君のガチ恋距離にいてもいいよね? ~クラスの人気アイドルと気ままな息抜きはじめました~

第八話 小さなすれ違い

 予想とは異なり、週明けからの学校では特に何も起こらなかった。

 いつものように大勢から囲まれる雫と、数少ない友人と話すだけの灯也。隣のクラスからの来訪者もなく、至って平穏といえばそこまでの日常が続いていく。

 なので、数日も経てば灯也は考えを改めていた。

 先日のライブイベントに灯也が無断で参加した件について、雫は特に気にしていないのだと。

 自分が気にしすぎていただけだと判断した灯也は、何事もなく日々を過ごすことにしたのだが。


「――ご来店ありがとうございます」


 午後七時過ぎ。灯也がカラオケ店で受付をしているところに、雫がやってきた。

 私服のパーカーとキャップ帽、それに伊達眼鏡を合わせた変装状態なので、ひとまず灯也は普通に応対する。


「こちらにご記入ください」

「どうも。――記入終わりました」

「ドリンクはいかがなさいますか?」

「ドリンクバーで」

「かしこまり――と、お客様。利用人数の欄が『二名』となっておりますが、お連れ様がいらっしゃるのでしょうか?」


 雫に連れがいるようには見えないし、不思議に思った灯也が尋ねると、雫は眼鏡をずらしながら笑顔で言う。


「店員さん、バイトって何時に終わります? 終わったら一緒に歌いましょうよ」


 なんだろう、凄まじい圧を感じる。

 笑顔なのに怖い。声は淡々としているのに、有無を言わさぬ感じだ。それになぜだか敬語なのも引っかかる。

 そこで灯也は直感的に察する――彼女はライブの件を忘れてなんかいない、と。

 この店舗は、バイト店員がシフト外でサービスを利用することを禁止していないので、勤務が終わった後に雫の個室を訪れるのは可能だ。

 しかも運が良いのか悪いのか、今日はスタッフの数が十全ということもあって、午後八時には勤務終了予定ときた。

 灯也の気分的には同席を避けたいところだが、彼女の圧はそれを許さない気迫があり……。


「八時には、終わります……」

「じゃ、あと三十分ちょいですね。部屋は二時間で取ってあるので、お先に歌ってまーす」


 どうして客の雫までもが敬語なのかは不明だが、上機嫌になったように見えたので、下手な刺激はしないようにした。


 午後八時過ぎ。

 バイトを上がった灯也は、学校の制服に着替えてから雫が利用中の個室に向かう。

 二〇三号室――以前のような一人用の角部屋ではなく、それなりに広い二人用の個室だ。

 個室の前に到着したところで、灯也は深呼吸をする。

 また雫が叫んでいたらどうしようかと身構えながら、扉を開けたのだが――


「――僕はただ~、愛されたかったんだ~♪」


 低音のハスキーボイスが響いてきて、灯也は全身に鳥肌を立たせた。

 当然だが、歌っているのは雫だ。

 灯也はすぐさま扉を閉めて、テーブルを挟んだ向かいに座る。

 その間も雫は歌に集中している様子で、画面から視線を外すことはなかった。

 真っ暗な室内をモニターの映像だけが照らし、歌姫となった雫の横顔は淡く光っている。

 流れているのは、最近流行りの女性シンガーの曲だ。雫が歌うとひと味違う曲調に聞こえるから不思議だった。

 先日のライブイベントでキュートなアイドルソングを歌っていた少女と、同一人物には思えない歌声である。一体、どれだけ音域が広いのだろうか。

 曲が終わるまでの間、雫は集中力を切らすことなく歌い続ける。

 全てを歌い終えたところで、灯也は自然と拍手を送っていた。


「すごいな、鳥肌が立ったよ」

「あはは、ありがと」


 気のせいか、雫は頬を微かに赤くしている。もしかして、照れているのだろうか。


「バイトおつかれ。とりあえず食べて」


 雫はテーブルに並んだピザやポテトなどの揚げ物類を灯也の方へと勧めてくる。


「たくさん頼んだな。フードメニューっていつも注文してたっけ?」

「ううん、今日はとくべつ。全部瀬崎くんのために頼んだから」

「そういうことなら、遠慮なくいただくよ」

「どうぞどうぞ」


 なんだかお互いに気まずくなって、灯也は無心でポテトを頬張る。

 その間に雫はホワイトウォーターを飲んだことで、気持ちが落ち着いたようだ。


「ねぇ、瀬崎くん。この前のライブに来てたよね?」


 ギクッ、としつつも灯也は「はい」と答える。

 雫は視線を逸らしたまま、ソファにもたれかかって足を組んだ。


「しかも、女の子と一緒だった。驚いたよ、アイドルのライブに彼女連れで参加とかやるじゃん」

「いや、あれはそういうのじゃなくてだな……!」

「へー、言い訳するんだ?」


