年下の女性教官に今日も叱っていただけた2

第5話 クラスメイトに母性を爆発させていただけた③

 悪夢のようなやり取りがあった翌朝。俺が起きた時には、シエラさんはすでに目を覚ましていた。

「レオンちゃん、おはよう。ちょっと明るくなってきたから、ママはどこかで食料を調達してくるね」

「よろしくお願いします。お役に立てなくてすみません……」

「気にしなくていいんだよ。じゃあ、行ってくるね」

「はい。見つからないように、気をつけてくださいね」


 そう言ってシエラさんを送り出したのだが、1人になってからずっと、心が落ち着かなかった。何せエヴァンジェシカさんは昨夜、問答無用で俺の息の根を止めようとしてきたのだ。見つかったら何をされるかわからない。

 それから20分ほどが経ったところで、シエラさんが戻ってきた。


「シエラさん! 無事でしたか!」

「うん、何とかね。でも、大変だったよ。私たちが脱走したからか、集落の周辺が厳戒態勢になってて……。食べ物がありそうな森の中も見回りが多くて……」

「そうだったんですか」

「だからごめんね、食べ物は――」

「気にしないでください。1日くらい何も食べなくても大丈夫ですから」

「ううん。実は1個だけ、見つけることができたの」


 シエラさんがそう言って取り出したのは――哺乳瓶だった。


 中にはミルクと思しき白い液体がたっぷり入っている。

 そんな食料は見つからない方が良かった……!!

「レオンちゃん、貴重な食料だよ。ほら、飲んで」

 シエラさんは有無を言わせず、哺乳瓶の先端を俺の口に突っ込んできた。

 反抗したかったが、ミルクは様々な栄養素を補給できるので、大人しく吸い付き、嚥下していく。


「レオンちゃん、上手に飲みまちゅね~。おいしいでちゅか~?」

「…………」

 この状況は不可抗力によって生じたはずなのだが、シエラさんがちょっと楽しそうに見えるのは俺の気のせいだろうか?

 というか、手に入った食料は本当にこれだけなのだろうか? 他にもあったけど、あえてこれだけ持ってきたという可能性は?


 ……なんて、危険を冒して食料を調達してきてくれたシエラさんを疑うような真似は良くないよな。

「わ~! たくさん飲めまちたね~! 偉い偉い! それじゃあゲップしてから、おねんねちまちょうね~」

 ……シエラさんの言動を見ていると、どうしようもなく疑いたくなってしまう俺だった。


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 その後、俺たちは何をするでもなく、身を隠し続けた。やきもきするが、今の俺にはどうすることもできない。

 リリアさんとフィオナさんの安否はわからないものの、たぶん無事だろう。ここは超女尊男卑な島だから、危ない目に遭っているとは考えづらいし――


 カンカンカンカンカン!!


 突然、フェンリルが出現した時に鳴り響いた鐘の音が聞こえてきた。

 まさか、また凶暴な魔物が……?

「シエラさん。集落の様子を見に行きましょう」

「えっ、でも……」

「もし魔物が出たなら、退治しないと。俺たちは、勇者候補生じゃないですか」

「……そうだね。よし、行こう!」


 シエラさんが納得してくれたので、俺は後ろ手に縛られたまま立ち上がり、鐘の音がする方向に向かって走り出した。

 頼む、間に合ってくれ……!!

