年下の女性教官に今日も叱っていただけた

第5話 ギャルに冒険デートに誘っていただけた①

 下山後、馬車で学校に戻ってきた頃には夜明けが近かった。

 リリアさんたちと別れて寮の部屋に入った俺は、すぐさまベッドに倒れ込んだ。今日は授業がなく、起床時間を気にする必要がないので、心置きなく眠ることができる。


 ――しかし、眠りについて間もなく、誰かが部屋のドアを乱暴に叩いた。

 目を開けると、室内はまだ薄暗い。日の出直後のようだ。

 寝ぼけ眼でドアを開けると、来訪者の正体はフィオナさんだった。


「いえーい! なんか眠れないから、会いに来ちゃった!」

 フィオナさんは太陽のような笑みを浮かべ、叫ぶように挨拶した。

「ほら、慰謝料は体で払ってもらうって約束だったでしょ? 出かけるから、30秒で支度して!」


 思わず苦言を呈しかけたが、今の俺は文句を言える立場じゃないことを思い出し、刀を手に取った。

「支度しました」

「早っ! レオンっちって面白いね! 普通こんな時間に訪ねてこられたら、もっと迷惑そうな顔をするもんだけど」

「迷惑だっていう自覚はあったんですか……」

「え? ウチ、迷惑だった?」

「滅相もない。聞き間違いです」

「だよね。もし迷惑だったとしても、ウチの彼ピ(仮)がそんなこと言うわけないし」

「…………」

 彼ピ(仮)は思ったことをそのまま口に出してはいけないらしい。肝に銘じておこう。


「それで、今からどこに行くんですか?」

「登山デート。いつもウチが行ってる山に、一緒に行ってほしいの」

「なるほど」

 登山デートというものは聞いたことがある。男女が助け合いながら山を登り、魔物が出たら共闘することで、絆を深めるそうだ。


「ってわけで、まずは装備を整えよう!」

 フィオナさんはそう言って、俺を先導してどこかへ向かい始めた。

 着いた場所は、校内にある倉庫だった。

 ここには冒険に必要な武器や防具、薬草や毒草、食料や燃料などが置かれているようだ。


「ジャーン! 生徒ならここにあるもの、どれでも自由に持っていっていいんだよ!」

「至れり尽くせりですね」

「ただし、持っていっていいのは自分が使う分だけ。もし転売がバレたら退学になるよ」

「勇者訓練校に、転売なんかする人がいるんですか?」

「いるいる。どこの世界にも、不届き者はいるんだよ」


 そんな会話をしつつ、干し肉やチーズやドライフルーツなどの携帯食料を入手した。登山用の装備は、昨日と同じものを使えばいいだろう。

 他にも色々な物品をバッグに詰め込んだところで、フィオナさんが「レオンっちのバッグに入れといてー」と言って、ポテチやグミなどのお菓子を手渡してきた。

「このお菓子、どうしたんですか?」

「部屋から持ってきた! いっぱいストックしてるんだよね!」

 屈託がない笑みを浮かべるフィオナさんを見て、俺は楽しくなってきた。

 何せ今から俺は、人生初のデートに出かけるのだから。


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 準備を整えた俺たちは、目的地である岩山の麓まで馬車で移動することになった。

 荷台で揺られながら、隣に座るフィオナさんに質問する。

「ちなみに、山まではどのくらいなんですか?」

「5キロくらいかな」

「結構遠いですね。もっと近くにも山はあるのに」

「ちょっと色々事情があってね」

 なぜかフィオナさんは歯切れが悪かった。


「その山に何かあるんですか?」

「秘密。着いてからのお楽しみだよ」

「その山だけの、特別な何かがあるんですか?」

「だから、内緒だって」

「気になるじゃないですか。ヒントくださいよ」

「うるせーな! 黙って乗ってろよ!」

 フィオナさんが突然キレた。

 その瞬間、全身に電気が走る。


「……おい、何ニヤニヤしてんだよ?」

「いえ、何でもないです。あと、すみません。登山デートと言われて、はしゃいでしまいました」

「ったく。自分の立場を弁えろよな」

「自分の立場……一応俺、彼ピ(仮)だったと思うんですが」

「彼ピ(仮)なんだから、ウチに絶対服従に決まってるでしょ」

「俺が知っている恋人関係と違う……」

 しかし、怒り顔のフィオナさんを見ていると、本当にこんな彼女がいたら最高だなと思ってしまうのだった。


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 1時間ほどで目的地に到着した俺たちは、すぐさま登山を開始する。

