君のガチ恋距離にいてもいいよね? ~クラスの人気アイドルと気ままな息抜きはじめました~
第四話 ある放課後の息抜き
このところ、灯也の日常は穏やかなものだった。
放課後になればバイトをし、友人と遊んだりもする。家に帰れば動画を見てゆっくり過ごし、授業の予習復習なんかも適度にこなす。
あれから雫とは長話をするようなことはなかったが、会えば挨拶ぐらいはしていた。
事前に灯也が伝えられた通り、仕事の都合で雫が学校を欠席したこともあったが、クラスの空気が多少重くなったくらいで特に変化はなかった。
強いて言うなら、雫からはいつも忙しいという理由で遊びの誘いを断られている――という内容の話をクラスの女子たちがしていたが、陰口的なニュアンスはあまり感じられず。
翌日になれば雫は登校してきたし、灯也も放課後にはバイトまでの時間つぶしとして、図書室で今日出た課題をこなしていたのだが。
――ざわざわ。
ここは私語厳禁な図書室の中だというのに、周囲が突然ざわつき始めたので、灯也は何事かと視線を上げる。
すると、原因はすぐにわかった。
目の前の席に、雫の姿があったからだ。
「…………」
窓から差し込む夕日に照らされながら、憂いげな表情で本に目を通す雫。
その本のタイトルが『素人でもわかるサッカー入門!』じゃなかったら、どれだけ様になっていたことだろう。
「……なにしてるんだ?」
周囲のざわつきのせいで集中力が切れたのと、気づいたからには声をかけるべきだという判断のもと、灯也は小声で尋ねてみる。
雫はこちらを見つめてから、同じように小声で言う。
「なにって、読書だけど?」
その声色には明るい響きがあって、にこやかな顔つきからもアイドルモードなのが丸わかりである。
当然といえば当然だろう。今も周囲からの視線がこちらに集まっているのだから。
「誰かさんのせいで、ちょっとした騒ぎになっているみたいだぞ」
「私って普段は図書室を利用しないからね~。多分だけど、本とアイドルの組み合わせが珍しいんじゃないかなぁ」
「それだけじゃないと思うけどな……」
おそらくは、本を読む雫の姿が様になっていたからだろう。
目を奪われるというか、意識を向けざるを得ないほどに、夕暮れ時に読書をする美少女の姿は人の心を惹きつけるものがある。
あとは、その向かいに男子生徒の姿さえなければ完璧なのに……――という周囲の心の声が漏れ聞こえてくるような気がして、灯也は無性に居心地の悪さを覚えていた。
「なるほど~、つまり瀬崎くんは私に出て行ってもらいたいわけだね?」
何がそんなに楽しいのか、雫が能天気な調子で言う。
端的に言えばそうなのだが、もう雫が出て行くだけでは灯也の居心地の悪さは収まらない気がした。
「……いやまあ、悪いのは図書室で騒いでいる周りの方なんだけどな」
「でもほら、今は私たちも楽しくおしゃべりをしちゃっているわけだし」
「ここって基本的に私語厳禁だもんな」
「そーそー。なのでここは、私たち二人が出ることを提案します」
「まあ、そうなるか。――いいさ、出よう」
「はーい」
渋々立ち上がった灯也とともに、雫は図書室を後にした。
出る間際には「失礼しましたー♪」なんて愛嬌たっぷりの挨拶をする辺り、雫のプロ根性は筋金入りだと感じさせる。
それからルンルンとスキップでも踏むように廊下を歩く雫の後ろを、灯也は黙って続いていく。
