君のガチ恋距離にいてもいいよね? ~クラスの人気アイドルと気ままな息抜きはじめました~
第六話 姫野雫は愛されている
それは昼休みに起こった。
教室で灯也が修一と昼ご飯を食べている最中、後ろの戸が勢いよく開け放たれる。
「ねえトーヤ、ちょっと付き合いなさいよ」
急に現れて不機嫌面で告げてきたのは、隣のクラスの金井夏希という女子生徒だ。
栗色のミディアムヘアをサイドテールにした派手めな容姿をしており、軽音楽部に所属しているバンド女子である。
彼女は灯也と同じ中学出身ということもあって、そこそこに親交のある相手なのだが、ここ最近は関わる機会も少なくなっていたはずだ。
ゆえに、灯也は何事かと顔をしかめる。
「いきなりなんだよ。今は昼飯中なんだけど」
「そんなに時間は取らないから」
「って、言われてもな……」
渋る灯也を冷やかすように、同じ机で弁当を広げていた修一が小突いてくる。
「行ってやれよ~、灯也にもようやく春が来るかもしれないだろ?」
「あのなぁ……」
「向井は黙ってろ。ていうか滅びろ」
さらに不機嫌度合いを増した夏希に一喝され、修一はしゅんと萎縮してしまう。
教室の空気も何事かと騒がしくなっていたので、灯也は観念して席を立った。
「わかった、ちょっとだけだぞ」
「…………」
無言で教室を出ていく夏希に続いて、灯也も教室を後にする。
出る間際、こちらを不思議そうに見つめる雫と目が合った。
「おい、どこまで行くつもりなんだ?」
ずんずんと廊下を進んでいく夏希の後を追いかけながら、灯也は面倒そうに声をかける。
だが夏希は答えるつもりがないらしく、その歩みは止まらない。
生徒たちの教室が並ぶ廊下とは反対側の、文化部の部室や各科目で使う特別教室が並ぶ辺りで、夏希はようやく足を止めて振り返った。
「この辺りでいいわね」
「わざわざこっちまで来る必要があったのか?」
「あんまり他人に聞かれない方がいい話だからね」
面倒そうにする灯也に向けて、夏希はわざわざ咳払いをしてから言う。
「あんたさ、最近姫野さんと仲が良いみたいじゃない」
「は?」
夏希の口から飛び出したのは予想外な言葉で、灯也は頭の上に疑問符を浮かべていた。
「だからっ、その、姫野さんの……」
言いづらそうに口をつぐむ夏希。
その態度を見て、灯也は内容に見当が付いた。
「あ~、勘違いするなよ、俺たちはべつに付き合ってるとかじゃないから」
「は?」
次に疑問符を浮かべたのは夏希だった。
なぜだかその顔は、どうにも怒っているように見える。
「あれ? そういう話じゃないのか?」
「ぜんっぜん違うから! 姫野さんは現世に舞い降りたトップアイドルよ? 同年代の男子なんかと付き合うわけないじゃない!」
「はあ……? じゃあ、なんだって言うんだよ」
その物言いに引っ掛かりを覚えながらも灯也が尋ねると、夏希はもじもじとしながら言う。
「だから、その……トーヤも姫野さんのファンなの? って聞きたかったわけで……」
なるほど、そういうことかと納得する。
この物言いだと夏希は雫のファンで、最近仲良くなった灯也が同種かどうか確認しに来たのだろう。
つまり、ここで灯也が答えるべきなのは――
「いや、俺は姫野のファンってわけじゃないぞ」
素直に事実だけを告げると、夏希はぽかんと呆けてみせた。
それから夏希は目元をひくつかせ始め、苛立ちを露わにしながら尋ねてくる。
「じゃ、じゃあ、どうしてトーヤが姫野さんの近くにいるわけ? この前、放課後に一緒にいるところを見たって子がいるのよ」
「そりゃあ、俺たちが友達だからだろ」
「――ッ!」
灯也は雫との関係を『友達』と口にしたことで、妙にしっくりきた心地になっていた。
対する夏希は驚いた様子で固まっているので、灯也はため息交じりに言う。
「じゃ、用件は済んだみたいだし、俺はそろそろ行くよ。金井は話が長いから、放っておくと休み時間がなくなっちゃうしな」
「ちょっと待ちなさい」
肩をがしっと掴まれて、灯也は立ち止まる。
「なんだよ、まだ何かあるのか?」
「あんた、姫野さんの近くにいるのにファンじゃないとか正気?」
