男女の友情は成立する?夏目咲良の青春疑似録

Ⅱ 犬塚雲雀は求愛する葦である ④

 ***


 

 翌朝。

 夏目家のリビング。

 咲良が学校の準備を済ませて朝食に訪れると、テーブルに置き手紙があった。


「……何かしら。珍しいわね」


 それを手にして読んでみると……。



『咲良ちゃんへ。今朝はお赤飯を炊いていますので、必ず食べていくこと。いいですね。あと弥太郎くんに、カッコイイお友だちがいる場合は紹介を――』



 咲良はそれを破くと、いつも通りコンビニの廃棄パンを食べて家を出た。


 ……そして日中を穏やかに過ごし、再び放課後になった。


 咲良は大変不本意ながら、弥太郎と共に科学室を訪れる。

 そこには雲雀が待ち構えており……なぜか昨日よりも不機嫌そうであった。


「おい弥太郎よ。本当に行くつもりか?」

「いや、行かなきゃ話にならねえだろ。そろそろ時間的にもギリギリだぞ」

「僕はまだ時期尚早だと思うのだが?」

「おまえ、それ三か月前も同じこと言ってたろ……」


 二人の会話に、咲良が首をかしげる。


「要領を得ないわね。いったい何なの?」

「実は雲雀が好きな……もがっ!?」


 何か言いかけた弥太郎の口を、雲雀が慌てて塞いだ。


「貴様、何を口走ってるんだ!? 正気か!?」

「もがもが……」


 顔を真っ赤にして何事かを喚く雲雀に対し。

 咲良は大きなため息をついて確認した。


「犬塚くんの好きな女子を勧誘したいと?」

「なぜ今のでわかるんだ!?」

「そんなのさっさとやればいいじゃない。何をためらってるの?」

「き、貴様は相手を知らないからそんなことを言えるんだ!」


 とんでもない動揺っぷりであった。


 咲良としては別に知りたくもないのだが、そうしなければいけない空気である。

 なんせ演劇部、まだ男子三名しか所属しておらず、演者も一人……待てよ?


 咲良は雲雀の肩を、優しくポンと叩いた。


「慎重にいきなさい。青春にやり直しは利かないわ。自分の気持ちを告げるなら、機を読むことに全神経を集中するのよ」

「いきなり笹木教諭のようなことを言い出してどうした?」

「たまには親切なことを言おうとしただけよ」


 しかしその思惑を読んだのは弥太郎である。


「咲良。このままメンバーが集まらなければ、俺の脚本アドバイスから逃げられると思ってるだろ?」

「チッ……」


 恨めしい視線を送る。


「こういうときばかり勘がいいわね」

「女子の機嫌を伺うのは得意なんだよ」


 弥太郎がいまだにウジウジしている雲雀の手を引く。


「雲雀もいい加減に腹を括れ。演劇部の準備ができたら勧誘するって約束しただろ?」

「し、しかし……」


 科学室から出る二人に、咲良はため息交じりについていく。


「ていうか、そもそも演劇部の勧誘に乗るような子なの? どうせ雲雀くんが好きな女子なんだし、教室の隅っこで本読んでる文学少女でしょ?」

「あー。咲良もそう思うよなあ」

「違うの?」

「まあ、見てのお楽しみだな」


 渡り廊下から出て、グラウンドのほうへと向かった。

 その向かう先を察して、咲良の表情が曇る。


「……ねえ、まさかとは思うけど」

「ハハハ。やっぱり咲良も知ってたか」

「そりゃクラス違っても、あの女は知ってるでしょ」


 テニス部。

 その女子のコートできゃいきゃいと練習しているグループがいくつかある。

 中でも特に華やか女子たちが集まっているところがあり……咲良はその陽の気に当てられそうであった。


「ハア。なるほどね……」


 目的の人物を遠目に眺めながら。

 咲良は気の毒そうな視線を雲雀へと送る。


「……やめておいたほうがいいわ。相手が悪すぎる」

「そ、そんなのわからないではないか!?」

「いや、あんたも自分でわかってるから、さっきごねたんでしょ?」

「うぐ……っ」


 普段はピンポン玉のように勢いよく反発してくる雲雀も、そのまま消沈してしまう。

 さすがに弥太郎が気の毒に思ったのか、少し咎めるように言った。


「おい、咲良……」

「本当のことでしょ。あれ、そもそも演劇部とか興味ありそうには見えないわ」


 やけに美人で胸のでかい女子……というのが咲良の持つ彼女への印象であった。


 まあ実際、その通りである。

 たまに男子たちの噂を耳にするが、悲しいかな大概はそういう類のものだ。


 可愛くて、胸がでかくて、キラキラしている。

 弥太郎の取り巻きの女子たちも似たようなものだが、やはり明確には違う属性だ。



(あっちは養殖もので、こっちはいわば天然もの、かしら……)



