男女の友情は成立する?夏目咲良の青春疑似録
Ⅰ こうして夏目咲良はノートを燃やしたいと願った ④
心底うんざりした様子でため息をつく。
そして自身の右手をわきわきと動かしながら、何やらアンニュイな表情で告げた。
「触っちまったら、それはもう希望じゃなくて脂肪の塊なんだよ」
「全然、うまくないわよ。ドヤ顔がほんとにムカつくわね」
もうバレたことで吹っ切れたのか、弥太郎は己の欲望に対して赤裸々であった。
心無しか、口調も普段の学校での様子より砕けている。
(……こいつ、学校じゃ猫かぶってるのね)
咲良はちょっと引いた。
いや、けっこう引いた。
他人の趣味にとやかく言える立場ではないが、これにはさすがにドン引きでも許されるのではないかと思われる。
「ていうか、バレたくなければ学校に持ってくるのやめなさいよ」
「これは演劇部の友だちから頼まれたやつだからな」
「演劇部? うちにそんなのあった?」
「去年からあるぞ。二年生しかいねえけど……あっ」
すると一転、弥太郎が嘲笑する。
「おまえ、そういうの教えてくれる友だちいなそうだもんな?」
「……っ!?」
咲良の顔が、かっと赤くなる。
憎々しげに弥太郎を睨んだ。
「……明日、あんたの秘密の趣味がクラスで暴露されなければいいわね」
「そういう脅し無駄だぞ。おまえより、俺のほうが信じられるからな」
「姑息な男ね……」
「日頃の努力の賜物だろ?」
弥太郎は、すでに手中にあるノートを誇示するように見せびらかした。
「ま、ノートが見られたのには焦ったけど、実質ノーリスクなおまえで助かったよ。それに成果もあったしな」
「成果?」
弥太郎は満足げにノートをめくる。
「おまえみたいなやつが笑って読んでたんだ。これは面白いってことだろ?」
「…………」
どうやら咲良が読んでいるところを、教室の外で窺っていたらしい。
突入のタイミングを計っていた……というのもあろうが、おそらくは純粋にリアクションが気になったのだろう。
そんな期待がにじみ出る弥太郎の言葉に、咲良は呆気に取られていた。
「……あんた、私が面白くてこのノートを読み続けていたと勘違いしてたの?」
「え? 違うのか?」
違う。
咲良がこれを読んでいたのは、あくまで持ち主の手がかりを探すため。
もっと言えば内容を読んでいたというよりも、字の癖なんかを見ていたのが大きい。
そして内容に関しては……。
「死ぬほどつまんなすぎて、笑うしかなかったの。これ、紛れもなくゴミだわ」
咲良の冷たい言葉に――弥太郎の顔が凍り付いた。
日頃から、周囲の女子生徒たちの機嫌を伺っている男である。
それが紛れもなく本心から発されることがわかったのであろう。
「ど、どうして……?」
あるいは、よほどの自信作だったのだろう。
そんな「信じられない……」という様子に、咲良が眉をひそめた。
「どうしてって……」
と、携帯のアラームが鳴った。
咲良のバイトの時間を知らせるものだ。
(いけない。時間を取られ過ぎた……)
今日、咲良の姉たちは大学の飲み会だったはず。
自身の代わりはいない。
咲良は慌てて鞄を手にすると、教室の鍵とノートを弥太郎に投げた。
「あ、ちょ! 話の続き……」
「自分で考えて。私には関係ないでしょ」
弥太郎を置き去りにして、教室を飛び出した。
後方でガチャガチャと教室の戸締りをしながら叫ぶ声が聞こえたが、完全に無視である。
(……まったく、妙なことで時間を浪費したわ)
咲良は知らなかった。
これが「クラスの人気者の意外な一面を見ちゃったぞ☆」みたいな面白エピソードで終わらないことを。
このときもっとうまく対処できなかったことが、彼女の青春を大きく歪ませる結果になることを……。
***
帰宅後。
咲良は実家の経営するコンビニで、店番をしていた。
