男女の友情は成立する?夏目咲良の青春疑似録

Ⅱ 犬塚雲雀は求愛する葦である ③

「私、廊下に貼ってる順位表、見たことないのよね」


 そもそも咲良が見に行けば、他の女子からあれやこれやとやっかみを受けて面倒くさいのだ。


 そして弥太郎。

 その情報は初耳だったらしく、感心したように言った。


「へえ。咲良、そんなに勉強できるのか? すげえなあ」

「別に大したことじゃないでしょ」

「いや、雲雀ってマジで頭いいんだぞ?」


 その言葉に、咲良が肩をすくめる。


「定期テストなんて、授業聞いてれば普通できるわ」

「うぅわあ。ナチュラルに煽るなあ……」


 なぜ咲良が、クラスの女子たちに嫌われているのか。

 その片鱗を垣間見た気分の弥太郎であった。


 とりあえず雲雀が咲良を目の敵にする理由は理解できた。

 しかし、これでは紛うことなき八つ当たりである。


「雲雀。気持ちはわからないでもないが、そう邪険にするなよ。実際、うちの助っ人になってくれるやつ、他にいないだろ?」

「ぐっ。そ、そんなことは……」


 二人の言葉に、咲良は眉根を寄せた。


「そういえば、あんたの末代までの恥……脚本だけど」

「そこまで言ってから言い直すの、本当はわざとやってるんじゃないか?」

「あんたの脚本、他に誰か見てくれる人はいないの? というか、そっちの、えっと、犬塚くん? が優秀なら、他にも手伝ってくれる人がいるんじゃない?」

「あー……」


 なぜか弥太郎は、気の毒そうに雲雀を見た。


「こいつ、基本的にクラスメイトから嫌われてるんだわ」

「納得だわ」


 雲雀が吠えた。


「僕を侮辱しているのか!?」

「侮辱っていうか……納得しただけよ」

「同じ言葉を繰り返すな! わざわざ言い直す必要があったのか!?」


 叩けば響くなあ、と咲良はちょっと面白くなってしまった。


「まあ、この犬塚くんについてはもういいわ。それで今日は、どうしてわざわざ私をここに連れてきたわけ?」

「あー、それな。今朝、俺の脚本について言ってたろ?」

「明日が可燃ごみの日?」

「処分すげえ推奨するじゃん。そうじゃなくて、主人公にリアリティがないってやつ」

「ああ、あれね」


 咲良も思い出した。

 主人公がただの高校生のくせに、やたら超人的な運動能力を持っている件だ。


「それが、ここに連れてきたのと関係あるの?」

「ああ。とりあえず場所、移そうぜ」


 どうやら目的地はここではないらしい。

 弥太郎に促されて、咲良は科学室を後にする。


 そのまま、なんと校外へと出た。


 そして学校近くの小さな公園。

 住宅街の中にぽつんとあり、少し寂れかけの様相である。

 えらく遊具に力を入れているが……そもそも遊んでいる子どもたちはいなかった。


 その公園の中に、高さの違ういくつかの鉄棒があった。

 最も背が高いものは、高校生が手を伸ばしても届かないほどだ。


「なんでこんなところまで?」

「高い鉄棒、ここにしかねえからな」

「よくわかんないけど、学校のグラウンドのやつでいいじゃない」

「あれじゃ低いし、運動部の連中に見られると面倒だからな」

「……なるほどね」


 そして弥太郎は、雲雀へと言った。


「ちょっと見せてやってくれ」

「やれやれ。僕もこのような形で優位的な能力をひけらかすのは嫌いなのだが」


 澄ました顔で眼鏡をクイクイしながら、鉄棒の下で軽やかにジャンプする。

 そのまま何のことはないように、両手で鉄棒を掴んで見せた。


 両腕の力で身体が浮き上がる。

 まるで重力を感じさせないような滑らかな上昇に、咲良は素直に驚いた。


「へえ。案外、力持ちなのね」

「雲雀は見た感じ、ひょろっとしてるからな」

「で、この細マッチョくんが何なの?」

「まあ見てなって」


 雲雀は鉄棒で身体を持ち上げると、軽快に一回転して見せる。

 そのまま連続で回転して勢いをつけると、その身体を上空へと放った。