「――きゃあ!!」

「誰か助けてっ!!」

「もうダメよっ!!」

 集落に近づくと、女性たちの悲鳴が聞こえてきた。

 俺は武器を持っていないし、両手を拘束されたままだ。しかし構わず、悲鳴が聞こえた方向に急行する。


「大丈夫ですか!?」

 ――だが、そこには魔物なんかいなかった。いたのはエヴァンジェシカさんと、エルミノーラさんたち3人の側近だけだった。

「……こ、これは……?」


 困惑する最中、物陰から女性たちが姿を現し、俺とシエラさんを包囲した。

「――さっきの鐘は、石コロをおびき出すために鳴らしたのよ。もちろん悲鳴もダミー」

 エヴァンジェシカさんは得意げに笑いながら続ける。

「まさか石コロがここまでバカだったなんて、想定外だったわ。ワタシに殺されかけたっていうのに、ワタシたちを救いに来るなんてね」

「くっ……」


 俺は周囲を見回し、打開策を考える。

 だが、この場を切り抜けるのは難しいだろう。相手はすべての逃げ道を塞いでいるし、麻痺薬を塗った矢も用意しているはずだ。


「俺の人生、ここまでか……!!」

 思わずその場に膝をつく。18年ちょっとの人生、最後の数週間は勇者訓練校に入れて、本当に楽しかったな……。

「シエラさん、これまで色々とありがとうございました。どうか俺のことは忘れて、これからも楽しく生きてください」

「嫌だ!! 嫌だよレオンちゃん!! ママは絶対、レオンちゃんを守ってみせるから!!」

「下手に抵抗しないでください。シエラさんまで処刑されるような事態は避けたいです」

「大丈夫!! ママっていうのは、赤ちゃんのためなら本来の何百倍ものパワーを出せるものなんだから!!」


 シエラさんは抜剣し、周囲を見回す。

「またママ力を覚醒させて、全員蹴散らしてみせるから!!」

 大声で宣言したシエラさん。対するエヴァンジェシカさんは、なぜか小首をかしげた。

「アナタたち、いったい何を言っているわけ?」


 予想外のリアクションに、シエラさんは毒気を抜かれたようだ。

「……何をって、レオンちゃんを守るっていう話ですけど?」

 すると、横に立っているエルミノーラさんが進言する。


「島主が石コロをおびき出した目的をまだ話していないので、殺されると勘違いしているんじゃないですか?」

「――えっ? 俺、殺されないんですか?」

 そう問いかけると、エヴァンジェシカさんはつまらなそうに頷いた。


「石コロたちが逃げた後、リリアに約束されたのよ。石コロが裸を見た記憶を消した上で、自分たち4人はこの島に永住するってね」

「えっ……!?」

「記憶を消せるなんて、そんな荒唐無稽な話、信じられないわ。でも、リリアがあまりにしつこいから、試しにやってもらうことにしたの」


 エヴァンジェシカさんがそう話している最中、真横にある建物から、リリアさんとフィオナさんが出てきた。

「2人とも、無事だったんですね。でも俺の記憶を消すって、いったい――」

「『黙れ』」

 リリアさんに命じられた瞬間、俺は声が出なくなった。


「説明するのが面倒だし、百聞は一見にしかず。――『昨日フィオナさんとエヴァンジェシカさんの裸を見たこと、及びそれに関連することをすべて忘れなさい』」

「――っ!!」

 説明不足の状況で命令された刹那、俺の意識は消滅した。


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「石コロ。目を覚ましなさい、石コロ」

 リリアさんに呼びかけられ、俺は目を覚ました。

 周囲にはリリアさんとシエラさんとフィオナさんだけでなく、エヴァンジェシカさんやエルミノーラさんまでがいた。


「……えっ? これってどういう状況ですか?」

「本当に何も覚えていないの?」

 エヴァンジェシカさんに質問され、俺は記憶をたぐり寄せる。

「えっと、シエラさんと2人で隠れていたら鐘が鳴って、でもそれは俺をおびき寄せるために鳴らしたもので……」


 あれ? その後どうなったんだ?

 いくら思い出そうとしても、何も頭に浮かんでこない。言いようのない気持ち悪さが心の中に広がる。


「なんで昨夜、ワタシに殺されかけたかはわかる?」

「……殺されかけた? 何の話ですか?」

「何の話って、石コロはシエラに命を救われて、昨夜ずっと隠れていたんでしょう?」

「シエラさんに命を……? うっ……!!」


 ダメだ、何も思い出せない。思い出そうとすると、額や頭頂部がムズムズする。

 昨夜のことで記憶に残っているのは、シエラさんにオシッコを手伝ってもらったことと、哺乳瓶でミルクを飲まされたことだけだ。

 いや、なんで俺はミルクを飲まされたんだ……? 食料が手に入らなかったから……? そもそもなぜ、俺たちは逃げ隠れしていた……?


「どうやら、広範囲に及ぶ記憶を消してしまったせいで、混乱しているようですね」

 リリアさんが俺を見下ろしながら、興味深そうにつぶやいた。

「広範囲に及ぶ記憶……? いったい何の話ですか……? まさか、俺の記憶がおかしくなっているのって、何か薬――」

「『黙れ』」

「…………」

「エヴァンジェシカさん。見ての通り、わたしは約束を果たしました」

「……そうね。演技には見えないし、信じてあげてもいいわ」


 エヴァンジェシカさんは吐き捨てるように言った。2人が何を言っているのか、ぜんぜんわからない。

「約束通り、石コロは殺さないでおいてあげる」

 サラッと衝撃的なことを言われた!!

 俺、殺される予定だったの……!?


「それから、4人をワタシたちの家族にしてあげる。ただし、まだ完全に信用できたわけじゃないから、その足枷はしばらく外さないわ」

「わかりました。エヴァンジェシカさんたちの信頼を得られるよう、努力します。これからは家族として、協力して生きていきましょう」


 リリアさんが悪い笑みを浮かべながら言った。

 理解不能すぎる状況だが、1つだけわかっていることがある。リリアさんは明らかに何か企んでいる。