彼女の足取りは昇降口の方に向かうわけではなく、上級生の教室がある三階へと進んでいた。
「おい、どこまで行くつもりだ?」
「上ー」
それは見ればわかることだ。
「俺、帰ってもいい?」
「ダメー」
「さいですか」
すでに放課後を迎えてから三十分ほどが経つからか、校内に残っている生徒は少ない。
まだいくつかの教室から話し声が聞こえるが、それも少数だ。部活のある者は移動し、用のない者は基本的に下校しているはずである。
ときどきすれ違う生徒とは、雫は誰彼構わず挨拶を交わし、灯也も知り合いであれば一礼くらいはした。
「今さらだけど、放課後に男子と二人でいたら勘違いをする奴もいるんじゃないか?」
灯也がふと気になったことを尋ねてみると、雫はうーんと小首を傾げてから言う。
「堂々としていれば大丈夫じゃないかな~。前にも言ったけど、私はアイドルだし、誰かとお付き合いをすることはないってみんなも知っているはずだからね。男子と一緒にいても、友達だと思ってくれるだけだと思うよ」
「そういうものか」
「うん。入学したばかりの頃は告白されたりもしたけど、全部同じ理由で断っていたから。強いて言うなら、今年の新入生は勘違いしちゃうかもしれないけどね」
「今の時代、それだけでも十分危ない気がするけどな。盗撮したものをSNSに投稿するのとか、結構簡単にできるだろ」
「そのときはそのときだよ~。いくら気をつけるって言っても、限度はあるもん」
雫の口調は相変わらず明るいままだが、言っている内容は随分ドライな気がする。
彼女ほどのトップアイドルが語る『限度』がどこまでなのかはわからないが、それでも灯也がこれ以上どうこう言うことではない気がした。
「着いた~、ここにしよ」
雫がそう言って指差したのは、三階端の空き教室。
使える無人の教室に目星を付けるまで、三階中を歩き回ってしまった。
げんなりする灯也をよそに、雫は勢いよく扉を開けて中に入る。
「ほら、瀬崎くんも早くっ」
「いや、さすがに空き教室で二人きりだと――おわっ!?」
ぐいっと腕を引っ張られて中に入ると、そのまま雫は扉を閉めてしまった。
その強引さに灯也が驚いている間に、雫は端の方に置いてあった机と椅子を一つずつ持ってきて、教室の中央付近に設置するなり腰を下ろす。
「――はぁ~」
そのまま、だらんと机にもたれかかってしまった。
はっきり言って、かなりだらしない光景だ。アイドルかどうこう以前に、女子高生としてどうかと思うほどの脱力っぷりである。普段は活発な制服姿なのが余計に異様さを感じさせた。
その姿に驚きを更新された灯也は、教室の端で呆然と立ち尽くしていたのだが。
「どしたの? 瀬崎くんも座ったら? あ、電気は点けないでね、眩しいから」
問いかけてくる声にも覇気がない。これはあれだ、完全に素の状態に戻っている。
彼女の目的がいまいち掴めていないのは今も同じだが、ひとまず灯也も机と椅子をワンセット持ってきて座った。
二人の距離は、机三つぶん。すなわち灯也は壁際である。
「……なんか遠くない?」
「そうか?」
「もっと小学校の給食みたいにくっつけて」
「それは遠慮したいんだが」
「どうして?」
「なんか怖いし」
「…………」
雫はむっとしたかと思えば、両手で机を抱えて――
ガコンガコンッ!
