年下の女性教官に今日も叱っていただけた

第6話 女性教官に芸を仕込んでいただけた①

 翌日の放課後。特別授業のために闘技場にやって来た俺は、昨日いかに大変だったかをリリアさんに話して聞かせた。

「そうですか……シエラさんとフィオナさんの2人と……。両手に花で、すいぶん楽しそうですね」

 リリアさんは眉間にしわを寄せ、俺を睨んできた。


「いや、大変だったって話なんですが……?」

 しかし、リリアさんの眉間に刻み込まれたしわは消えない。

 なんでそんなに不機嫌そうなんだ……?


「と、とにかく。これだけ女性と関わったんですから、さすがに俺にも免疫が――」

「できているわけがないです。レオンさんはどうせ今日もモン娘に負けます」

 リリアさんは語気を強めて断言した。まさかここまで期待されていないとは。


「とはいえ、想い人がいれば魅了耐性ができるという話は、わたしも聞いたことがあります。もしもレオンさんがシエラさんかフィオナさんに骨抜きにされていたら、何かの間違いで勝てるかもしれませんね」

「俺の勝利は間違い扱いなんですね……」


 そこまで期待されていないというのは、さすがに心外だ。今日こそは勝利して、汚名返上しなければ。

 俺は鼻息を荒くし、第1アリーナの中央に移動した。

 そして眼前の鉄柵が上昇し、現れたスライムさんは――最初から全裸だった。

 俺は敗北した。


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「どうやら、シエラさんにもフィオナさんにも骨抜きにはされていないようですね」

 スライムさんの粘液まみれになった俺に向かって、リリアさんは微笑みかけてきた。

「リリアさん、なんか嬉しそうじゃないですか?」

「嬉しいわけがないでしょう頭がおかしいことを言わないでください」

 リリアさんは刺々しく言い、いつもの仏頂面に戻ってしまった。


「それで、今日の罰についてですが」

「ごくり」

「レオンさんは女性が相手だと木偶の坊になるので、芸を仕込むことにしましょう」

「芸……?」

「まず、わたしが『おすわり』と言ったら、すぐさまその場にしゃがんでください」

「はい」

 俺は言われた通り、身をかがめた。

 すると俺を見下ろしているリリアさんが、困惑したような表情になる。


「普通の人間は、芸を仕込むと言われて犬扱いされたら屈辱を覚えて、抵抗すると思うのですが」

「そうなんですか? 俺はまったく問題ありませんが」

 半裸で森に半日拘束されるのに比べたら、なんて軽い罰なのか。

「……まぁいいです。では次に、わたしが『起立』と言ったら立ち上がり、『前進』と言ったら何があっても前に進んでください」

「わかりました」


「『起立』『前進』」

 俺はおすわりをやめて立ち上がり、前進を開始する。

 すぐに鉄柵にぶつかったが、リリアさんから前進をやめるような命令は出ていないので、足を止めない。鉄柵に顔面や胸筋を押しつけ、押し込むつもりで歩き続ける。


 するとリリアさんが鉄柵を上昇させ、奥に進めるようにした。

 この鉄柵は魔物を閉じ込めておくためのものなので、ここから先には危険が待っている。当然、俺は足を止め――


「何をしているのですか? まだ『前進』を解除していませんよ?」

 リリアさんはどこからか取り出した鞭で地面を叩き、俺を威嚇してきた。

 ――これは命令だ。たとえ命の危険があろうとも、進むしかない。


 俺はそのまま前進していき、奥にいたキマイラと対峙した。頭がライオンで胴体がヤギで尻尾はヘビという、奇妙な姿をした魔物だ。この個体の体長は3メートル弱というところだろうか。


「『抜刀』」

 命令された瞬間、俺は刀を抜いた。もちろん歩みを止めはしない。

「『跳躍』『水平斬り』」

 俺は柄を握りしめ、両足に力を溜める。


 しかし、地面を蹴る直前にキマイラが巨大な右腕を振り上げたので、咄嗟に背後に飛び退いた。

「何をしているんですか! 命令通りに動きなさい!」

 後退した直後、背中に鋭い痛みが走った。鞭で叩かれたのだ。

「次に命令を無視したら、鞭じゃなく剣で罰を与えます」

「それは殺すってことですよね……?」

 俺は困惑しながらも覚悟を決めた。

 リリアさんを殺人犯にするわけにはいかない……!!


