成実も釣られて海島と巣鴨を観察する。男子生徒の海島達彦の方は銀色のピアスで顔を着飾っている。長期休暇が始まった途端、教師の目から解放された彼らは自由を顔面で満喫しているのだ。頭髪の方は金色というより黄色に染まっていて、こちらは普段通りだった。頭にスギ花粉の塊をごてごてとくっつけているようにも見える。面と向かって言ったら殺されるだろう。
「あの色に目玉変えられる?」
「楽勝」
成実に催促されて、瞬時に目玉を切り替える。眼球は海島の髪とお揃いの色をたたえる。冷静に考えれば海島とお揃いなんて願い下げだが、つい調子に乗ってしまった。
「うっわー、きっもちわるー。ビー玉はめ込んでるみたい」
「お前の鼻にビー玉詰め込んでやろうか、手のひら返しの達人め」
すぐに眼球の色を戻す。手鏡で確かめると、ちゃんと鳶色に戻っていた。普段はこの一般的な瞳の色に設定してある。真の覚醒が果たされるまで、俺の中に眠る異端は公に晒すべきではない。今さっき、思いっきり目の色を変化させていた気もするが、気がするだけ。
それに数メートルの範囲まで近寄らなければ、人の瞳の色など大して気に留めないものだ。いや、数十センチの距離で向き合わなければ俺の両眼は奇跡と認められないかも知れない。
……さて。
海島の隣に立つ巣鴨涼はその鳶色に似た髪の少女だ。海島ほど外見で冒険をすることはなく、深窓のご令嬢といったところだ。美と醜どちらであるかといえば、美である。
「巣鴨さんって家が大金持ちと聞くね」
「羨ましいね」
「とってもね」
独特のテンポで会話し、頷き合う。聞くというか実際にお嬢様である。あいつの住む豪邸に招かれたこともある。
羨ましくはあるが、巣鴨が苦手だった。
巣鴨は美人だ。それは間違いない。同級生だが、一学年ほど年上に見える落ち着いた雰囲気は育ちの良さもあってだろうか。目鼻や唇の形は文句のつけようがなく、なによりスッキリしている。巣鴨はどこを取っても、余分なものが取り除かれているという感じだ。
簡潔で、整って、だから美しい。
休日なのになぜか制服を着ている。清楚な印象のある真っ直ぐな髪には大変似合っているけど、実に不良っぽくない。巣鴨が私服でないことに微かに失望したのは、制服姿を見慣れてしまうほど、あいつのことを目で追いかけている所為だろうか。いや、そんな事実はない。はず。
しかしあの小学校での一件以来、巣鴨を変に意識してしまうようになった。それは歳月を重ねるにつれて苦手意識に近いものとなっている。
それとなにより、あいつの父親というのが『教団』のお偉いさんという噂も聞いていた。そこが一番、気に入らない。もっとも、相手の方は俺のことなど眼中にないだろうが。
あいつらは校内屈指の不良と学校側から認識されている。少なくとも巣鴨の方は見た目に限定するなら優等生の方が似つかわしいが、いかんせん、やつは学校をよくサボる。しかも朝はちゃんと時間を守って登校してくるのにいつの間にか抜け出して、出て行ってしまうのだ。
まぁ最近になって他の不良生徒とも付き合いが見られるから、本物の不良になったのかも知れないが。
生徒間でもそうした素行不良の所為で、快く思う者は少ないが面と向かって口答えする輩も現れないため、勝手気ままだ。比較的大人しい校風なため、不良という存在は一層目立ち、注目を浴びることになる。
教師たちは学校の対外的イメージを気にかけているようだが、無論、彼らは頓着しない。
「ピアスって痛くないの?」
「痛いに決まってるだろう、穴空いてるんだぞ」
実際のところがどうなのか、断定口調にもかかわらず知らなかった。
「でも人間って耳と鼻に穴空いてるけど痛くないよね」
「お前の疑問と解釈の意味がまったく分からん」
