男女の友情は成立する?夏目咲良の青春疑似録
Ⅰ こうして夏目咲良はノートを燃やしたいと願った ⑤
咲良にとっては、まさに陽キャの嫌いな部分を押し付けられる形であった。
「なあ、あの脚本のどこが悪いんだ?」
「さっきも言ったはずよ。自分で考えなさい」
「そう言わずに! 頼む!」
「あのね。そんな教える義理はないの。私たち他人でしょ?」
弥太郎が、少しだけ考えるそぶりを見せる。
そして妙に真剣な表情で、ずいっとレジに身体を乗り出してきた。
「じゃあ、どうすれば友だちになってくれるんだ?」
「は、はあ?」
咲良は慌てて距離を取った。
それから取り繕うように言い捨てる。
「あのね。あんたみたいな人間にとっちゃ一時の気の迷いで始めたことだろうけど、そんなものに巻き込まれてあげるつもりはないの。どうせすぐ飽きるんだから、大人しくカラオケとかで女と遊んでなさい」
さすがにこう言われれば、馬鹿でもない限りは引くだろうと思った。
そもそも咲良にとって、弥太郎のようなうまくやっているやつは相いれない存在だ。
できるだけ関わりたくないし、あの小説の面倒を見るなど言語道断。
しかし弥太郎のリアクションは、思っていたのと違った。
まっすぐなまなざしで咲良を見つめると、はっきりと告げた。
「気の迷いじゃない」
「…………」
その言葉に、ふざけている様子は微塵もなかった。
咲良が呆然としていると、弥太郎は「あっ」と調子を戻して言う。
「そうだ。咲良、明日、時間ある? 俺なりに直してみるから、また感想くれよ」
「はあ? なんで私が……」
そこでレジに別の客が並んできた。
弥太郎は笑うと、会計を済ませたチョコ菓子をポケットに入れる。
「じゃあ、明日よろしくなー」
「あ、ちょ……」
止める間もなく、さっさと出て行ってしまった。
「……陽キャめえ。やるなんて言ってない」
咲良がレジを済ませてうなだれていると、ちんまい妖怪がスカートを引っ張った。
悠宇である。
どうやら鬼ごっこに飽きたらしい(そもそも一度も探していないが)。
「さくらちゃん! さっきのおとこはだれだ!?」
「あら、悠宇。勝手に出てきちゃダメじゃない」
「かれしか!?」
「そういう言葉、どっから覚えてくるのかしら……」
悠宇はプリキュアのステッキを振り回しながら、意気込んで叫んだ。
「さくらちゃんはやれん!」
「あんた、私の父親だったの?」
しかしそれは、咲良にとっては一理あった。
「……悠宇。あんたは、あんな男になっちゃダメよ」
悠宇は不思議そうに首をかしげる。
その頭をくしゃくしゃと撫でまわしながら、咲良はコンビニバイトを続けた。
***
翌朝。
咲良が登校すると、机の中に見知らぬノートが入っていた。
「…………」
それを、ぺらっとめくってみる。
『オッス! オレ、普通の高校二年生の男子! 家庭の事情で都会に転校して、今日から新しい学校だ! どんな出会いがあるか楽しみだぜ! って、あーっ! 目の前の横断歩道で、女の子がトラックにひかれそうになってるぞ! 幼い頃から野山を駆け回った肉体能力をぎりぎりまで解放して、その女の子を助け出した!(おっぱいが揺れる) ……え? 必死で気づかなかったけど、なんて可愛い女の子なん――』
それをパタンと閉じた。
(……やっぱりラブコメになる(おっぱいが揺れる)のね)
しかも主人公が、ほんのりと身体強化されている気配がある。
あるいは、これが弥太郎なりの改善点だとでもいうつもりだろうか。
あと数十ページは続く気配があったが、これ以上は読む気が起きなかった。
(……これ、名前書いてないけど、あのクソ陽キャのものよね?)
