男女の友情は成立する?夏目咲良の青春疑似録
Ⅲ 榎本紅葉は曇った眼で夢を見る ③
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ようやく事の経緯を察した咲良は、かなりドン引きしながら言った。
「それでまったく話ができなくなって、関係を修復(?)するためにあの女のためにわざわざ演劇部を設立することにしたと。キモ……健気ねえ」
「おい! 今、なんと言いかけた!?」
「いいこと教えてあげるわ。ストーキングは犯罪よ?」
「知っているが!? なぜわざわざ言った!?」
少なくとも努力の方向音痴であるのは間違いなかった。
「そもそも、なんでそんなアホなこと言っちゃったわけ? その一言がなければ、ここまで拗れることもなかったでしょうに……」
「し、仕方ないだろう! あの警戒心の皆無な女がSNSに自撮りなど、どんな危険があるかわかったものではない!」
「それなら素直にそう言えばいいじゃない……」
「ぼ、僕はそう言ったつもりだ!」
咲良が視線を向けると、実際にその現場を見ていたらしい秀和が首を振った。
判決。
「言ってないらしいわよ」
「なあ……っ!?」
雲雀が絶望の様子で膝をついた。
紅葉を心配したと言ったと、割と本気で思っていたらしい。
「まったく、あんた余計な一言を付け加えなきゃ死んじゃう病気なわけ?」
咲良がため息をつくと、弥太郎がアハハと笑った。
「咲良は言えねえだろうよ」
じろっと睨まれて、弥太郎が「おっと」と口を塞ぐ。
とにかく、と咲良は両腕を組んだ。
「まあ、今からでも遅くはないわ。犬塚くん、素直になりなさい」
その発言に、弥太郎が感心した。
「おお。咲良らしくない前向きな言葉だな」
「女なら、他にいくらでもいるでしょう」
「素直に諦めるほうなのか!?」
「いや、ここから挽回とか無理でしょ。あんたみたいなチャラ男じゃあるまいし」
と、咲良はあるナイスアイデアを思いついて、パチンと指を鳴らした。
「チャラ男。あんたが榎本紅葉を堕として、いい感じにポイして傷心のところを……」
「おまえ、本当に雲雀のこと言えねえよ……」
これには弥太郎のほうがドン引きであった。
せっかくいいアイデアなのに……とムスッとしながら、咲良は続ける。
「というか、SNSでも何でも好きにやらせたらいいじゃない。そりゃ顔出しは危険な側面もあるけど、イマドキSNSやってないモデルのほうが珍しいわよ。そこまで過保護になる必要ある?」
雲雀が拳に力を込めて、くわっと叫んだ。
「世界が榎本紅葉の可愛さに気づいたら、本当に羽ばたいて行ってしまうじゃないか!!」
「はい解散よ、解散。もうこれ以上、付き合ってらんないわ」
なぜのろけ話を聞かされているのか。
咲良は割と本気で帰りたくなった。
これでは家でバイトをしていたほうがマシだ。
「羽ばたいて行けばいいじゃない。あんたのところに帰ってこないなら、所詮はあんたがその程度の男ってことよ」
「こいつ、よくそんなにも平気で他人を傷つけることが言えるな!?」
「ごめんなさいね。嘘が吐けない正直な人間なの」
「弥太郎よ! こんな女に協力を仰ぐのはどういうことだ!?」
しかし弥太郎は、澄まし顔で答える。
「いつも俺がつるんでるやつらは嫌だろ? だから咲良に頼んだんだ」
「ぐっ。それは、そうだが……」
陽キャたちのネタにされるのと、咲良に罵倒されるという地獄の天秤である。
「そもそも私が承諾したのは、あんたの脚本の手直しでしょ? 演劇部の部員集めまで協力する義理はないんだけど?」
「まあ、そう言うなよ。俺とおまえの仲だろ?」
「その当然っていう面、本気でムカつくわね……」
しかし咲良の言うことは尤もである。
今日、こうしてここにいるのは、あくまで家のバイトを姉たちへと押し付ける口実に過ぎない。
「でも紅葉の勧誘に成功したら、いつでもバイト休めるように百恵さんたちに頼んでやるんだぞ?」
