男女の友情は成立する?夏目咲良の青春疑似録
Ⅳ ゆえに椎葉弥太郎は偽物の青春を記し賜う ①
榎本紅葉の勧誘に成功(?)して、一週間ほどが経過した。
学校である。
昼休みになって、咲良は昼食のために鞄から弁当のポーチを取り出した。
(百姉さんが弁当を持たせるなんて珍しいわね……)
夏目家の昼食は、基本的に家のコンビニのパンかおにぎりである。
特に咲良が中学に上がってから、手作りの弁当など見た記憶があるだろうか。
(まあ、お腹に入れば何でもいいけど……)
そんな達観した気持ちで席を立とうとしたときである。
教室の入口がざわめいた。
何事か……と目を向けて、咲良はぎょっとする。
「わ、紅葉ちゃん!」
「どうしたの? うちのクラスに何か用事?」
わいわいと女子たちが黄色い声を上げる先――。
榎本紅葉。
とびきり可愛くて、すごく胸がでかくて、なんか周囲がキラキラ輝いて見える女の子。
この教室とは真逆に位置する進学クラスに所属する、陽キャ・オブ・陽キャ。
ひねくれ者の咲良をもって「天女」と評されるのは、おそらく地上でこの少女だけであろう。
本人のゆるふわキャラも相まって、二年生の間では最上位の扱いを受ける美少女様であった。
そんな紅葉が降臨したことで、平穏な教室は一変した。
「く、紅葉ちゃん。お昼、一緒にどう!?」
「バカ! おまえなんかお呼びじゃねえって!」
「おまえこそ黙ってろ!」
女子たちに続き、今度は男子勢がわっと押し寄せる。
聖徳太子でも相手にしているような光景だ。
そんなとき――ふと紅葉の目が、咲良を捉えた。
「あっ! 咲良ちゃ~ん♪」
「……っ!?」
途端。
クラスメイトたちの視線が――ギンッと咲良へと向いた。
「え? なんであの女?」
「てか知り合いだったの?」
「どういうこと?」
殺意にも近い視線に、咲良は身の危険を感じてぶるりと震えた。
そんな下々の心の機微などいざ知らず。
地上に舞い降りた天女は、明け透けに咲良に寄ってきた。
「咲良ちゃん。一緒にお昼しよ~☆」
「え? 私が? なんで?」
「だって~、せっかくえんげ……」
と、その視線がふとクラスの別方向に向いた。
椎葉弥太郎である。
このクラスの一軍メンバーの一人でありながら、裏では咲良を演劇部の活動に付き合わせる悪の元凶。
その弥太郎が苦笑しながら首を振った。
それにハッとすると、紅葉は慌てて口を両手でふさいだ。
にこっと眩い陽キャスマイル(天然もの)を浮かべると、咲良の手を取った。
「とにかく、一緒に行こ~っ!」
「ちょ、ちょっと……っ!?」
とっさに拒否しようと手を引くが……。
「え~。早く行こうよ~っ♪」
「うっ……目が……っ!!」
眩いスマイルに照らされて、その反発の力が奪われていく。
咲良は基本的にひねくれているが、この手の天然いい子ちゃんに弱かったりするのだ。
(ああもう! 全部あのクソ陽キャのせいよ!)
バタバタと教室から連れ出される直前。
咲良はニヤニヤと笑う弥太郎をキッと睨みつけた。
***
たどり着いたのは、予想通り科学室であった。
紅葉が元気よく、そのドアを開ける。
「失礼しま~す♪」
すでに鍵は開いていた。
科学室に入ると……その室内の光景に、咲良が眉根を寄せる。
なぜか一つだけ、えらく豪華なリクライニングチェアが中央に鎮座していたのだ。
「え? 何これ……?」
咲良の当然の疑問に、別方向から声が飛んできた。
「え、榎本紅葉くん。午前中の授業でさぞ疲れただろう? その椅子を使いたまえ」
「ええ~。いいの~っ!?」
「当然だ。この演劇部の部員ならば当然の権利だ」
「すご~い。福利厚生がしっかりしてる~っ♪」
眼鏡をくいくいしながら、紅葉にリクライニングチェアを勧める男子生徒。
犬塚雲雀であった。
とある理由で演劇部を立ち上げ、また同部の部長を務める。
勉学、スポーツ、何でもござれの万能人間、そんな己の優秀さに誇りを持つ男子生徒である。
……が、定期試験では常に咲良に上をいかれているので、やや彼女には当たりが強い。
「なんだ。貴様も来たのか、夏目咲良」
そんな雲雀は、不快そうに眉を八の字にして睨んでいた。
「貴様が昼休みにここにくるなど、珍しいではないか」
「私も来たくはなかったんだけどね。あんたのお姫様が無理やり連れてきたのよ」
「お、おひ……っ!?」
雲雀はその顔を真っ赤にすると――シュンッとその場から忽然と消えた。
(……え?)