無理やり近づいてきたので、灯也も慌てて机を近づける。
「わかった、言う通りにする。だから少し落ち着こう」
「……今のでどっと疲れたんだけど。無駄に体力を使わせないでよね」
今のは俺のせいか? と灯也は思ったりもしたが、ここはぐっと我慢する。
なんとなくわかっていたことだが、雫はおそらく疲れているのだ。
それも多分、ストレスで感情が暴発してしまうほどに。
灯也はなるべく刺激しないように心がけてから、今や机をドッキングさせた距離にいる雫を見つめる。
窓から差し込む日差しを浴びて、彼女の長い髪がキラキラと輝いていた。
「それで、今日はどんな用件なんだ?」
「んー?」
「図書室に来たのも、俺に用があったからなんだろ?」
灯也の指摘通りだったからか、雫はバツが悪そうに視線を逸らした。
「用というか、探してはいたけど」
「やっぱりな。今どきサッカーのルールぐらいならネットでいくらでも調べられるし、おかしいとは思ったんだ」
「でも瀬崎くんは勉強中だったし、終わるまでは邪魔しないつもりだったんだけど」
「わかってるよ。べつに責めているわけじゃないさ」
とはいえ、雫が図書室に来れば騒ぎになることぐらいはわかりそうなものだ。
もしかすると、そういう判断が付かないような状況になっているのかもしれない。
「仕事、忙しいのか?」
「なんで?」
「昨日は学校を休んでいただろ。だからそうなのかなって」
図星だったのか、雫は拗ねるように顔を突っ伏して、足をぷらぷらとさせる。
その仕草は駄々をこねる子供のようで、少し微笑ましかった。
「俺でよければ、愚痴ぐらいは聞くぞ」
「うーん」
「今さら何を聞いたって、俺は幻滅しないってわかってるだろ?」
「それって、瀬崎くんが私のファンじゃないから?」
「おう」
「……即答はちょっとムカつく」
雫は恨みがましく言いながら、顔を上げてジト目を向けてくる。
こりゃあ相当参っているな、と。
付き合いの浅い灯也でも気付くような情緒不安定さだった。
「この感じだと、俺を探していたのも話を聞いてほしかったからじゃないのか?」
「今日はやけにずけずけくるじゃん」
「姫野みたいなタイプはこういうとき、多少ケツを叩くぐらいじゃないと時間を浪費するからな」
「普通アイドルにそういうこと言う?」
「俺は姫野のこと、あんまりアイドルとして見てないし」
「女子に言うのもどうかと思うけど」
「それはまあ、悪かった」
げし、とすねを蹴られる。
灯也からすれば、雫がアイドル扱いをされたいのかされたくないのか、いまいちわかりづらいところである。
そんな灯也の気持ちが伝わったのか、雫は観念したように口を開いた。
「ご存知の通り、昨日は仕事でさ」
「ああ」
「前にも言ったけど、六しこの――映画の撮影があったのね。京都で」
「ああ――って、平日に京都まで行ってきたのか。それはご苦労さん」
「そう。でもいろいろダメだったわけ」
「……雨でも降ったのか?」
「ううん、天気は快晴。もう絶好のサッカー日和。まあ、私は試合シーンなんて一秒もないんだけど」
「ほう。なら何があったんだ?」
この流れだと、共演者やスタッフと何かあったのだろうか。
雫は人気アイドルとはいえ、本業の俳優たちとはキャリアも異なる。それによって不快な思いをすることもあるかもしれない。
ゆえに、灯也は真剣な面持ちで聞く姿勢を整えた。
再び気持ちが伝わったのか、雫は意を決したように口を開く。
「実はさ、八ツ橋を食べ損ねて」
「……へ?」
「だから、八ツ橋を食べ損ねたの。京都まで行ったのに。帰りの車で気づいてさ、でも言えないじゃん。経験が浅くてただでさえ迷惑ばかりかけているのに、『今気づいたんですけど、私ってば京都に来たのに八ツ橋を食べ損ねちゃって~。できたら戻ってほしいなぁ、なんて』とかさ。危うく口に出しかけたけど」
淡々と、しかし息継ぎをほとんどせずに雫が何を言ったかと思えば、結局は『八ツ橋を食べ損ねた』だけだった。
呆れて物も言えない灯也を前にして、雫はむっとして見つめてくる。