「…………」
そういえば、そういう約束をしていた。
咲良は脳内で報酬と労力を比べ……大きなため息をつく。
「わかったわ。とりあえず、やってみるだけやりましょう」
「やった! さすが咲良だな!」
調子のいい態度に、咲良は呆れた。
「明日、何か対策を考えてくるわ」
***
咲良が家に帰ると、珍しく姉たちが家にいた。
……というか、帰るなり玄関まで出迎えにくるのだから異常である。
「咲良ちゃん、おかえり~♪」
「フフッ。けっこう早かったのね」
その妙にテンションの高い姉たちを、咲良はしら~っとした目で見ていた。
「……姉さんたち。コンビニの手伝いは?」
長女の百恵が、わざとらしい態度で頬を膨らませる。
「もぅ~、姉を疑うのはやめてください。今日は大学が午前中だけだったので、ちゃんとお昼から出ていましたよ」
「フフッ。さすが正真正銘の陰の者ね」
どちらかといえば、日頃の行いであった。
「ところで、弥太郎くんは?」
「咲良、一緒に帰ってきたんじゃないの?」
ウキウキ気分で年下のイケメンを探す二人である。
咲良はうんざりしたように答えた。
「いないわよ。というか、何を期待してるのかしら」
「ええ~っ! お姉ちゃんたちがシフトを代わってあげたお礼はないのですか!?」
「それを言うなら、これまで姉さんたちのシフト代わってあげたお礼はまだかしら」
「そんなあ~っ! 弥太郎くんのお友だちのイケメンたちと合コンって約束したじゃないですかあ~っ!」
「してないわよ。勝手に都合のいい記憶を捏造するのはやめて頂戴」
すっかり骨抜きにされている姉たちに、咲良はため息をつく。
「私は部屋で勉強するから。姉さんたちも男漁りはほどほどにね」
そう言って階段を上がろうとすると、リビングからちんまいのが飛び出してきた。
チビ悠宇である。
今日はハマっている戦隊ものの鉄砲(と咲良は呼んでいる)の玩具を構えて、熟練の軍人ばりに周囲を警戒していた。
「さくらちゃん! あのおとこはどこだ!?」
「……こっちにも面倒なのがいたわね」
咲良は屈んで視線を合わせると、極めて真剣な顔で言った。
「悠宇。私は部屋で宿題するから。あんたには極秘任務を与えるわね」
「ごくひにんむ!」
悠宇の目がキラキラと輝いた。
ちょろいやつめ、と咲良は胸の内でほくそ笑む。
「うちの周辺に、あのチャラ男が潜んでいるわ。家に入ってこないように、玄関で見張ってなさい。いい? 決して入れちゃダメよ」
「わかった!」
悠宇は玄関に走っていくと、いかにも大仰な様子で鉄砲を構える。
おそらく十分ほどで飽きてリビングに戻るはずだ。
「これでよし、と……」
改めて階段を上がろうとすると……。
「咲良ちゃん、えげつないです……」
「フフッ。実の弟に一切の同情を与えない。まさに悪女ね……」
「…………」
面倒くさすぎる姉たちを無視して、咲良は部屋へと上がった。
その途中、先ほど学校で聞いた話を思い返した。
(しかしモデルになりたい女のために、演劇部ねえ……)
その報われるかもわからない気持ちのためへの行動力は、咲良は素直に感心していた。
(ただ、言ってることは割と正論なのよね)
結局のところ、モデルの経験値とは『実際に人に見られる回数』だ。
SNSでは育てられない能力が現場で活躍する、というのは素人である咲良にも想像に難くないことだ。
(でも面倒ねえ。ただでさえあのチャラ男の相手だけでも……あ、そうだ)
そこで閃いた。
うまくいえば、弥太郎と雲雀の問題を一挙に解決できるかもしれない手段。
「ふふ。ふふふふふ……」
ナイスなアイデアに、つい笑いが漏れる。
非常にご機嫌そうに部屋に入っていく咲良だが……。
「魔女です……」
「魔女だわ……」
「さくらちゃん、まじょ……」
階下でその不気味な笑い声を聞く姉弟三人の様子を、咲良は知ることはなかった。