まるでアレである。
バトル漫画で強い敵が、主人公たちの前からシュンッて消えるやつのようであった。
咲良がぽかんとしていると……なぜか隣に、雲雀の姿が出現していた。
「あ、あんた、今どうやって……あいたたたたた。あんた、なんで引っ張るのよ!?」
そして次の瞬間には、咲良の身体が科学室の隅っこに引きずられていった。
雲雀が顔を真っ赤にしたまま、慌てて咲良に耳打ちしてくる。
「シーッ! アホか、そんなことを言えば、まるで僕が榎本紅葉に恋をしているようではないか!?」
「あんた、こんな部活を作ってまでお近づきになろうとしてるくせに、まだ隠し通せるつもりなの……? 正気……?」
「真顔で心配そうに言うな!?」
この演劇部。
そもそも将来はモデルになりたいという紅葉のために、雲雀が設立したものである。
そこまでの度胸があり、なぜ最後の一歩が踏み出せないのか。
というか、そこまですればさすがに紅葉も気づいているはずだが……。
その紅葉といえば、雲雀がわざわざ用意したリクライニングチェアでぐで~っとなりながら至福の表情で眠りこけていた。
「雲雀くん。ただのクラスメイトにこんなによくしてくれるなんて、すごく優しいんだね~♡」
まったく疑いのない表情でそんなことを言っている。
……苦労した側としては、それはそれでクるものがあった。
「……あんた。本当にこれでいいわけ?」
「……わからない。僕がしていることは正しいのか?」
そんなこと聞かれても、と咲良は思った。
「それより私のは?」
「何がだ?」
紅葉が使う高級そうなリクライニングチェアを見ながら……。
「演劇部の当然の権利なんでしょ?」
「貴様は部員ではない。思いあがるな」
「恩人に向かって大層な口の利き方ね」
「ハッ。誰が恩人だ。貴様の力を借りずとも、僕は紅葉くんの勧誘をやってのけた。弥太郎がどうしてもと言うから、この場にいることを許可してやっているだけの……」
「…………」
つらつらと得意げに言葉を並べる雲雀に、咲良はじと~っとした視線を送り……。
「榎本さん。雲雀くんが大事な話があるそうよ」
「ちょお~~~~っと待ったああああああああああああああっ!!」
雲雀が慌てて携帯を取り出すと、どこかへと電話を掛ける。
――五分後、その場には同じリクライニングチェアがあった。
「つ、使いたまえ! 特別だぞ!」
「最初からそうすればいいのよ」
咲良と紅葉が並んでリクライニングチェアでのんびりしていると……。
「……なんだ、この状況?」
科学室のドアを開けて入ってきたのは、弥太郎であった。
どうやら一軍女子たちと昼食を食べてから、こっちに来たらしい。
「その椅子どうした?」
「犬塚くんが演劇部の全員にプレゼントだそうよ」
「マジか。悪いな」
「いいのよ。代金を振り込む口座は後で送っとくわ」
「なんで咲良に金を払うんだよ……」
そんな会話をしていると、当然のように雲雀が吠えた。
「おいこら、勝手に話を広げるんじゃない!」
そんな雲雀を無視して、咲良と弥太郎は会話を続ける。
「あ、そうだ。おまえがいなくなってからクラスが大変だったぞ」
「ええ。どういうこと?」
「おまえが紅葉と仲いいって、他のやつらにはかなり衝撃だったみたいだな」



