男女の友情は成立する?夏目咲良の青春疑似録
Ⅲ 榎本紅葉は曇った眼で夢を見る ①
夏目咲良が大変……それはもう大変不本意ながら、演劇部という謎の新興部活動に引きずり込まれて三日が過ぎた。
紅葉の勧誘失敗から、二日後の放課後。
今日も弥太郎に連れられ、雲雀のいる科学室にやってきた。
そんな咲良は大まかな事の成り行きを、ある男子生徒から聞いていた。
「いや~、ごめんねえ。弥太郎と雲雀が変なことに巻き込んじゃって」
穏やかに謝罪するのは、真木島秀和。
咲良や弥太郎と同じ二年生で、どこか幸薄そうな雰囲気の男子生徒であった。
咲良は両腕を組んでテーブルに腰掛け、極めて不遜な態度で言った。
「そうね。いきなり痴話喧嘩の片棒を担がされるとは思わなかったわ。真木島くんだっけ? あんた保護者ならしっかり見張っておいてくれる?」
それを聞いた弥太郎が、ムッとして言い返した。
「おい咲良。そんな言い方しなくていいだろ。雲雀は善意でやってるんだぞ」
「その善意のせいで女の子が一人、逃げちゃったんだけど? どういう押しつけがましい善意を持ってるのかしら。アホなの?」
秀和が朗らかに笑った。
「あはは。二人とも、仲いいねえ」
「よくないわ。さっさと話を始めてちょうだい」
自分から話の腰を折ったくせに、なかなかの言い草であった。
秀和は苦笑すると、雲雀と紅葉の関係を語りだす。
「ことの始まりは一年前に遡るんだけど」
「すでに長いわね。要約できないの?」
「そうだねえ。要は雲雀が、思春期だったっていうことなんだけど……」
隅っこで睨んでいた雲雀が大きな声を出した。
「バカを言うな! 僕は思春期などではない!」
「そうなのかしら?」
弥太郎と秀和が、うーんと考えた。
「思春期だろ」
「思春期だねえ」
咲良はうなずいた。
この場は民主主義の多数決採用である。
「雲雀くんが思春期なのはわかったわ。つまり思春期罪の適用でいいのかしら」
弥太郎が承認した。
「ああ、そうだ。懲役三億年くらいか?」
「最高に頭が悪いわね。物書き志望とは思えないわ。採用」
雲雀が顔を真っ赤にして吠えた。
「おまえたち、絶対に僕を馬鹿にしているだろう!?」
どちらかといえば、そうであった。
まったく中身のない会話に、咲良はうんざりしたように言った。
「で、何なの? 今のところ、この雲雀くんがいじると面白いくらいしか情報がないわ」
「あはは。きみも言うねえ」
秀和は少し考えて……。
「入学したての頃、雲雀と紅葉(くー)ちゃんが同じクラスになったんだけど……」
「紅葉(くー)ちゃん? やけに馴れ馴れしいわね。あんたもこっちの遊び人と同類なの?」
「ぼくは違うよ。紅葉ちゃんとは家がご近所さんなんだ。お互いに小さい頃から知ってるだけ。まあ、そのおかげで雲雀と知り合ったんだけどね」
「おかげ?」
「……せい、かな」
二人で雲雀をちらっと見ると、彼がさらに顔を真っ赤にして吠えた。
「言い直すな!!」
自分で仕掛けたくせに、咲良は呆れた様子で言った。
「こいつ、いつも怒鳴ってて喉が痛くなんないのかしら?」
「なら叫ばせるなよ!?」
秀和が笑った。
「雲雀の家はみんな身体が強いからね。このくらいじゃどうにもならないよ」
「だからって人を玩具にしていい理由にはならんぞ!?」
このままでは一向に進まなさそうな空気の中。
弥太郎がやれやれという様子で語りだした。
「まあ、アレだ。入学したての頃、すげえ不幸な出来事があってな……」
***
回想である。
これは一年前。
入学式の後のことであった。
初めてのHR。
雲雀は席について、さっそく雑談に花を咲かせるクラスメイトたちにうんざりとしていた。
(まったく馬鹿面ばかりだな。高校生など、所詮はこんなものか)
雲雀は極めて優秀であった。
帝王・犬塚五郎左衛門から徹底した教育を施され、勉学はもとより、スポーツ等においても右に出る者はいなかった。
当然のように入試では全問正解の首席合格。
あの犬塚家の第二子ということで、すでに学校側からも大いなる信頼を得ている。
兄である雨響と共に、やがては大いなる使命のためにその身を捧げるのであろう。
それゆえに、彼は大人びすぎていた。
まるで大人が子どもを見るような感覚で、クラスメイトたちを値踏みしていた。
(高校には人生のかけがえのないものがあるなど、祖父さんの言うことも当てにならないな)
そんな完璧なる雲雀。
大いなる危機に立たされるほどの脅威が、彼の前に現れた。
「きみ、犬塚くんだよね~?」
その女子の声に、雲雀は鬱陶しそうに振り向いた。
(なんだ? またアホな女が、犬塚家の名声目当てに蛾のように――え?)
