年下の女性教官に今日も叱っていただけた

第1話 年下の女性教官に命令していただけた①

 夜が明けて東の空が白み始める中、鬱蒼とした森の中をひたすらに走る。追っ手の気配はないが、足を止めるのが恐ろしかった。

 今から2時間ほど前、俺は幼い頃から所属していた組織を抜けた。粗暴な男だらけの集団で、理屈が通じず、すべてを腕力と根性で解決しようとするヤツらだった。

 捨て子だった俺を18年間育ててくれたことには感謝しているが、あんな場所に未来はないと思い、行動を起こしたのだ。


 もし連れ戻されたら、どんな目に遭うかわからない。だからギリギリまで脱走を察知されないよう、金も荷物もすべて置いてきた。持ち出せたのは今着ている服と、愛刀1本だけだ。

 しかし俺には、これまでに培った魔物狩りの技術がある。ちゃんと働けば、野垂れ死ぬことはないだろう。

 一文無しでも関係ない。今日から俺は誰の命令も受けず、誰かの顔色を窺うこともなく、自由に生きるんだ――


「ガアアアア!!」


 突然、すぐ近くでドラゴンの咆吼が聞こえた。その音圧で木々が揺れる。かなりの大物のようだ。

 ドラゴンの死体は高く売れる。上手く狩れれば、1ヶ月は食事に困らないだろう。

 すぐさま手近な大木に登り、雄叫びが上がった方向を確認する。

 木々の合間に、赤茶色の鱗が見える。火竜だ。体長は10メートル程度。俺1人でも狩れそうだ。


 呼吸を整えつつ抜刀し、チャンスを待つ。

 ドラゴンはいつも仲間数人と狩っていた相手だが、恐怖は感じない。どうせ俺はいつも一番危険な役回りをさせられていたのだ。取り分は一番少なかったのに――


 などと不満を考えている最中、ドラゴンの足元に、帽子を被った銀髪の女性がいることに気がついた。

 ドラゴンは今にも噛み付かんと女性を見下ろしている。その巨体と比べ、1人で剣を構える女性はあまりに矮小で――


 考えるよりも早く、俺は枝を蹴った。

 鋼鉄製のグリップを握り締め、体を縦回転させつつ墜ちていく。

 ドラゴンは殺気を感じ取ったらしく、その鋭い瞳をこちらに向けようとした。


 ――遅い。殺れる。

 確信した俺は勢いを殺すことなく刀を振るい、無防備に長い首を一刀両断した。

 ドラゴンは火焔を吐こうとしたのか、口を開けたまま地面に墜ちていく。すでに絶命したようだ。

 俺は空中で体勢を立て直し、何とか両脚で着地した。


「すごい……! 一撃で……!」

 銀髪の女性が感嘆の声を上げ、俺に熱視線を向けてきた。

 ドラゴンに襲われていた女性は、近くで見ると、ものすごい美人だった。

 思わず顔を背け、刀身に付いた血を服で拭ったりしてみる。


 一瞬しか見られなかったが、大きな目、長いまつげ、高い鼻、ぷっくりした唇と、顔面は完璧だった。

 そんな美少女が、俺に注目してくれている。

 もしや、俺が命の恩人だと思って、惚れてしまったとか……?


 ずっと男だけの環境で生きてきた俺は、これまで若い女性と関わることがほとんどなかった。要するに、まったく免疫がないのである。

 もちろん、異性に対する興味はある。仲間たちに大人のお店に誘われ、興味をそそられたこともあった。

 しかし、結局は生態が謎すぎるという恐怖が先に立ち、毎回断っていた。

 だが――くり返しになるが、興味はある。


 などと考えていた刹那、視界の端で黒い何かが動いた。

 フード付きコートで鼻より上を隠した人物が、どこかへ走り去っていったのだ。

「――あの、あなたの強さを見込んでお願いがあります。今の黒いコートの人を一緒に追いかけてもらえませんか? ドラゴンを操って村を襲った、人型の魔物なんです」

 美少女は俺に一歩近づき、懇願してきた。


 まさかこんな美しい女性に、共同作業をお願いをされる日が来ようとは……!!

 ぜひともご一緒してお近づきになって、いずれ恋仲になれるよう全力を尽くしたい……!!

 嗚呼、今日は人生最良の日だ……!! 組織を抜けるという決断をして、本当に良かった……!!

 ――しかし。


「……お、俺1人で片付けてきてやる」

 目を合わせずにそう答えると、視界の片隅で美少女が困惑したのが見えた。

「えっ、でも――」

「君は邪魔だから、安全な場所で待っていろ」

 吐き捨てるように言い、返事を待たずに駆け出した。


 こんなチャンスを棒に振るなんて、我ながら何をしているんだと思う。

 だが、あの美少女が至近距離にいると緊張で手が震え、他のことを考えられなくなる。共同戦線を張ったところで、実力の1パーセントも発揮できないだろう。

 ドラゴン使いを追いかけながら、「君は邪魔だから」という言い方はさすがにキツすぎたと自己嫌悪に陥った。


 とはいえ本当のことを言うのは恥ずかしいし、上手くごまかすのも無理だった。

 もはや、あの子と恋仲になることは難しいだろう……。もう嫌だ……死にたい……。

 いやでも、ドラゴン使いを倒したらワンチャンあるかも……?

 いやいや、そんな都合のいいことがあるわけないよな……。


 なんてことをぐるぐる考えつつ疾駆していると、前方にドラゴン使いを発見した。

 あいつさえいなければ、命を救ったことを感謝されて、いい感じになったかもしれないのに――

 一気に距離を詰め、絶叫しながら刀を振るう。


「全部お前のせいだ!!」

 しかしドラゴン使いはギリギリ刀を躱し、フードが引き裂けた。

 俺は軽く刀を引き、追撃を放とうとする。

 ――だが直後、体が硬直した。


 フードが破れて現れたドラゴン使いの素顔が、ものすごく美しかったのだ。

 その美貌に、思わず目を奪われる。

 人型の魔物と聞いて勝手に男を想像していたが、まさかモン娘だったとは――


 困惑する俺の眼前で、ドラゴン使いは破れたコートを脱ぎ捨てる。

 その瞬間、稲妻に打たれたような感覚を覚えた。

 コートの下に着ていたのは黒いビキニのみで、とんでもない露出度だったのだ。

 ドラゴン使いの肉体は、2本の角が生えていること以外は人間の女性と大差ないように見える。

 もっとも、ビキニ姿の女性を生で見たことがないので、俺の真贋を見分ける目に信頼性はないわけだが……。


 などと考えつつ、魅惑的なボディを注視する。もはや俺はこの美女を、討伐対象として見られなくなっていた。

「――あらあら、可愛い坊やだこと」

 ドラゴン使いが妖艶な笑みを浮かべる。その目つきから明確な殺意を感じ取り、身構えようとしたが――体が動かない。


「無駄よ。アタシに見惚れた男は、全員催眠の餌食になっちゃうの」

 その言葉を聞いた直後、激しい睡魔に襲われた。瞼が鉛のように重くなり、意識を失いそうになる。


 何とか両目を見開こうとするが、段々と視界が狭窄していく。

 最後に見えたものは、ドラゴン使いの豊満な胸の谷間だった。

「おやすみなさい――永遠に」

 意識がブラックアウトしていく中、一度くらい女性の胸に触ってみたかったと後悔する。

 こんなことなら、大人のお店に行っておけば良かった……。