「正気も正気だ。何かおかしいか?」
「おかしいでしょ! あんな美少女すぎるアイドルのそばにいて、ファンにならないなんてどうかしてる!」
廊下に響き渡るほどの大声で言い切った夏希を前にして、今度は灯也がぽかんと呆けてしまった。
これはあれだ。にわかでミーハーの修一なんかとは違い、ガチのやつだろう。
ガチのアイドルオタク――『ドルオタ』というやつに違いない。
ようやく事態に合点がいった灯也は、わざとらしく頭を抱えながら言ってやる。
「金井の気持ちはよくわかった。でも誰もが自分と同じ価値観だと思うのは間違っているぞ」
「いやいや、あり得ないから。じゃあ何? あんたは純粋にただの友達として、あのトップアイドル・姫野雫ちゃんのそばにいるってわけ?」
とうとうフルネームに『ちゃん』付けときた。
去年の中頃まではこんな感じじゃなかったはずだが、一体この数ヶ月の間に何があったのだろうか。
こういうのは取り繕っても仕方がないので、灯也は素直に自分の気持ちを伝える。
「その通りだよ、悪いか? 俺はアイドル・姫野雫には興味ないけど、同級生の姫野とは友達なんだ。それ以上でもそれ以下でもないし、誰かに文句を言われる筋合いもないぞ」
多少強気になって灯也が告げると、夏希は虚を衝かれたように固まってしまう。
だがそれも数瞬のことで、気を取り直した夏希は人差し指を立ててみせた。
「わかった、あんたが姫野さんの友達だってことは理解したよ。その上で納得いかないけど、ファンじゃないってことも」
「ああ」
「なら、うちにチャンスをちょうだい」
「チャンス?」
「そう、あんたをアイドル・姫野雫ちゃんのファンにするチャンスよ。見方によっては友達の良いところを知るだけだし、そっちにだってメリットはあるはずでしょ」
言っていることには一理ある……ような気がする。あくまで気がするだけで、勢いに押されているだけのようにも思えるが。
でも、昔から夏希はこうと決めたらなかなか折れないタイプだ。食い下がるだけ時間の無駄かもしれない。
そう判断した灯也は、渋々ながら頷いてみせた。
「べつにいいけど、俺だってそこまで暇じゃないからな?」
「帰宅部のくせに何を今さら。――まずね、シズクちゃんが所属するグループ《プリンシア》のライブ映像のブルーレイを貸してあげるから、家で見てくること。あとはこの場で説明できることと言えば、軽くプロフィールを紹介したり、うちの画像コレクションをあんたに見せてあげることとかよね」
「あんまりディープなやつは求めていないんだが……」
すでにアクセルをフルスロットルで回す夏希を前に、灯也は嫌な予感がしつつも勢いに呑まれてしまう。
困惑する灯也に構わず、夏希はスマホをいじりながらぐいぐい詰め寄ってきて、アイドル・姫野雫の話題をまくし立てるように続ける。
「これ見て。去年のなりたい顔ランキングのティーンズ部門で一位を取ったときに使われた宣材写真なんだけど、透明感と色気のバランスが絶妙すぎて、とにかくやばいっしょ! うちなんか同じ女子高生とは思えなかったし! あとはシズクちゃんが【女神すぎる美少女】と呼ばれる所以になった動画なんだけど~――」
そこから昼休み終了の予鈴が鳴るまで、みっちりマシンガントークで語られ尽くした。
最近は部活とオタ活の両立で生き生きとしている夏希だが、疎遠だった灯也と共通の話題が見つかって嬉しいようだった。
そもそも灯也と夏希が疎遠になったのは、灯也が部活をやめたことがきっかけだ。
夏希は中学時代から灯也の部活動を応援してくれていただけに、やめた灯也は合わせる顔がなくて、それを気遣う夏希とは自然と距離が生まれていた。
だから灯也としては、夏希に引け目のようなものがあるのだが……今回の件で、なんだかまた昔みたいに話せた気がしている。
とはいえ、ここまで一方的に趣味の話を押しつけられるとは思っていなかったし、教室に戻る頃には満身創痍の気分だったが。
教室では修一に冷やかされたりもしたが、灯也は相手をする余裕もなく。
こちらを一瞥もしない雫の方を気にしつつも、灯也は午後の授業の開始を待った。