その女子の姿を見て、雲雀は息を飲んだ。
赤みのある綺麗な髪が印象的であった。
まるで地上に降りた女神と遭遇したかのような、時が止まったかのような感覚。
「きみは、女神か?」
「え?」
それが榎本紅葉である。
明るく朗らかで、何より美しい少女。
その後の高校生活、雲雀は途方もない恐怖に叩き落された。
彼女を前にすると、思考が乱され、身体の自由が奪われ、そして心が高揚する。
犬塚雲雀、十五才。
その脅威の名は――初恋である!
***
「長いわ」
咲良はばっさりと斬り捨てた。
「長い上に要領を得ないし、あんたついでに盛ってるでしょ?」
弥太郎は不満そうに唇を尖らせる。
「え? けっこういい感じだろ?」
「どこの三文小説よ。イマドキ、同級生の女子を女神とか呼んじゃうやつがいると思ってんの?」
「ラノベじゃ普通だぞ?」
「フィクションだから成り立ってる要素を現実に取り入れるなって言ってんのよ」
普段のやり取りの後、秀和に向いた。
「こいつじゃ、らちが明かないわ。真木島くんが説明して頂戴」
「ぼくが? うーん。それはいいけど、あんまり楽しくする自信ないよ?」
「必要なのは説明なの。ここはくさい自作小説披露会場じゃないから安心しなさい」
「それじゃあ……」
***
入学後。
雲雀と紅葉が同じクラスになり、ついでに席も隣同士になり、自然と話す機会も多かった。
ぶっちゃけると、お互いに第一印象は悪くなかったのだ。
特に紅葉の好きなタイプは「頭がいい人~☆」だったので、実は雲雀のことは入学前から知っていたらしい。
その上で雲雀は顔が整っている。
さらに家族が意識の高い人たちだったので、自然と身だしなみを整えて清潔感もあり、実は入学時には女子たちの視線を釘付けにしていたのだとか。
そして普段の立ち振る舞い。
どこか他人を寄せ付けないような、愁いを帯びた孤高の横顔。
けっこうミーハーな同級生女子たちからは、『深窓の王子様』みたいな扱いを受けていたらしい。
で、紅葉もそのミーハーな一人だったというわけだ。
紅葉も持ち前の明るさで、果敢にも雲雀へと話しかけることが多かった。
「わたし、榎本紅葉。よろしくね~♪」
「……ああ。よろしく」
ぶっきらぼうな返事でありながらも、雲雀もそのお隣さんに心惹かれ始めていた――。
***
咲良が感心したように言った。
「へえ。それなのに、どうしてあんな対応になっちゃったわけ?」
「あはは。まあ、ここからが雲雀の思春期罪なんだけどね」
「どういうこと?」
秀和は困ったように説明する。
「雲雀が孤高を気取ってるのは王子様気質とかじゃなくて、同級生たちを見下しているからだよ。それが日常生活で少しずつぼろが出てきちゃってさ」
「最悪ね。こいつのことだし、女子たちがコスメだの俳優だのと騒いでる横で『まるで自販機に群がる蛾だな』とか言っちゃったりしたんでしょ?」
「うーん。まるで見てきたかのように言い当てるねえ」



