男女の友情は成立する?夏目咲良の青春疑似録
Ⅱ 犬塚雲雀は求愛する葦である ⑤
「鬱屈した人生への発露を求める陰キャの巣窟」
「全国の演劇部に謝れ!?」
テンションの高いやつだなあ、と咲良は辟易した。
「ということで、演劇やりたいなら別の人を探しましょう」
「いや、だからそれじゃあダメなんだよ……」
「なぜ? 犬塚くんの報われない恋は部活の外でやればいいじゃない。そもそも部活に色恋を持ち込むようなリスキーなこと、よく平然とやれるわね」
「あー、それは順序が逆というか……」
「はあ?」
先ほどからの煮え切らない返答に、そろそろ咲良がイラついてきた。
手近なテーブルをバンと叩くと、弥太郎へと詰め寄る。
「はっきり言いなさい。私、そういう曖昧なまま進めようとする態度が嫌いなの」
「わ、わかったよ。えっと……」
弥太郎の視線が、雲雀へと送られる。
「言っていいか? というか、どうせ続ければバレるぞ」
「しかし……」
「それに咲良は大丈夫だって。事情を説明すればちゃんと手伝ってくれるし、他に言いふらしたりもしない」
弥太郎は絶大なる信頼を込めて、はっきりと言い切った。
「そもそも咲良、言いふらすような友だちいないしな」
「あんたのこの可燃ごみ、まだ私の一存でどうにでもできること忘れてないでしょうね?」
「あ、すまん……」
マジの殺気を込めて睨まれて、弥太郎は怯んだ。
「犬塚くん。何か理由があるなら、はっきり言ってくれない?」
「……わかった。弥太郎、すまんが頼む」
結局、自分たちだけでは話が進まないと悟ったのか、とうとう雲雀が折れた。
説明する役目を仰せつかった弥太郎が、いかにも軽い感じで告げる。
「そもそもこの演劇部、榎本のやつがモデルとか役者やりたいって言ってたから立ち上げた部活なんだよ。だから榎本じゃなきゃダメなんだ」
「…………」
その返答に。
……咲良はあまりに深い頭痛を覚えた。
「……あんた。好きな女子と話すきっかけが欲しくて、わざわざこんなアホみたいな部活を立ち上げたの? アホなの?」
「な、なぜ二回言った!?」
「アホだからよ。もうそれ以外に形容しようがないわ。あんたはアホ。勉強ができようがアホに違いないわ。あんたに定期テスト勝ってることが、こんなにも誇らしいと思ったことはないわね。もし一度でも負けるくらいなら、全裸で校舎を一周したほうがマシだわ」
「貴様、本当に散々な言いようだな!?」
あまりに素直な指摘を受けて、雲雀が顔を真っ赤にして狼狽えた。
「し、仕方ないだろう!? ぼ、僕にはこうするしかないんだ!」
「なんでよ。あんた、その様子じゃ演劇とかも興味ないんでしょう?」
「そ、それは……」
図星のようであった。
いよいよ咲良には、この演劇部が不可解極まりないものに見えてくる。
弥太郎が困ったように仲裁に入った。
「ま、まあまあ。こいつはちょっと不器用なんだよ」
「不器用ってレベルじゃないでしょうが。あんたはそれに便乗して、自分の隠された欲望を発散する場にしてるわけね」
「人を変態みたいに言うなよ……」
「あんな駄作を好んで他人に読ませようとするなんて変態以外の何物でもないでしょ……」
とにかく話の腰を折られ、咲良は少しだけ冷静になった。
そもそもこの演劇部の成り立ちがどうであろうと、自分には関係がないのだ。
「まあ、いいんじゃない? あの優しい榎本紅葉なら、そんな違和感バリバリのお誘いでも乗ってくるかもしれないわ。頑張って誘いなさいよ」
「だから、そこなんだよ!」
「はあ?」
弥太郎の言葉に首を傾げた。
「どういう意味?」
「ちょっと事情があって、雲雀は自分で榎本を勧誘することができないんだ」
「説明になってないわ……」
「とにかく榎本の勧誘は、他の面子でやらなきゃいけない。それを咲良にやってくれないか?女子がいるってわかれば、榎本も入りやすいと思うんだよ」