 とてもではないが、この偏屈頭でっかち野郎に望みがあるようには思えない。



(確か名前は……)



 記憶を探ると、案外すんなりと出てきた。


 ……そうだ。

 榎本紅葉といった。


 

 ***


 

 科学室に戻って……というか、逃げてきて。


 弥太郎が不服そうに言った。


「なんで声かけなかったんだよ」

「できるわけないでしょ。てか、あんたと私が一緒にいるとこ見られたくないの」

「あ、そうか。そうだったな」


 あの周辺には、咲良のクラスメイトたちもいた。

 弥太郎とこうして会っていることを知られれば、絶対に取り巻きの女子たちが黙っていない。


 ……モテるというのも難儀だなあ、と咲良は内心でため息をつく。


「で? 地上に舞い降りた天女に恋しちゃった憐れな村人はどうするの?」

「夏目咲良! 貴様、僕のことを村人などと馬鹿にしているのか!? 我が犬塚家の先祖は、この周辺の土地を切り開いてきた豪農だぞ!」

「間違いなくルーツは村人じゃないの。今のこの町があるのはあんたの先祖のおかげなんだから、村人に誇りを持ちなさいよ」

「ぐ……っ! こいつの言い方は、なんでこういちいち癇に障るんだ!?」


 お互い様であるが、口に出したら面倒くさそうなので咲良は黙った。


「ハッハッハ。おまえら、仲いいなあ」


 のんきに笑っている弥太郎を、咲良がじろりと睨んだ。


「そもそも何で榎本紅葉なの? 演劇部のメンバーを募集したいなら、他に帰宅部の子を狙えばいいじゃない」

「おっ。じゃあ、咲良がやってくれるか?」

「冗談はつまんない小説だけにしなさい」

「地味にクる罵倒してきたな……」


 そろそろ弥太郎の扱い方がわかってきたような気がする咲良だった。

 ただし今後、それが人生において活かせるかは謎である。


「犬塚くん。言っちゃ悪いけど、ああいうキラキラ属性とは合わないでしょ?」


 それが咲良の見た、二人の相性であった。


 顔とか、性格とか、そういう問題ではない。

 そもそも属性が違い過ぎるのだ。


 魚が鳥に恋をしようが、結局は餌にしかなれないように。

 世の中には恋してはいけない相手がいるものだ。


「き、貴様に何がわかる!?」

「いや、そもそもあんたみたいな捻くれ者に好かれても、榎本紅葉が可哀そうでしょ」

「もう身もふたもない言葉だな!? 貴様にだけは捻くれ者とか言われたくないのだが!」

「私、別に榎本紅葉と仲良くなりたいとか思ってないし」


 このままでは雲雀が可哀そうになると察して、弥太郎が会話をとりなした。


「咲良、意外に紅葉のこと好きなんだな」

「どういう意味よ?」

「いや、おまえのことだから、陽キャは全員くたばれとか言いそう」

「あんたのイメージを矯正する必要があるわね……」


 咲良はため息をつきながら、その心境を説明する。


「私が嫌いなのは、善人ぶってるやつよ。キャラづくりでいい子面してるくせに、それをさも自然体みたいに振舞ってる連中を見てると反吐が出るわ」

「クラスの俺のグループは?」

「いい子は友だちのカレシと教室をラブホ代わりにしない」

「あーね」


 カラカラと笑っている。

 その顔を見ながら……いやおまえも同罪だ、と咲良はため息をついた。


「榎本紅葉は、天然のいい子ちゃんよ。あんな『いつも友だちに囲まれてしあわせ~』みたいな学校生活を送ってる子、演劇部なんか入らないでしょ?」

「演劇部を何だと思ってるんだ……?」