「『跳躍』『袈裟斬り』」

 命令を受け、俺は刀を構えながら地面を蹴った。

 次は袈裟斬り、袈裟斬り、袈裟斬り――

 しかし、キマイラの爪が眼前に迫ると、俺は防御を優先してしまった。

 キマイラの攻撃を刀で弾き、着地する。またしても命令を無視してしまったのだ。


 俺の体には、魔物を狩る動きが染み込みすぎている。考えるより前に、体が勝手に反応してしまうのだ。

 また背中を叩かれることを覚悟したが、いつになっても衝撃はやってこなかった。

「――レオンさん、少し休憩しましょう」


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「……面目ないです。リリアさんが俺のために、解決方法を考えてくれたのに……」

 闘技場の控え室に入ってすぐ、俺は深々と頭を下げた。


「でも、どうしても命令通りに動くことができなくて……」

「気にしないでください。命の危機に瀕した際、余計なことを考えられなくなるのは、自然なことです」

 予想に反し、叱責されることはなかった。

 リリアさんは淡々とした口調で続ける。


「芸を仕込むのは、レオンさんには合わなかったようです。他の方法を模索しましょう」

「えっ……いいんですか?」

「もちろんです。無理やり合わせようとしても、ろくなことはありませんから」

 リリアさんは鞭を控え室のテーブルに置いた後、こちらに向き直った。


「ところで、レオンさんの特徴を知っておくために、いくつか質問をしてもいいですか?」

「はい! 何でも聞いてください!」

「ではまず、現在のシエラさんとフィオナさんとの関係についてです。2人のどちらかに対して、恋心を抱いていますか?」


「……えっと、それってモン娘に勝てないことと関係あるんですか?」

「当然です。個人的な興味によって生じた質問であるわけがないじゃないですか」

「そ、そうですよね」

「もしかして、答えづらい事情でもあるんですか? 2人のどちらかではなく、両方に恋してしまったとか」

 勝手に邪推したリリアさんが睨んできた。


「そういうわけではないんですが……。恋心か……。正直、自分でもよくわからないんですよね」

「そういうのはいいから、早く答えてください」

「いや、本当のことなんですよ。……この学校に転入してきてすぐの頃は、シエラさんのことが好きすぎて、すぐにでも結婚したいと思っていました。授業そっちのけで、ずっとシエラさんのことを考えていましたし」

「なるほど……?」

 正直に答えすぎたせいでリリアさんの額に青筋が浮かんでしまったが、いったん気にせず話を続ける。


「でも、シエラさんに赤ちゃん扱いされるようになって、自分の気持ちがよくわからなくなったんです。たしかにドキドキはするんですが、これが恋なのかと聞かれると、判断に困るというか」

「なるほど、そういうことですか」

「俺、変ですかね?」

「いえ、赤ちゃん扱いするシエラさんの方に問題があると思います」

「ですよね」

 俺は胸をなで下ろし、続ける。


「フィオナさんに対しても、同じような感じです。彼ピ(仮)と言われていますし、一緒にいるとドキドキするんですが、恋なのかはわからなくて……」

「無理もありません。まだ知り合って数日ですし、レオンさんは女性との接触経験がほとんどないようですから」

「そうなんです。ただでさえ環境の変化が大きい上に、色々なことが起きすぎて、脳の処理が追いついていないというか」

「では、質問を変えます」

 リリアさんは食い気味に言い、俺をまっすぐに見据えた。


「シエラさんやフィオナさんに対して、恋心を抱けそうですか?」

「――それは、もちろんです」

 2人とも、ものすごい美人だ。俺が恋に落ちる可能性は十分にある。

 などと考えていると、リリアさんがとんでもないことを言い出した。

「……であれば、レオンさんが誰かと恋仲になるまで、特別授業を中止しましょうか」

「――えっ」