君のガチ恋距離にいてもいいよね? ~クラスの人気アイドルと気ままな息抜きはじめました~

第五話 プロのお仕事

「いいね~、シズクちゃん。次はこっちに目線くれる?」


 スタジオではカメラマンの指示とともに、シャッター音とフラッシュが浴びせられる。

 アイドル・姫野雫が魅せる一瞬の表情や動作を、切り取るように記録していく作業だ。

 撮影モデルの仕事は、アイドルにとって重要かつ身近なもの。何着も衣装を着替え、時には役になりきって撮影に臨み続ける。

 慣れてくれば楽しいとさえ思える現場だが、カメラマンが言うには、モデルの精神面が大きく影響しやすいとのことで――


「――ふふっ」


 姫野雫の眩い笑顔を、カメラのレンズが逃さず捉えた。


「はい、オッケー。――いや~、いつも良いけど、今日は特にノッてるね。何かあった?」


 女性のカメラマンが世間話をするように尋ねてきた。

 なので雫は、いつもの笑顔で応対する。


「佐藤さんが乗せてくれるので、つい楽しくなっちゃうだけですよ~」

「ま~た上手いこと言って。シズクちゃんに言われると、お世辞だとわかっててもつい嬉しくなっちゃうのよねぇ」

「お世辞じゃないですってば~。――あ、それと最近、美味しいパンケーキのお店を見つけたんですよ。あとで教えますね?」

「お、さてはそっちが本命だな~?」

「ふふっ、違いますよ~」


 なんて世間話をしつつ、雫は次の現場へ。


 この日はライブツアーの宣伝がてら、生放送の音楽番組に出演することになっていた。

 まずはグループのメンバーとともに関係者に挨拶を済ませたのち、メイクルームでスタイリストに整えてもらう。白を基調にした衣装に身を包み、番組スタッフと打ち合わせをしてから、リハーサルへ。

 そして、本番が始まる。

 多くの共演者と雑談を交えながら、披露されていく楽曲の数々。

 番組が折り返しに入ったところで、雫たちアイドルグループ《プリンシア》の順番が回ってきた。

 曲が始まると、身体に覚え込ませた振り付けをこなしながら歌う。


「――君を見ると~、胸が弾むんだ~♪」

(カメラの寄りと角度、ドンピシャだ)


 ここで狙いを定めて、とびっきりのウインク。

 心の中では冷静に、表情は弾ける笑みを浮かべて、『姫野雫』を最大限に魅せるパフォーマンスを発揮する。

 ポイントを見極めて、いかに印象に残るか――あくまでもそこが軸だ。

 重要なのは、メンバーとの立ち位置だけじゃない。カメラの動作状況と、観客や共演者との位置関係まで把握・計算し尽くした上で、全身をコントロールして振る舞う。

 そうやってアイドル・姫野雫は、頂点まで昇り詰めたのだから――。


「――ありがとうございました!」


 音楽番組の収録が終わると、関係者に再び挨拶をする。

 その後は早々と撤収の準備を進めて、マネージャーの運転する車で自宅まで送ってもらう。

 清楚なワンピースに着替えた雫は帰りの車内で、今日の反応を思い起こしていた。


『今日も素晴らしかったよ! こりゃあ人気が出るのも納得だ』

『うちの甥っ子がサインを欲しがっていてね、よかったらお願いできるかな?』

『またお願いするよ、ライブもがんばって』


 どの共演者もスタッフも、手放しで褒めてくれていたように思う。

 ただ、雫としては反省点もあったわけで。


(今日はちょっと感情的になったかも。いつもより身体が軽いからって、浮つくのはダメだ)


 理由はわかっている。

 ここ最近、息抜きが上手くいっているからだ。

 特に普段寝ない時間に、三十分でも仮眠を取れたことは大きい。

 そこに一役買っているのが、同じ学校に通う男子生徒というのは、公にはとても言えないことだが。


(……瀬崎灯也くん、か)


 不思議な人だと思った。

 アイドルである自分に興味はないくせに、素の自分には関わってくる。

 特にがっついてくるわけじゃないし、その距離感が妙に心地良い相手。

 職業柄、雫は観察眼に優れている。その目から見て、彼はおそらく肩書きなんかを気にしないタイプなのだと思った。ゆえに特別扱いされない関係が多分、雫は気に入っているのだ。

 まさか素の状態を他人に見せる日が来るとは夢にも思わなかったが、それだって予想よりも悪いものじゃない。アイドルのときほど頭脳を使っていないからか、つい隙だらけになってしまうのが難点だが。


(個室の扉をちゃんと閉め忘れるとか、アイドルの時なら絶対にやらないしな……)


 あのときは余裕がなかったのもあるが、気が抜けていた証拠だ。

 とはいえ、そのおかげで彼と関わることになったわけだが。

 思えば、行きつけのカラオケ店に同じ学校の男子生徒がバイトとして入ってきたというのに、最初からあまり警戒することがなかった気がする。場所を変えようとも考えなかった。

 そういう意味でも、彼はやはり不思議な人なのだと思った。

 また学校に行けば、彼と顔を合わせることになるだろう。

 彼のバイト先に行った場合も同様に。

 そこまで考えたところで、雫は小さく首を振る。


(私は感覚だけで上手くいくタイプじゃないんだから、ちゃんと全部コントロールしないと)


 よく業界関係者は、姫野雫のことを『顔が良い』、『運が良い』、『オーラがある』の三拍子が揃ったからこそ成功したと言うが、それだけじゃない。

 SNS上で【女神すぎる美少女】と呼ばれるくらいだし、雫は生まれながらに自分の容姿や生まれが恵まれていることを自覚しているが、それに加えて計算しないと成功しないタイプだとも考えていた。あくまで感覚型の天才とは違うのだと。

 何せ雫本人からすれば、素の性格はこれっぽっちも『かわいくない』わけで。

 それゆえに、気が抜けない。基本的に素の人格や弱みを見せるわけにはいかないのである。

 偽りの自分を演じることが――嘘を使い分けることが、今さら悪いことだとは思わない。

 ただ、嘘をつくなら、とことん貫き通すべきだとは考えている。万が一にでも嘘がバレて、ファンを幻滅させることだけは避けないといけないとも。

 理由はファンが大事というのもあるが、何よりも雫自身がバレて軽蔑されることを恐れているからに他ならなかった。

 明日からもゲスト出演するドラマの撮影や、商店街巡りをするロケ企画、それにライブ用のダンスレッスンも当然あるわけで、やることは山積みだ。

 だからこそ、より一層気持ちを引き締めていく必要がある。

 息抜きはあくまで息抜き。本業を円滑に進めるための手段のはずなのだから――と。

 わかってはいても、本心が求めるものは違っていて。


「……また、付き合ってくれるかな」


 誰にも聞こえないほどの小さな声で、雫はそっと呟く。

 車内から窓の外を眺めると、街の夜景がいつもより眩しく見えた。