 いつの間にか、雫は不機嫌な様子だ。

 灯也は状況に混乱しつつも、気まずさから再びポテトに手を伸ばそうとしたところで、


「そもそも、瀬崎くんはアイドルに興味なかったはずだよね? だから私は、ライブにだって来ないと思ってたのに」


 まるで詰問するように、雫がむくれっ面で尋ねてくる。

 もしかすると、雫の本題はこちらの方だったのかもしれない。ここは灯也も慎重に答えようと決める。


「嘘はついてないつもりだぞ。さっきの話にも繋がるけど、ライブにはキャンセル相手の代わりに連れて行かれただけなんだよ」

「ふーん。その割には楽しんでいたように見えたけど?」

「良い経験にはなったよ。会場はすごい熱気だったしな」

「でしょうね」

「というか、あのとき姫野だってグーサインを送ってくれたじゃないか。あれは歓迎しないまでも、『まあ許す』的な意味合いがあるのかと思ったんだが」

「あ、あれはっ、その、咄嗟に出てしまっただけというか……。パニクったのも含めて、私なりの反省点だから、これ以上掘り下げるのは禁止」

「じゃあ、この話は終わりだな」

「終わらせるかっ。こっちはまだまだ聞き足りないってば!」


 興奮ぎみの雫がテーブルに身を乗り出したところで、灯也は落ち着くよう両手で促す。


「ひとまず、その……悪かったよ。姫野に断りもなく、勝手にライブに参加したりして」

「元々、私の許可とか必要ないでしょ」

「その割には怒っているような気がするんだが」

「怒ってない」

「さようですか……」


 ぶすっとした物言いはどう考えても怒っているように受け取れるが、ここで食い下がってもいいことはない気がしたので、大人しく灯也の方が折れておく。


「でも、姫野ってほんとに歌が上手いんだな。ライブのときみたいなアイドルソングだけじゃなくて、さっきみたいな低音の曲もいけるなんてびっくりしたぞ」

「いや、それはもういいから」


 雫は再び照れぎみに俯く。どうやら本当に恥ずかしいらしい。


「なんだ、照れるなんて意外だな」

「こっち方面の歌は、あんまり他人に聞かせたりしないから。ましてやカラオケでなんて初めてだし、思いのほか恥ずかしくて自分でもびっくりしてる」

「はは、可愛いところもあるじゃないか」

「うっさい」


 雫はふてくされた様子でジト目を向けてきて、灯也は悪い悪いと謝罪をしておく。


「けどさ、今日はこういう歌を聞かせるために俺を呼んだんじゃないのか?」


 カラオケ中に呼び出したのはそういう理由があってのことだと思ったのだが、雫は気だるそうに首を左右に振る。


「普通に考えて、ライブの件を問い質すために決まってるじゃん」

「俺も最初はそう思ったけど、結構日にちも経ってるし、そのことなら学校で声をかければよかったじゃないか」


 雫は苛立たしげに足を組み替えて、ため息交じりに言う。


「そっちから報告をしてくるかと思って待ってたんだよ。でも、瀬崎くんってば何も言ってこないし」

「あぁ、そういうことか……」


 つまりは互いに意識し合っていたが、待ちの姿勢が重なったというわけだ。

 おかしなすれ違いをしていたと知って、灯也は自然と微笑んだ。


「なに笑ってるの? 彼女ができて浮かれてるとか?」

「いやだから、彼女とかじゃないって。あいつはD組の金井だよ。同じ中学の出身なんだ」

「あー、瀬崎くんのことを下の名前で呼んでいた子か」

「聞かれていたか……」

「聞かれて当前。教室であんなにはしゃいでいればね」


 ちょいちょい言葉の端々に棘を感じるのは気のせいだろうか。

 ともかく、未だに誤解をされているようなので弁明しておく。


「あいつは姫野のファンなんだとさ。さっきも言ったけど、ライブへ一緒に行く予定だった子が不参加になっちゃったから、急遽俺を誘ってきたってわけだ」

「なんで瀬崎くんを?」

「それは、まあ……俺が最近姫野と一緒にいることがあるから、ファンになったと思ったらしいけど」

「いや、自分で言うのもなんだけどさ、校内に私のファンって他にもいるでしょ。それこそ、女の子にだってたくさん」

「言われてみれば……」

「それに金井さんってたしか、軽音部に入ってるよね? あそこって女子の部員も多いし、同じ中学出身ってだけで、わざわざ男子の瀬崎くんに声をかけるのは謎なんだけど」

「まあ、確かにな……」


 やけに雫はぐいぐい来る。それに『やっぱりあんたらデキてるんじゃないの?』的な視線を感じるが、そんな風に疑われても灯也は困ってしまう。

 あとは雫に説明していないことと言えば、中学時代から夏希は灯也の部活を応援してくれていたことぐらいだが……これは気軽に話すのも違う気がしたので、灯也は口に出さなかった。