「何? もしかして瀬崎くんも、『通販で注文して食べればいいのでは?』とか思ってる?」
「いや、そこまでは思ってないけど。その言い方だと、誰かに言われたのか?」
「マネージャーにね。我慢できなくて、軽く聞いてみたんだ。――八ツ橋を食べ損ねたんですが、今度京都で収録する機会はありますか? ってね。そしたら言われた。ああいうのは現地で食べるから意味があるのにさ、風情とかそういうので全然違うし」
「なるほどな……」
予想外の用件に、灯也は頬を引き攣らせて苦笑していた。
そんな灯也を見て、雫はため息をつく。
「ほら引いてる。というか、幻滅してる。どうせこんなことで、とか思ったんでしょ」
「こんなことで、とは思ったけど、幻滅しているとかはないぞ。せいぜい変わっているなと思ったくらいで」
「ほんとに?」
「ほんとだって。その調子だと、俺に話すかどうかも悩んだんだろ。なら、そういう話をしてくれたこと自体は素直に嬉しいくらいだ」
「それは……瀬崎くんから、昔のこととか聞いちゃったし。私だって、言いづらいことの一つや二つは吐露するべきかなと思って」
雫なりに、灯也の部活の件を真剣に受け止めていたらしい。
そのことが灯也は素直に嬉しかった。
「だったら尚更だ。ありがとうな」
「……うん、どういたしまして」
雫は照れくさいのか、視線を逸らして頬杖をつく。
その仕草すらも微笑ましくて、灯也は気持ちを緩めながら言う。
「正直に言えば、少し安心したくらいだ。もっと重めなのが来るかと思って身構えていたくらいだしな」
「重めなのって?」
「たとえば、人間関係とかさ。共演者と上手くいってないとか、そういう類のやつ」
「あー、そういうのは全部受け流すことにしてるから」
雫はさらりと言ってみせたが、つまりは『人間関係の問題はある』のだと認めていることになる。
けれど、これ以上の踏み込みは求められていないのが空気感で伝わってきた。
ゆえに、灯也はため息交じりに頷いてみせる。
「なるほどな。姫野がすごいアイドルだって理由がわかった気がするよ」
「なにそれ。こんなことで認められてもなー」
「安心しろ、べつにファンになったわけじゃないから」
「うわ、本音だってわかるのが逆にムカつく」
「ま、帰りにジュースの一本ぐらいは奢ってやるさ」
「それってカフェのときのお返しでしょ」
「バレたか」
狙いを見抜かれてタジタジになる灯也に対し、雫はぼそりと呟くように言う。
「じゃあさ、ジュースはいいからお願いがあるんだけど」
「なんだ?」
「ちょっと寝てもいい? 三十分くらい。誰か近づいてきたら、起こしてくれていいから」
雫は瞼をこすりながら、我慢の限界といった風にあくびをする。
すぐさま灯也が頷いてみせると、雫は静かに寝息を立て始めた。
穏やかな夕刻。
日も傾いてしばらく経ち、辺りが黄昏色に変わり出す頃。
課題を再開した灯也と、その向かいで気持ちよさそうに寝息を立てる雫。
彼女の長い髪は絹糸みたいに煌めいて、白い肌に整った顔立ちは精緻な人形のよう。
その寝顔は、まさしく美の女神そのものだった。
二人の間に流れる時間はゆったりとしたもので、雫に限っては起きる素振りも見せない。
時折その様子を眺めながら、灯也はペンを動かしていく。
「よほど疲れていたんだろうな」
この一時が、彼女にとっての安らぎになればいい。
慈しむような気持ちで灯也は呟いてから、再び視線を課題のプリントに向けたのだが。
――すた、すた、すた……
そのとき、遠くから足音が聞こえてきた。
これまでも何度か足音や騒ぐ声が聞こえることはあったが、こちらに向かってくるのは初めてである。
教室の前には左折して上下階に向かう階段があるのだが、足音の主がこの教室の戸を開ける可能性も十分にあるわけで。
何より、空き教室に男女が二人きりという現状を見られたらさすがに誤解されそうだ。
「おい姫野、起きろ」
ゆえに灯也は、若干焦りぎみに雫の肩を揺り起こす。
「ん~、もうちょっと」
「べたな寝言を言ってる場合かよ。――仕方ないな、先に謝っとくぞ」
灯也は「ごめん」と言いながら、雫の鼻をつまむ。
