは予兆だ。俺の内側に眠る才能、世界を塗り替えるほどの力は待っている、噴火を待ちびているのだ! いやむしろ俺の方が待ち疲れた!」

「ずずー」


 いきどおりに対する答えは烏龍ウーロンちやだった。成実がカップに入った烏龍茶をストローですする音だ。涼しい顔でのどうるおし、ポテトをつまんでいる。その無反応ぶりにらくたんしながら腰を下ろす。

 座るとその位置にちよう、冷房の風が肩に降りかかる。ぶるいして、思わず温度の設定をしようとリモコンを探してしまう。当然、客の手元にあるはずがない。

 その様子をながめていた成実が笑っていることに気づいて、バツ悪くも取りつくろう。


「寒いのは苦手なんだ」

「名前通りじゃん、トカゲちゃん」


 成実は楽しそうに、小刻みに肩を揺すった。

 駅前のモスバーガーは子供連れが多くの席を占めていた。父親の姿はないから、夏休み中の子供と共に、母親が昼食を取っているようだ。俺と成実のように、学生風の組み合わせも散見されたが総じて店内は騒々しい。平日のファミレスより子供はにぎやかで落ち着かない。

 その中でもっとも声を張り上げている行儀の悪い男はトレイに広げたポテトを一本つまんだ後に、対面トイメンなるに向かってる。髪に指を通し、頭をかかえるようにしながら、


「その名前がやたら漢字ばかりで格好良いんだぞ、かくせいしなければじゃないか」

「どんな基準ですかー」


 歌うような調子でおどけて、それから成実が目をのぞき込んでくる。おれとつに指で目をおおい隠し、その奥で眼球の色を塗り替える。変化のしゆんかん、目玉にはなんの前触れもない。温度変化も痛覚も無縁で、本当に変化しているのか不安になることもある。


「そういう文句は名づけた親に言いなよ」

「あいつらとは話したくない」


 暗記した公式でも思い出すように、否定の言葉はスラスラと口からこぼれた。それから目元を隠していた指を離すと、成実がワッと短いおどろきの声をあげた。今、俺のひとみは何色なのだろう。

 ぞうの赤か。

 それとも、あいの青か。


「いや正確に言おう。話にならん」


 鼻を鳴らして背もたれに寄りかかる。しばし真っ白な天井をながめて、冷房にくちびるらした。

 家族との関係は、この能力の生い立ちとも関係している。

 じゆうを味わいながら、ほんの少しだけ過去を思い返し。

 そして気づくとトレイの上から、ポテトがほとんど食べ尽くされていた。


「おい、半々にする約束だったはずだが」

「ふはははは、あたしも話にならん一員だから勝手に食べたのだー」


 棒読みで悪びれない成実は残りのポテトも軽快に口に運んでしまう。


「……まぁ、いいが。細かいことに固執するような男ではないからな、俺は」

「右手ふるえてるよ」

たかぶりが収まらんのだ。何者かのオーラでも感じているうんぬんのアレだよ、まぁ多分」


 両手をテーブルの下に隠すように垂れ下げながら、成実が食べ終えるのを待った。そうして烏龍ウーロンちやすすり終えるのを見届けてから、口を開く。


「次はどこへ行く?」

「もう帰るよ、昼寝したいから」


 欠伸あくび混じりに成実が答える。俺は背を丸めて毒づいた。


「薄情なやつめ、腹いっぱいになったらお役ご免か」


 内容とは裏腹に口調は軽いものだ。成実もそれを受けて、冷めた声で指摘する。


「単に家に帰りたくないだけでしょ、あんた」


 無視して席を立ち、店を出た。図星だったからだ。


「世界を変える人にしてはちっさい悩みだよねー」

「うるさい」


 おれが家庭事情を包み隠さず明かしているのは、同級生ではなるだけだ。話すべきではなかった、とこうかいする面もあるが一方で、をこぼせる相手に救われてもいることを自覚していた。しかしそれを面と向かって、感謝の意として告げることはできない。当然だろう。

 素直な人間になってしまっては、人をだますことはできない。

 隠しようがない。

 俺の能力の底というものを、誤解させることができなくなる。

 店の外に出るとたんうぶげるような厳しい光に全面をさらすことになる。まぶたは光がのしかかったように重く、目を開けていることもつらくなる日差しだ。その光と熱をかいくぐるように手を宙に振って歩き出す。光の中を泳ぐイメージが頭をよぎり、そのげんそうひたることに確かな快楽をみいしていたが、正面の歩道の信号待ちに引っかかり、すぐ立ち止まってしまった。

 そこで車道をはさんだ向かい側の歩道に目がゆく。ほかの人と同様に光が顔に当たり、目をしかめながら信号待ちする二人連れに見覚えがあった。うげ、とゆがむ俺の顔には歓迎と反対のものが浮かんでいるだろう。


「ありゃあ、不良と不良娘じゃないか」

「お、ほんとだ。早速耳とくちびるにピアス開通しちゃってますねー。夏しちゃってるねー」