男女の友情は成立する?夏目咲良の青春疑似録
Ⅳ ゆえに椎葉弥太郎は偽物の青春を記し賜う ②
「はた迷惑な……」
からからと笑う弥太郎に、咲良はどんよりとした表情で返事をした。
そこへ隣のリクライニングチェアで「しあわせ~♪」ってなっていた紅葉が、ぷ~っと頬を膨らませて訴えてくる。
「え~。咲良ちゃん。わたしと仲よしって思われたらイヤなの~?」
「ううっ!」
うるうるビームに照らされて……咲良はあっさりと折れた。
「す、少しならいいけど……」
「わ~い。やったあ~っ!」
「ちょ、やめなさい。あんたがこっちに来ると倒れるでしょ!」
その様子を、羨ましそうに見ている雲雀であった。
そんな中、またもや科学室のドアが開く。
最後のメンバーである真木島秀和が入ってくると、穏やかそうに笑った。
「いやあ、今日はまた一段と百合百合しいねえ」
「アホなこと言ってないで止めなさい! あんた幼馴染でしょ!」
「アハハ。ぼくは間に挟まる男には否定的だからさあ」
「よくわかんないけど、ろくでもないこと言ってるのだけはわかるわ……」
そこで雲雀が、眼鏡をくいっと持ち上げた。
非常に頭のよさそうなポーズを取りながら、いかにも大仰に告げる。
「この演劇部も、ようやく主要メンバーが集まった。本題に入ろう」
「一番、何もしてないくせに、いざとなったら仕切るのね」
「うるさいぞ! この部活を立ち上げる際の手続きはすべてやっただろう!?」
咲良の横やりにもめげずに、科学室の黒板にスケジュール表を記していく。
「この演劇部の目標は、十一月の文化祭だ。それまでにオリジナルの演劇を仕上げていく!」
パチパチパチパチと、気の抜けた拍手が起こった。
「まずメインキャストは僕と榎本紅葉だ。これは各々のスキルや特性を鑑みた結果であり、決してその他の思惑があるものでは……」
「最初から言い訳くさいわね」
「だからうるさいぞ! とにかくメインキャストは二人だ!」
紅葉が嬉しそうに手を上げた。
「はあ~い! 雲雀くん、頑張ろうね~っ!」
「う、うん。そうだな……」
そうして紅葉は真剣な顔で、ぐっと両手を握る。
その拍子に豊かな胸がぽいんと揺れた。
「雲雀くん、きっと演技にこだわりがある人だったんだね。だから、のんきにモデルやりたいって言ってたわたしが許せなかったんだよね?」
「……うん?」
微妙に核心を逸れた言葉である。
「わたし、雲雀くんにがっかりされないように頑張るから!」
「……ああ。わかった」
あまりに微妙すぎる勘違いに、一同のテンションも微妙なものになってしまった。
(この前の大根演技を見て、そう思えるのがすごいわね……)
気を取り直して、雲雀が続ける。
「そしてサブキャストは、秀和に頼む」
「うん。緊張するけど頑張るよ」
そして……と、その目が弥太郎と咲良に向いた。
「……脚本は大丈夫なのか?」
やや不安そうな言葉に。
弥太郎が眩い陽キャオーラを放ちながら即答する。
「大丈夫だ。任せろ」
「あんた正気?」
「そのための参謀だろ?」
「勝手に昇格させるな」
とにかく不安材料は多いが……いや、むしろ不安材料しかないのか。
気が重くなる咲良とは対照的に、事情を知らない紅葉は目をキラキラさせながら手を握ってくる。
「咲良ちゃんの脚本、楽しみにしてるね~っ♪」
「書くのは私じゃないわ。あと、あんまり楽しみにしないほうがいいわよ」
咲良の言葉に、紅葉は首をかしげるばかりだった。
やがて予鈴が鳴り、昼休みの終了を告げる。
各々が科学室を出て、掃除場所に向かう中……。
弥太郎が例の脚本ノートを差し出してきた。
「じゃ、また放課後な」
「……少しはマシなの書いてきたんでしょうね?」
弥太郎の「まあな!」に不安を覚えつつ、それを受け取る。
(……ん?)