「――ッ!?」
途端、呼吸ができなくなった雫は目を覚ますなり、じたばたしながら距離を取った。
「なにすんの!?」
「先にごめんって言っただろ」
「ていうか、ブサ顔見られた! アイドルの鼻つまむとか何考えてるの!?」
起き抜けだからか珍しく取り乱す雫に向けて、灯也はしーっと指を口元に当ててみせる。
「足音、聞こえるだろ。こっちに来てる」
「あー……だね」
ようやく冷静さを取り戻したのか、雫はすっと立ち上がる。
「おい、どうする気だ?」
割と焦る灯也に対し、雫は掃除用具入れのロッカーを指差す。
「こういうときは、あそこで身を隠すのが鉄板でしょ?」
名案閃いたり、とばかりに雫は言ってみせるが、まさかあのロッカーに二人で入ろうというのだろうか。
雫は意気揚々とロッカーを開けたのだが、途端にげんなりとしてみせた。モップなどが入っているせいもあって、とても二人は入れそうになかったのである。
なので灯也は補足をするように言う。
「そもそも二人で入る必要はないだろ。俺はどっちでもいいけど、どうする?」
「言われてみればそうだね。教室は任せた」
言いながら、雫はロッカーに入って戸を閉めた。
すた、すた、すた……とその間にも足音は近づいてくる。
間もなく戸の前を割烹着姿の女性が通ったが、案の定、下に向かう階段を下りていっただけだった。
――キィッ……。
静かにロッカーの戸が開き、中から雫が無言で出てくる。
その表情は文句ありげに歪んでいて、
「……埃っぽい。あとカビくさい」
いたずらに失敗した子供のような表情で、雫はぼやいてみせる。
灯也はそれを見て吹き出しそうになりつつも、なんとか堪えて近づいていく。
「動くなよ」
頭に付いた蜘蛛の巣らしきものを取ってやると、雫は微かに頬を染めながら「どーも」と告げて、制服に付いた埃を払った。
「瀬崎くんって、けっこう背が高いよね」
「いきなりなんだ?」
「こうやって教室で向かい合うのは初めてだったからさ。ふと思っただけ」
「言われてみれば、そうかもな」
沈みかけの夕日に照らされた窓際で、向かい合う二人。
灯也の目の前にいるのは校内一どころか、日本一といっても過言ではないほどの美少女で。
なのに。
「「……ぷっ」」
このロマンティックともいえる状況で、二人は同時に吹き出してしまう。
でも、考えていたことは違ったようで。
「ちょっと、なんで今吹き出したの?」
「いや、今さら鼻をつまんだときのことを思い出してさ、あれはなかなか見られるものじゃなかったなって。そういうそっちは、なんで笑ったんだよ?」
「瀬崎くんってば、足音が聞こえていたときはかなりビビッてたなって。なんか思い出したらギャップがすごくて、ちょっとツボっただけだよ。――というか、ブサ顔のことは忘れて」
「あのなぁ、そもそもこんなところで――」
「あー、もうそろそろ帰ろっか。私この後、ダンスレッスンがあるからさ」
切り上げるように雫は言うと、大きく伸びをしながら机の方に戻っていく。
「そういえば、俺もバイトがあるんだった」
「お互いがんばらないとね」
「こっちは姫野ほど大変じゃないけどな」
「言ってなかったけど、近いうちにライブツアーが始まるんだ。今日はその合わせ」
雫はさらっと言ってみせたが、もしかするとそのライブツアーとやらが、疲れの一番の原因なのかもしれないと灯也は思った。
とはいえ、今の雫は励ましも慰めも求めていないのだろう。すでに帰る準備を始めている。
ゆえに、灯也も深くは言及しないことに決めた。
「ちなみにさっきの話だけど、俺はべつにビビッてないからな?」
「はぁ、しつこいなー。わかったわかった」
「ちょ、おい、絶対信じてないだろ」
「いいから行こ、ビビリ君?」
「くぅ、勘弁してくれよ……」
二人は騒がしく言い合いながら、揃って教室を出る。
駅までは同じ道だが、変な噂が立っても困るし、この日は昇降口で別れることにした。
最後に雫は「今日は良い息抜きになったよ、ありがとね」と告げて帰っていく。
その背を見送った後、灯也は気合いを入れ直してバイト先に向かった。