「しゅっぱーつ! レオンっち、ウチについてきて!」

 いつの間にか機嫌が直ったらしく、フィオナさんは楽しそうに駆け出した。


「――あっ! なんか見たことない花咲いてる! 新種かも!」

 しばらく斜面を登ったところで、フィオナさんが叫んだ。彼女は30メートルはあろうかという切り立った崖のてっぺんを指差している。

「レオンっち、摘んできて!」

「了解です。少々お待ちください」


 断るという選択肢を持ち合わせていないので、すぐさまロッククライミングの要領で登っていき、無事に花を回収してきた。

「すごっ! さすがレオンっちだね!」

 フィオナさんは歓声を上げつつ、写真機で記念撮影した。


 やがて満足したようなので、摘んできた花をバッグに入れ、再び歩き出す。

「――あっ! 超絶レアなスライム見っけ! 銀とか初めて見た~! 撮っとこ~!」

 フィオナさんは唐突に駆け出し、銀色のスライムに向かって写真機を構えた。

 馬車ではすごい剣幕で怒られたし、この山で何をさせられるのか不安だったが、フィオナさんが楽しそうで何よりだ。


「フィオナさんって、本当に写真が好きなんですね」

「うん! メッチャ好き!」

「それなら、なんで勇者訓練校に? 写真家を目指した方がいいんじゃないですか?」

「ウチは景色だけじゃなくて、魔物の写真もいっぱい撮りたいの。そのためには、強くならないとダメっしょ?

 普通の人って、魔物が怖くて村から出られないじゃん? だから色んな魔物とか景色とか写真に撮りまくって、みんなに見せたいの!」

「なるほど……!」

 フィオナさんはただ写真を撮りたいわけではなく、みんなを喜ばせたいという、しっかりした夢を持っているのか。


「今度、フィオナさんが撮った写真を見てみたいです」

 スライムの撮影を終えたフィオナさんに向かって何気なく言うと、驚かれた。

「レオンっち、ウチが写真機持ってること、批判しないの?」

「批判? なんでですか?」


 わけがわからなすぎて聞き返すと、フィオナさんは口を尖らせた。

「よく言われるんだよね。『写真を撮りたがる勇者候補生なんておかしい』とか、『遊び半分だと魔物に殺されるぞ』とか」

「あー、なるほど」


 たしかに、仮にドラゴンと闘っている最中に仲間が写真を撮りたがったら、今じゃないだろと思うかもしれない。

「批判する人の気持ちも理解できます。でも、少なくとも俺は、フィオナさんが遊び半分だなんて思いませんよ。勇者のことも写真のことも、真剣に考えていると思います」

「……そっか。……レオンっち、ありがとね」

 フィオナさんはつぶやいた後、照れくさそうに微笑んだのだった。


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 その後も寄り道は多かったものの、俺たちは少しずつ山頂に近づいていった。

 しかし、フィオナさんはある地点で突然、登山道を外れて歩き始めた。

「フィオナさん? また何か見つけたんですか?」

 そう問いかけると、フィオナさんは無言で振り返り、いつになく真剣な口調で語りかけてきた。


「あのね、レオンっち。今からウチの秘密の場所に連れていくんだけど、一つ約束して。その場所のことは、今後何があっても、2人だけの秘密にするの。いい?」

「わかりました」

「もし誰かに話したら、一生恨むから。薬を盛って、眠ったところを拘束して、拷問するから。指の爪を1本1本剥がして、全部の歯をへし折って、それから……」

「まだ秘密を見てすらいないのに、綿密な計画を立てるのはやめてもらえませんかね?」

 フィオナさんに拘束されたところを想像し、ゾクゾクしながら言った。


 その後、登山道を外れてしばらく歩いたところで、フィオナさんが唐突に立ち止まった。

「――ここが秘密の場所。それで、レオンっちに手伝ってほしいのが、アレ」

 フィオナさんが指差した場所を見た瞬間、俺はすべてを理解した。


 俺たちの視線の先には、規則的に石が積み上げられた、明らかな構造物があったのだ。

 それは地下への入口だった。石の階段が暗闇に続いていくのが見える。

「……アレって、迷宮ですか?」

「そ。ウチが見つけたの」

 フィオナさんは胸を張り、得意げに答えた。


 迷宮とは、魔王軍によって生み出されたと考えられている構造物である。迷宮の成り立ちや存在意義などは一切不明だが、内部には魔物が生息しており、対人用の罠が仕掛けられていることがほとんどだ。

 そして前人未踏の迷宮の最奥には、目が眩むようなお宝があることが多いらしい。


 フィオナさんがこれまで、この山で何をするのかを頑なに話さなかった理由がわかった。迷宮を発見した場合、すぐに王国に報告しなければならない決まりになっているのだ。

 つまり、これは法律違反。バレたら逮捕されてしまう。リリアさんや馬車の運転手に知られるわけにはいかなかったのだ。


「そんなわけで、踏破してみよっか!」

「ノリが軽すぎますって」

 というか、いくら何でも無謀すぎる。

 迷宮は普通、大勢の大人がパーティを組み、物資や食料をしっかり準備して、長い年月をかけて攻略するものなのだ。


「悪いことは言いません。迷宮を発見したことを、王国に報告しましょう」

「そんなことしたら、お宝が手に入らないじゃん!」

「それはそうですけど……」

「何? 覗き魔のくせに、口答えするわけ?」

「口答えというか、進言というか……」

「ウチらのお風呂覗いたこと、クラスで言いふらすよ? あと半裸で木に縛られていた写真も――」

「とりあえず、2人で攻略可能か調べてみましょう!」

 すっかり忘れていた。たとえ巻き込まれそうになっているのが犯罪だったとしても、俺に拒否権なんかないんだった。