「べつにいいけどね、瀬崎くんが誰と付き合おうが」

「だから、違うって言ってるだろ。べつにいいなら機嫌を直してくれよ」


 げんなりする灯也を見たからか、雫は少し冷静になった様子で頷いた。


「ちなみにだけど、瀬崎くんはなった? 私のファンに」

「…………なんというか……その……」

「あははっ、生ライブに参加してもファンにならなかったんだ。瀬崎くんも強情だな~」


 どうしてだか、雫は嬉しそうに笑う。

 てっきりさらに機嫌を損ねるかと思ったが、雫は愉快そうにマイクを差し出してきた。


「じゃあ、なんか歌ってよ。そしたら私の機嫌も直るかもよ?」

「どうしてそうなる」

「あれ? もしかして瀬崎くんって、カラオケでバイトをしてるのに、人前だと恥ずかしくて歌えないタイプ?」

「安い挑発だな。俺がこのカラオケ店でバイトをしているのは、単純に労働条件が合っていたからだけど、いいさ。そこまで言うのなら歌ってやる」


 元から灯也だって、部屋代を払うのに歌わないつもりなんかサラサラなかった。

 これでいけ好かないクラスメイトの機嫌が直るのなら、お安い御用である。


「いぇーい、じゃあ《プリンシア》の曲歌ってー」

「それは無茶振りだろ!?」


 というわけで、灯也は得意のメジャーソングを歌ってみせた。

 すると、前言通りに雫の機嫌は直ったようで、二人はそれから遠慮なく歌いまくった。


 歌い始めて一時間ほどが経過した頃。


「ね、そろそろ出ない?」


 まだ部屋の利用時間は残っているはずだが、雫がそんなことを言い出した。


「まだ時間はあるけど、いいのか?」

「うん。それよりこの後、ちょっと寄りたいところがあって。よかったらもう少し、瀬崎くんも付き合ってくれない?」

「べつにいいけど」

「ありがと。じゃ、会計済ませちゃお」


 そうして店を出てから、雫の後に続いて連れてこられたのは――


「うわ、この時間にゲーセンかよ」


 灯也が顔をしかめる通り、駅前のゲームセンターだった。

 隣ですでにワクワクしている様子の雫は、『何か問題でも?』と言わんばかりに小首を傾げてみせる。


「この時間のゲーセンは治安が悪そうっていうのと、うちの学校の連中がいるかもっていう、懸念のダブルパンチがあるよな」

「治安の方は、瀬崎くんがいるから平気でしょ。同じ学校の人と遭遇するのは注意しないとだけど」

「俺は用心棒の代わりかよ……。頼りにされるのは悪い気がしないけど、あんまり過度に期待をされるのもな」

「元運動部だし、身長はそれなりにあるじゃん。いざとなったら私は逃げるから」

「ったく、いいけどさ。でもそんなに入りたいのか?」

「こういうところって滅多に来ないから。ちょっとだけでも入りたいなって」

「ま、長居するだけの時間もないし、パッと入ってサッと出ますか」