 まるで大鷲――。


 巨大な鳥が、大空に羽ばたくような美しい演技。

 そんな幻影を見た咲良は……素直にドン引きした。


「ええ……」


 上空で回転し、雲雀は再び鉄棒を掴んだ。

 スムーズな動作で回転すると、今度は前方へと跳び――新体操選手も真っ青な華麗な着地を決める。


 どや顔で振り返ると、キランッと真っ白な歯を輝かせてみせた。


「ハアーッハッハッハ! どうだ、僕の実力を思い知ったか!?」


 弥太郎が拍手しながら、隣の咲良に同意を求める。


「な? 屋根の上から悪の組織とか追跡しそうだろ?」

「~~~~~~~~っ」


 咲良は深ぁ~い頭痛を堪えるように唸った。


「こいつを一般人の基準にするな」

「ダメかあ……」


 弥太郎はカラカラと笑った。

 それから少し悩むように、顎に手を当てて首をかしげる。


「……とは言ってもなあ。俺は基本、誰かモデルがいないとキャラが書けないんだよ」

「もっと他にいるでしょ。あんたの周囲で騒いでいる猿とか」

「クラスメイトを猿とか……まあ、それでもいいんだけどな。でも、あいつら人間関係がごちゃついてるから、誰をヒロインにすればいいか悩むんだよな」

「ごちゃつかせてる原因があんたでしょうが……」


 先日の弥太郎の浮気騒動。


 一見すると沈静化しているように見えるが、やはりよく見れば消えない傷跡を残していることがわかる。

 おかげでクラスの雰囲気はあまりよくないが、元々ぼっちの咲良には関係ないことであった。


「それに主人公の役は雲雀だし、やっぱり本人のキャラがしっくりくるんだよ」

「あの普通の鉄棒でオリンピック選手みたいな危ないことやってのけるやつが主人公とか、観客が置いてけぼりもいいところよ。今すぐ配役を見直しなさい」

「それは困る。他に男の演者いないし……」

「あんたはやらないの?」

「俺が表に出たら、クラスの女子たちがやりたがるから面倒だろ?」

「ナチュラルにモテ自慢するところ、本当に癇に障るわね……」

「高校デビュー成功野郎で悪いな」


 咲良はがくりと肩を落とした。

 その視線の先では、調子に乗った雲雀がさらに鉄棒の技を披露している。


「ハッハッハ! どうだ夏目咲良! これでも敗北を認めないか!?」


 しかしすでに興味を失くしている咲良は見ていなかった。

 そもそもいつの間に勝負になったのか不明すぎるのだ。


 そっちを無視して、咲良は弥太郎との会話を続けた。


「さっき、もう一人、男子がいるって言ってたわよね?」

「あいつはダメだ。そういうタイプじゃない。……てなると、やっぱり雲雀なんだよなあ。ヒロインも配役が決まってるから書きやすいし」


 その言葉に、咲良が眉根を寄せた。

 鞄から弥太郎の脚本ノートを取り出すと、昨日、渡された部分を読み返す。



『なんとかご令嬢を救い出すことに成功した。でも悪の組織から囲まれている。オレはどうなってもいい。この子だけは絶対に助けるぜ。でもご令嬢が縋るように言うのだった。「あなたを置いて一人で助かっても……それはわたしの望みではありません!」。その言葉にドキッとしたオレは、その身体を抱きしめた(おっぱいが胸に当たる!)』



 ……咲良はノートを閉じた。


「じゃあ、この何回書き直しても常に出張ってくる頭が悪そうな巨乳ヒロインにもモデルがいるわけ?」

「頭が悪いとか言うなよ」

「男の趣味で知能指数が知れるものよ。ちなみにあんたの取り巻きは10点ね。一億点満点で」

「落第ってレベルじゃねえな……」


 弥太郎は苦笑しながら顎をなでる。


「まあ、その子にもモデルいるよ。けっこう有名な子なんだけど」

「知らないわね」

「咲良は知ってるやつのほうが少ねえだろ」


 なぜか弥太郎。

 どこか遠いところを見るようにつぶやいた。


「まあ、その女子が、目下の一番の問題なんだけどな……」

「はあ?」


 その意味を、咲良は翌日に知ることになる。