クラスの前のほうでダベってるグループに、ちらっと目をやる。
昨日、浮気騒動があったにも関わらず、誰一人欠けることなく談笑していた。
(さすが陽キャは場を取り繕うのがうまいわ。まあ、例のカノジョと浮気相手は少しぎこちないけど……)
それはどうでもいいのだ。
それよりも、このノートをどうするか……。
……ん?
ふと弥太郎と目が合った。
ニヒルな笑みで、ぐっと親指を立てる。
(……このノート、いますぐ黒板に張り出して晒してやろうかしら)
正直、読みたくない。
開幕一ページから主人公が超ド級の身体能力を持っていることが提示されて、世界を裏から牛耳る悪の組織がほのめかされている。
朝の学校に到着する前に、三人くらいのヒロインを犯罪組織から助けているのだ。
……この学校、どれだけ危ない境遇の子が集まってるのであろうか。
そして五ページめにして早くも明かされる世界の真実。
もはやラブコメになんて興味が湧かない。
そして、この黒装束の集団の正体は――やはり美少女集団だった!
(……こんな前振りのあと、ヒロインとポッキーゲームされてもねえ)
昨日は持ち主を探すという目的があった。
でも今日は、いますぐ席を立って本人に突き返してやるだけでいい。
(……ま、わざわざ騒動を起こす必要もないわね)
昨日、「気の迷いじゃない」と告げていたときの、真剣な顔を思い出した。
咲良はそっとノートを閉じると、それを机の中に収めた。
***
放課後。
事前に指示されたのは、授業で使用する科学室であった。
当然、いまは誰もいない。
いつも使用しているはずの教室だが、こうやって放課後に訪れると別の場所のように感じるから不思議であった。
(へえ。ここが演劇部の部室なのね。……まあ、適当に空いてるところをあてがわれたのかしら)
そして呼び出した張本人……いかにも期待したまなざしで呼び出してきた弥太郎が言った。
「咲良。どうだった?」
咲良はきっぱりと言ってのけた。
「読んでいないわ」
「なあ……っ!?」
弥太郎が大げさに驚いた。
「おまえ、人の心とかねえのかよ!?」
「こんな駄作を読むことを強要するほうが、よほど鬼畜の所業だと思うけど」
「だ、駄作!? マジで!?」
「まさか本気でこれが傑作だと思ってたの?」
「ほ、本気だけど……」
咲良は少しだけ頭が痛くなるようであった。
いっそギャグだと言ってくれたほうが、まだ対応の仕方もあるだろう。
「あんた。人に見せる前に、誰かに読んでもらったほうがいいわよ」
「だから咲良に見てもらってるんだろ?」
「いや、そういう意味じゃなくて……」
咲良はため息をついた。
「いつもあんたと楽しそうにやってる連中がいるでしょ?」
「言えると思うか?」
「まあ、そうね。あんたの秘密の趣味を知ってるなら、わざわざ下手くそな演技でノートを取り返そうとはしないわね」
「わかってるなら言うなよ……」
項垂れる弥太郎に、咲良は鼻で笑った。
「演劇部っていうなら、他にメンバーがいるでしょ?」
「いや、あいつらにも内容は言ってないんだ」
「同じ演劇部なんでしょ? 仲がよくないとか?」
「仲はいいよ。そうじゃなきゃ、そもそも参加してないし」
弥太郎は清々しい表情で、窓から空を見上げる。
「やっぱり最高の友だちには、最高の作品を見せて驚かせたいだろ?」
「そのゴミみたいな自己満足のために、私には不快な思いをさせていいってわけ? ほんといいご身分ね」
咲良が鞄を肩にかけるのを見て、慌てて弥太郎が引き留めた。
「た、頼むよ! 俺も困ってたんだよ!」
「はあ? なんで偶然、このゴミを拾っただけの私が?」
「だから踏ん切りがついたんだろ!? あと人の作品をゴミとか言うな!」
咲良は自身の不運を呪った。
あのとき、笹木の説教を受けなければ……いや、あるいはノートなど捨て置けばよかったのだ。
「ふざけないで! 私に、あんたの面倒を見る義理はないの!」
「そんなこと言って、ここまでついてきたくせに」