車道の信号が黄色に変わる。それを見て取ったように成実が別の話題を振る。
「あんたはこれからどうするの?」
成実が興味なさそうに尋ねる。鼻で笑って一拍置いてから、気取って答えた。
「日課の能力開花の修行に決まっている。待っているだけではなにも変わらないのだ」
握り拳を真っ直ぐ突き出す。
「同級生の不良AとBがデートしてるのに、能力修行とか痛くて堪らないんですけど」
「うるさい」
あいつらが一緒に行動しているという噂は聞いたことなかったんだが。
……まぁ、俺には関係ない。巣鴨が誰と付き合おうと。多分。いや、きっと。
納得できなくてもそう思い込んでおこう。そういうの、得意だ。
正面の歩道が青信号になったのを見て、周囲の人の流れに背を向けて急いで歩き出す。
「あれ、どっち行くの?」
一歩目を大またで踏み出した姿勢で停止して、首だけ振り向いた成実が疑問を唱える。
「海島たちに見つからないように反対の道から帰る」
「うわー、早くもこの夏最高に格好悪い発言いただきましたー」
「君子危うきに近寄らず。戦略的撤退だ」
「まーねー。あんたが海島くんと喧嘩しても勝てないわ。ひょろっちいもん」
成実が撫で肩に触れてくる。コンプレックスを指摘されて、不服と共に振り返る。
「それは正面から殴り合ったらの話だろう。勝つだけなら他にいくらでも方法があるさ」
「たとえば?」
「石を投げればいい、遠くから」
「距離を詰められたら?」
「石は撒き餌だ。そこまで想定して罠をしかけておく」
「かいくぐられたら?」
「その逆境に晒されたとき、俺の能力は真の覚醒を果たすだろう」
それで解決、ずどどどーん。
右腕を水平に広げておどける。成実は俺の横顔を覗き込んで呆れているようだ。
「じゃあ最初から無駄な抵抗せずに殴り合えばいいんじゃね?」
「お前には致命的にロマンが欠けている。夏の間に勉強してこい」
「禁書読んでるけど」
「足りん。SAOも読め」
「えすえーおー? サオ? 釣り漫画?」
人生でもっとも無駄な時間になりそうだったので成実の疑問を無視した。
「……ん?」
視線を背中に感じたような気がして、振り向く。だが雑踏の中でその視線の出所を特定するのは困難だった。まぁそれに、普段から一日に五回はただならぬ視線を感じたりするからな。
教室の喧噪から離れて、静謐に、昼の光が溢れる階段を上っているときとか、よくあるよね。
モスバーガーの脇を抜けて、ビルの隙間を目指す。今はまだ点灯していない提灯の並ぶ居酒屋と、雑居ビルの間に当たりをつけてそちらへ向かった。成実も後についてくる。
「それに」
勿体ぶるように間を空けてから、逃げる理由を付け足す。言うか少し迷ったが、このままだと逃げ腰のヘタレと成実に思われかねない。客観的事実ではあるが。
「それに?」
「見つかると誤解されるだろう」
成実を一瞥して、口早に言う。両目を前へ向けるとすぐ、笑い声が響いた。
「あんたとの仲を? ははは」
その笑いがどういった意味か追及することなく、早口で続ける。
「お前だって海島に目をつけられるのは嫌だろ? ちょっかいをかけられるかも知れん」
「あぁ、スカート捲りとかされるかも知れんね」
「ほぅ、海島はハレンチ学園出身だったのか。初耳だな」
軽口を叩いていると、向かおうとしている路地から人影が現れた。
その少年の姿を目にして思わず、息を吞む。
少年は白かった。
綿毛のような白さに包まれていた。出で立ちも、雰囲気も。純白に染めきった髪に、真っ白なスカーフのようなものを巻いている。ぶかぶかの白い布のような上下一体の服を身に纏い、統一するように携帯電話まで白色だった。その中で瞳だけが一瞬、赤色に見えてどきりとしたけど、光の加減だったのか次に見たときには鳶色だった。残念ながら白目は剝いていない。