男女の友情は成立する?夏目咲良の青春疑似録
Ⅲ 榎本紅葉は曇った眼で夢を見る ⑤
メイクアップした雲雀を、弥太郎がズルズルと科学室の外へと連れていく。
どうやらこのまま作戦が実行される流れらしい。
咲良はため息をついた。
隣でニコニコしている秀和に疑問を投げかける。
「あのチャラ男、女にモテるんじゃなかったの……?」
「あー。それはホラ、弥太郎って割と自然体じゃない? 普段、女子からモテようとしてるわけじゃないし、自分から女子を堕としにいく感覚って実はわかんないのかもしれないね」
「ポンコツにもほどがあるわ……」
一転して、秀和は真剣な顔で聞く。
「で、実際のところ、あの脚本はどうだったの?」
「ゴミね」
「清々しい即答だねえ」
「ゴミじゃなけりゃ産業廃棄物よ。ごみステーションに出しても、誰も持ってってくれないわ」
「特殊な処理が必要なやつかあ」
残念ながら、咲良の期待通りの進化は遂げられなかったらしい。
はあっと項垂れながら、ぶつけようのない気持ちを吐露する。
「……あのチャラ男、恋愛感情が死んでるんじゃないの?」
「まあ、それは意外と的を射た表現かもしれないなあ。弥太郎って昔は一人でアニメ見てたって言ってたけど、どうもぼくみたいなのとは感覚が違うし」
「自分とは関係がなさ過ぎるから好きって感じかしら」
「ああ、そうかも。あいつにとっては、アニメも現実の恋愛も等しくファンタジーなんじゃなない?」
「でもあいつ、取り巻きの女子どもとやることやってるわよ?」
すると秀和の雰囲気が、変わった。
いや、穏やかな笑顔は変わらない。
しかしなぜか、そのその瞳の奥に濁ったものが蠢いた……ような気がした。
「肉欲と恋愛感情は根本的に切り離されたものだから」
「……そ、そう。へえ」
その一言に何か深い闇のようなものを感じ、咲良は追及をやめた。
(まあ、どうせ今日限りで関係がなくなる連中だし、どうでもいいわ)
咲良はそう高を括った。
「でも、あんたもよくもまあ、あれに参加承諾したものね」
「あはは。ぼくだって友人の恋を応援しようって気持ちはあるよ」
「まあ、私はあのチャラ男に関わらなくてよくなるなら何だっていいけど……」
秀和も準備をするために立ち上がる。
「さて。それじゃあ、彼らの雄姿を拝みに行こうか」
「気が乗らないわね……」
***
弥太郎の脚本によると、決戦の場は校舎裏。
すでにそこには、紅葉が呼び出されているはずだ。
咲良は到着して、こそこそと物陰から見ていた。
誰かから呼び出された紅葉が、ぽつんと一人で佇んでいた。
その顔は、どこか緊張しているようである。
(告白か何かと思ってるのでしょうね……)
大筋は決して間違っていないのだが、それをプロデュースするのは弥太郎である。
咲良の胸には大きな不安と「まあ間違いなく失敗して解散ね」という安堵感がせめぎ合っていた。
「よく来たな!!」
そこへ謎の声が降りかかる。
そちらへと目を向けると――。
謎の黒子衣装に身を包んだ、弥太郎が立っていた。
両腕を広げるようなポーズを取ると、まるで三下悪役がキーッとやるように叫んだ。
「我々は秘密結社『初恋ノ党』の諜報員だ! この世に散らばる初恋エナジーを回収し、大魔神アフロディアの復活を目論んでいる! 貴様からは匂うぞ! 新鮮で甘酸っぱい初恋のエナジーがな! さあ、我々の下にきて、大魔神の復活の礎となってもらうぞ! 大丈夫だ、命までは取らない! 貴様の初恋の波動は失われてしまうが、決して死ぬわけではないし、実際には指一本触れないことを誓おう! なぜなら俺は年上のお姉さん好きで、貴様のような同年代には興味がないのだ! どうだ、悪い話ではないだろう!?」
一息に言い切ると、弥太郎はふぅっと満足げに息をつく。
それを見ながら……咲良はあまりの悲惨さに絶句していた。