ふと視線を感じて振り返るが、誰もいなかった。
「どうした?」
「いえ……気のせいかしら」
あるいはノートに籠った怨念かもしれない……と、咲良は自身の想像を一笑した。
(これじゃあ、この陽キャの駄作を笑えないわ)
***
放課後。
HRが終わり、クラスメイトたちはそれぞれの時間へと向かう。
クラスの片隅では、いつも通りの光景があった。
一軍女子たちが、弥太郎に甘えるように手を引っ張る。
「ねえ、今日は一緒に帰ろうよ」
「弥太郎。最近、付き合い悪いじゃん」
男子連中も「カラオケいくべ~」とか「いいじゃん」と進めている。
その弥太郎は困ったように笑いながら、誘いを断った。
「悪い、悪い。今日もちょっと用事あってさ」
「え~っ! またあ~?」
「今度、埋め合わせするって」
「この前もそう言ってたじゃ~ん」
そのやり取りを横目に。
咲良は鞄を持って教室を出た。
下足場には向かわずに、職員室に寄って科学室の鍵を借りる。
ちょうど職員室を出たところで、担任の笹木とばったり出くわした。
咲良の持つ科学室の鍵を見ると、非常に満足そうにうなずく。
「夏目さんも、青春を楽しむようになったのですね」
「は?」
大仰な台詞に、咲良は首を傾げた。
そういえばこの教師、以前、そんなことを言っていたような気がする。
一生に一度の青春を楽しめとかなんとか……。
自分がそう見えているのだろうか。
咲良は眉根を寄せながら聞き返した。
「どういうことですか?」
「今から演劇部に向かうのでしょう?」
「はあ」
「犬塚くんからも聞きましたよ。きみが榎本さんの勧誘に一役買ってくれたと。ぼくの言いたいことがわかってくれたのですね」
「…………」
まるで自身の手柄のように語る笹木に、咲良はしらーっとした目を向けていた。
「女子生徒の自宅住所を勝手に男子へ教えた件、学校に報告してもいいのですが?」
「すみませんでした! 本当に反省しているので、どうかそれだけは……っ!」
立場が逆転した。
あっさりと土下座をかます笹木に、咲良はため息をついた。
「青春ごっこにしては度が過ぎていますので、二度としてはいけませんよ。せっかく教師になれたのに、クビになりたくないでしょう?」
「……き、肝に銘じます」
もはやどちらが教える立場なのか、わかったものではない。
咲良はフンッと鼻を鳴らすと、廊下を歩いて行った。
科学室に到着する。
鞄を置き、隅っこで布をかぶせてあるリクライニングチェアを引きずってきて、それにゆったりと身を預ける。
(しかしコレ、普通に置きっぱなしだけど撤去されないのかしら。まあ、座り心地は最高だからいいんだけど……)
スマホで姉の百恵に『帰りは少し遅くなる』とメッセージを送る。
すぐに『わかりました! 弥太郎くんによろしくお伝えください!』と返ってきた。
(……まさかあの合コン大好きな姉さんが、こんなにコロッと態度変わるとはねえ)
弥太郎の友だちのイケメン目当てなので複雑ではある。
さっき彼とダベッていた一軍男子たち……あれが姉とデートしているところを想像して咲良は身震いした。
そこへ科学室のドアが開いた。
「ちーす」
弥太郎であった。
リクライニングチェアでくつろいでいる咲良に、つい苦笑する。
「何? それ気に入った?」
「癪だけど楽だわコレ。高いんじゃない?」
「あいつの家、金持ちだからなあ。この学校にもかなり寄付してるらしいぞ」
「ああ、それでいつまでも撤去されないのね。教育機関の闇だわ」
「この程度なら可愛いもんだろ。そもそも使ってるやつが言っても説得力皆無」
「うるさいわね。さっさと始めるわよ」
脚本ノートを開いた。
修正箇所を指さして、都度、丁寧に教えていく。
その途中、咲良は窓の外を見つめる。
少しずつ春が移り変わり、空気が熱気を帯びていく。
それは弥太郎と過ごした時間の長さを表していた。