「なんでよ。あんたがやればいいじゃない。さっきは自分でいこうとしてたでしょ?」
「まあ、それも考えたんだが……」
そして弥太郎は極めて真顔で言った。
「俺が勧誘したら、俺に惚れてしまうかもしれないだろ?」
「前言撤回。やっぱ一番のアホはあんたよ……」
もう割と本気で帰りたい咲良であった。
「そもそも私にメリットないでしょ。むしろこんな部活、さっさと畳むことを望むわね」
「……そうか。わかった」
弥太郎は小さくため息をつく。
そして最後の手段とばかりに、ポケットからあるものを取り出した。
「じゃあ、交換条件だ」
「はい?」
その手には携帯が握られている。
そして画面には、今朝のアドレス帳……つまり咲良の姉たちのアドレスが表示されていた。
「もし榎本紅葉の勧誘に協力してくれたら……」
「な、何よ。もしかして姉さんたちに何かするつもりじゃ……」
弥太郎はフッと笑った。
「おまえが望むとき、コンビニのバイトを休めるように頼んでやる」
「…………」
咲良は神妙な顔で沈黙すると……。
「OK。それで手を打ちましょう」
「おい弥太郎!? この女、本当に信用できるのか!?」
雲雀の悲鳴に、弥太郎はどや顔で言った。
「大丈夫だ。咲良はやるときはやる女だからな」
「あんたが私の何を知ってるのよ……」
つい目先の餌に飛びついてしまったのを、咲良が後悔するのは翌日のことであった。
***
その翌日。
午前中の授業の合間……休み時間に、咲良は他の教室を訪れた。
もちろん榎本紅葉の所属するクラスである。
まずは廊下から、目的の人物を探してみた。
(このクラス、知ってる人いないのよね。誰に声かければいいかしら……)
と迷っていると、背後から朗らかな声をかけられた。
「あ~っ! 夏目さんだ~っ!」
「……っ!?」
その声に振り返ると……目的の紅葉がいた。
ニコニコと可愛らしい笑顔を浮かべている。
その背後から、ぱあっと後光のようなものが放たれ……生粋の陽キャオーラが咲良を照らしだす。
(うっ! 天女……っ!)
陰気な気質が浄化されそうになるが、ギリギリのところで踏みとどまる。
「どうしたの~? うちのクラスに用事なんて珍しいね~?」
「あ、えっと……なんで私の名前?」
とりあえず一番、気になったのはそこであった。
「他のクラスに、いつも喧嘩してる女の子がいるって聞いたことあるの~」
「そ、そう……」
「でも他の人が言うほど、わたしは怖いって思わないんだ~。孤高の女って感じでカッコイイかも~♪」
「あんた、変わった感性してるわね……」
普段、狂犬だの何だのと呼ばれていることを知っているのだろうか……。
咲良はこの子が少し苦手だと思いながらも、とりあえず契約を履行することにした。
「あんたに用事があったの」
「え? わたし~?」
紅葉がきょとんと首をかしげる。
その拍子に、制服の上からでもわかるほどのたわわな胸が揺れ……咲良はそれを胡乱な目で見つめていた。
(……なるほど。確かにリアリティあるわね)
咲良はコホンと咳をして、ことの経緯をざっくりと説明した。
「えっと……あんた、モデルとか役者に興味あるって聞いたんだけど」
「うん~。そうだよ~☆」
あっさり肯定される。
どうやら秘密というわけでもないらしい。
「それで演劇部が部員を募集してるから、よかったら役者やってみない? テニス部のほう優先でいいんだけど……」
「…………」
ぽかんとした顔で、紅葉が見つめてくる。
想定していたリアクションと違い、咲良がたじろいだ。
(やっぱり、あんまり興味なかったのかしら……)
――が。
次の瞬間、紅葉の表情がぱあっと明るくなる。
「ええ~っ! ほんとに~!?」
背後から照らす後光が、ひときわ輝きを増した……ような気がした。



