男女の友情は成立する?夏目咲良の青春疑似録
Ⅲ 榎本紅葉は曇った眼で夢を見る ⑥
すでに見つかった身の上……そのまま逃げようかとも思ったが。
「……な、夏目さんも何してるの?」
咲良のことも知っている。
先日、勧誘の会話をしたのだ。
となれば逃走は逆効果だった。
ここで収拾を付けなければ、後でどんな噂が広まるかわかったものではない。
(……あのクソ陽キャ!)
心の中で悪態をつき、咲良は歩み出た。
そして周囲の様々な視線を受けながら、なぜか親指を立てる弥太郎を睨む。
そして観念したようにため息をつき――パンと手を叩いた。
「――本日は、演劇部のゲリラ公演にご参加いただきまして誠にありがとうございます」
そして拍手をする。
予想外の台詞に、一同が目を丸くした。
咲良は構わず、小さな拍手を続ける。
「いかがでしたでしょうか。このように、演劇部ではスリリングで独創的な公演を目指しております。そして絶賛、部員募集中なわけですが……」
パチパチパチ……と拍手を止めた。
そしてじろっと雲雀を睨んだ。
「ぶっちゃけ演劇部って、そこの雲雀くんが、あなたがモデルの練習をするために設立したらしいわ。もし気が向いたら入部してやってくれないかしら」
「なあ……っ!?」
恥ずかしいことを暴露されて、エリートタキシードもとい雲雀が顔を真っ赤にした。
「な、夏目咲良! 貴様、何を言っているんだ!?」
「いや、そもそも最初から素直にそう言っていれば、こんなアホな小芝居する必要なかったんでしょ。こうなった以上、腹を括りなさいよ」
「物事には順序というものが……っ!?」
「相手に謝罪をもせずに演劇部なんて餌で釣ろうとした人間がよく言うわね」
「~~~~っ!?」
そして雲雀が、紅葉に目を向ける。
「雲雀くん、それって……?」
「…………」
雲雀はぐっと拳を握った。
そして覆面をはぎ取ると、気まずそうに頭を下げた。
「以前、きみの夢を馬鹿にしたこと……本当にすまなかった!」
そう言って、恥ずかしそうに続ける。
「初めてきみの夢を聞いたとき、少し羨ましかった。僕はそんな大きな夢を語れるタイプではないから。それで、その……僕は捻くれているから、こういうことしか思いつかないんだが……その夢、僕にも応援させてくれないか?」
「…………」
紅葉はしばらく、その言葉を咀嚼するように沈黙していた。
それから雲雀の言葉が本心のものであると察すると――眩いばかりの笑みを浮かべた。
「それ、ほんと~!? わ、すご~い。ありがと~っ!」
「わ、わ……っ」
いきなり手を握られて、雲雀の顔がさらに真っ赤になる。
「わたし、演劇部に入りま~す♪」
「ほ、本当か!?」
「うん~っ! 雲雀くん、ほんとは優しい人だったんだね~っ」
「い、いや、それほどでも……」
そんな二人を見て、秀和もうんうんと頷いている。
そんな和気あいあいとした空気の中。
(とりあえず、これで目的は達成したわね)
雲雀の誤解も解けて、紅葉は入部し、一件落着。
(あら……?)
咲良はふと、大事なことを忘れているような気がした。
……ほどなく、それに思い至った。
「あっ!?」
今回の咲良の目的。
弥太郎の脚本が紅葉に理解できる感性を獲得できれば、晴れて指南役はお役御免。
雲雀が紅葉にフラれれば、演劇部は解散。
この二択しかありえない状況で――結果はまさかの第三の選択肢。
弥太郎の感性は相変わらずなのに、演劇部は存続。
となれば――。
(し、しまった。まさか私が自分で……ハッ!)
ふと弥太郎と目が合った。
そして咲良の胸の内を見透かすように、にやっとほくそ笑む。
(あのクソ陽キャめ~~~~~っ!)
咲良は何度めになるかはわからない罵倒を、心の中で叫ぶのだった。