(情報が大渋滞してるじゃないの……)
案の定、紅葉は状況に追いついていない。
頭の処理能力キャパはとっくに限界を超え、すでに目が点になっている。
パチパチと瞬きすると、ようやくその悪の諜報員(笑)に声をかけた。
「あの~……」
不思議そうに小首をかしげる。
「3組の椎葉くん……だよね~?」
「……っ!?」
当然、弥太郎のことを知っていた。
「な、なぜそれを……っ!?」
慄く弥太郎に……。
(同級生だからでしょ……)
先ほど脚本を読んだときにも思ったツッコミを、咲良は胸の内で繰り返した。
椎葉弥太郎。
以前にも挙げたが、女子の間ではモテることでけっこう有名なのだ。
少なくとも咲良のような干物女でも存在を知っているほどには。
友人の多い紅葉はなおさらだった。
このままではいけない。
同級生に黒子衣装で迫る変態としてレッテルを貼られてしまう。
勝手に窮地に立たされた弥太郎は、パチンと指を鳴らした。
「い、いでよ、我が同胞!」
すると物陰から、同じように黒子衣装に身を包んだ秀和が出現する。
そしてお決まりの口上を述べた。
「ぼくたちは秘密結社『初恋ノ党』の諜報員! この世に散らばる初恋エナジーを回収し、大魔神アフロディアの復活を目標としている! きみからは新鮮で甘酸っぱい初恋のエナジーが匂う! ぼくたちと共にきて、大魔神の復活の礎となってもらおう! きみの初恋の波動は失われてしまうが、決して危害は加えない! なぜならぼくは年下の女の子が好きで、同年代には興味がないから! 悪い話では……」
と、紅葉は訝しげに眉を寄せる。
「ひでやんも、何してるの……?」
幼馴染なのだ。
当然のように看破された秀和だが……。
「ハハハ! 実はぼくは一般人に紛れた諜報員だったのさ! きみの初恋エナジーは膨大だ! 組織から監視を任されていた!」
と何事もないように続行した。
(真木島くんのほうがアドリブ力あるわね……)
咲良は感心しながらも、これからの展開に大きな不安を抱いていた。
(これ、正体がバレた場合はどうするのかしら……?)
案の定、グダグダの空気になっていた。
もはやただ同級生がコスプレして遊んでいるだけの雰囲気の中(最初からわかっていたが……)、この脚本を続行する意味は皆無であった。
――そのとき、三人目の声が響き渡った。
「や、やめたまえ!」
残念ながら、そこでアドリブが利かないのが主役を演じる雲雀である。
物陰からタキシードに謎の覆面をつけ、とうっと登場した。
「喰らえ、悪の秘密結社め!」
そして華麗なドロップキックを、弥太郎にぶちかます。
運動神経抜群の雲雀の蹴りを割と本気で喰らった弥太郎は、ゴロゴロと転がって校舎に激突した。
わき腹を押さえて「ぐおおお……っ!」と呻く彼に構わず。
雲雀は紅葉を守るように立ちはだかった。
「あ、諦めたまえ! 僕が来たからには、この麗しの姫君には指一本触れさせない!」
特に「麗しの姫君」あたりでえらく声が上擦っているが、とにかく脚本は続行の姿勢であった。
――が。
「……雲雀くん?」
当然、即行でバレる。
雲雀の顔が、きゅ~っと耳まで真っ赤に染まった。
「な、なな、なんのことかな!? 僕は秘密結社と闘う謎のエリートタキシードだ! 榎本紅葉! きみのことなど知らないな!」
「え? えっと……?」
もはや大事故だった。
(これ、どう収集つけるつもりなのかしら……?)
咲良が別の意味で興味を抱いていると。
なぜか弥太郎がチラッと見た……ような気がした。
(あ、ヤバ……)
嫌な予感を覚えて逃げようとしたが遅かった。
弥太郎が咲良のほうを指さして叫んだ。
「悪の女幹部! お願いします!!」
みんなの視線が、一斉に咲良に向いた。
(あ、あの男はあ~~~~……っ!)
強制的に巻き込まれた咲良。