……結局、時間に間に合わなくて母親に叱られた。
(全部、あの浮気小説男のせいよ)
咲良は内心で悪態をつく。
(女癖が悪くて小説書きとか、時代錯誤も甚だしいわ)
とんだ言いがかりであるが、咲良の心境を考えれば致し方なしである。
ようやく落ち着いて、先ほどの弥太郎との会話を思い返す余裕が生まれた。
(……あんなリア充野郎も、小説なんて書くのね)
しかもコテコテのラブコメ。
リア充なりの悩みとかを発散するならまだしも、あれじゃあ私小説みたいなものである。
(演劇部に頼まれた、って言ってたわね。となると、劇で使用する脚本かしら……)
どこで披露するのかは知らないが、あんなもの見せられる観客が可哀そうだと素直に思っていた。
(まあ、けっこう真剣にやってるっぽいし、あれも一種の青春なのかしらねえ)
担任の笹木に変なことを言われたのもあって、思考がそっちに引っ張られる。
素直に女と遊んでいればいいものを。
そんなことを考えながらレジで頬杖をついていたら、近所のおじさんに叱られた。
「さくらちゃん!」
……と、一応は真面目に店番をしていると、袖を引くちっこい妖怪が出た。
「さくらちゃん! こっちみろ!」
「あら、悠宇。あんた、こっち来てたの?」
年の離れた弟……幼いころの悠宇である。
幼稚園の年長さんで、周囲に興味津々なお年頃。
夏目家には他に二人の姉がいるが、男児は悠宇が初めてである。
そのせいでえらく両親から可愛がられていて、順調にわがまま坊主へと育っていた。
その悠宇は、プリキュアのステッキを振り上げながら鼻を鳴らした。
「あそぼう!」
「ダメよ。いまは店番。裏でテレビ見てなさい」
「やだ! たくさんみた!」
「はいはい。それじゃあ、遊びましょうか」
言い出したら聞かないのである。
しかし咲良も、伊達にお姉ちゃんをやってはいない。
こういうときの対処もお手の物である。
「かくれんぼにしましょう。私が鬼ね。悠宇、あんた先に隠れなさい」
「わかった!」
悠宇がバックルームへ、意気揚々と駆けていった。
咲良は息をつき、悠宇を探しに行かず店番を続ける。
(我が弟ながら、扱いやすくて助かるわ)
……と、そのとき。
「へえ。咲良の家、コンビニなのか」
「……どうしてここにいるのかしら?」
なぜか弥太郎が、レジの前に立っていた。
おかしい。
ここは学校ではないはず……というか、いつの間に呼び捨て……。
咲良は多すぎる情報量に、少し圧倒されてしまっていた。
「えーっと……はいこれ」
弥太郎は悪びれもせずに周囲を見回すと、レジの脇に置いてる1個30円のチョコ菓子を差し出した。
そのバーコードを通しながら、咲良は冷たく言う。
「ストーカーは犯罪よ。通報するわ」
「一応、クラスメイトなんだけど……」
「つまり他人ね。警察に電話してくるから、一時間くらい店番してなさい」
「体よく使おうとしてるんじゃないぞ……」
代金を払っても、弥太郎はレジの前を動こうとしない。
軽薄にヘラヘラ笑いながら、何が楽しいのかエプロン姿の咲良を見物している。
咲良はため息をついて、会話を続けた。
「どうしてうちが?」
「笹木先生が教えてくれた」
「どんな名目を用意すれば、生徒の個人情報を引き出せるのかしらね」
「夏目咲良さんと友人になりたい。あの子を孤独から救ってあげたい。……って言ったら、あっさりと。ちょっと涙ぐんでた」
「あの男、青春学園ドラマに頭やられてるんじゃないの……?」
この生徒にして、あの教師ありである。
進学する高校を間違えたかしら……と咲良は考えながら、一応は来訪の理由を聞いてみた。
「何の用?」
「さっきの話、終わってなかったろ?」
……こういうところが神なのだ。
自分たちのルールを、一方的に相手に押し付ける。
相手の立場に立って考えるなんて、これっぽっちも考えていない。