「さすがは瀬崎くんだー」

「褒め方がテキトーだなー」


 というわけで、さっそく店内に入る。

 雫は前言通り、こういうところに来る機会は滅多にないのか、店内に入るなりきょろきょろと物珍しそうに辺りを見回していた。

 その姿はどこか新鮮で、見守る灯也も生温かい視線を向けてしまう。


「やっぱり賑やかだね~」

「で、何をやる?」

「あの車のやつ」

「言いかた小学生かよ……まずは小銭を作らないとな」


 両替機で千円札を崩してから、二人でカーレースゲームの座椅子に腰かける。


「ジュースを一本賭けようよ。私は負けないから」

「初挑戦なのにいいのか? 賭けなんかしたら、俺も手加減はできなくなるけど」

「望むところだよ」


 というわけで、本気のゲームスタート。

 序盤から灯也は慣れたハンドル操作で車体を自在に操る中、雫は壁に激突しまくる有り様で、まさに初心者丸出しだった。


「やっぱりこういうのもやったことがないんだな」

「家庭用ゲーム機ならさすがにあるけどね。とりあえず、一戦目は捨てる」

「え、何本勝負のつもりだよ」

「三本勝負」

「へいへい」


 時間が経過するごとに、雫の技術は目に見えて上達していく。

 最初は壁に激突しまくるだけで、最弱設定のCPU相手にも遅れを取る有り様だったのだが、二レース目に入る頃にはドリフト走行を完全にマスターしていた。

 ゲーセン用の座椅子だけあって、本物の運転席とは異なるのだが、雫が座って操作するだけでかっこよく見えるのが不思議だった。

 そうしてカーレースの三本勝負は終わり、結果は……


「私の勝ちー。三戦二勝」

「あり得ねえ。このゲーム、俺が年末にどれだけ修一とやり込んだと思ってるんだよ」

「あ、ずるい。その情報は初耳なんだけど」

「うっ……つ、次は、どうする?」

「ま、いいか。次は格ゲー。その次はシューティングゲームで、クレーンゲームを挟んで、最後はプリクラ……はちょっとまずいか」

「そんなにどれもやる時間はないぞ? あと、プリクラは時間とか関係なくNGだ」


 主に恥ずかしさから灯也は拒否してみせたのだが、雫は文句も言わずに頷いてみせる。


「私もそういう、形に残るタイプはまずいから。一応ね」

「お、おう」

「ていうか、時間的に一個が限界だね。それじゃ、クレーンゲームがいいな」

「よし、やるか」


 クレーンゲームコーナーに入り、良さそうな景品を物色。時間帯が遅いおかげか、どの筐体も空いているので、すぐに狙いは定まった。

 狙うは、巷で人気の癒やし系キャラクターのぬいぐるみだ。


「まずは私からね」


 意気揚々と雫がコインを投入し、操作ボタンを押す。

 遠近感に苦戦しながらも、雫なりに納得のいった角度を狙うが――


「――あ、ダメだ」


 アームはぬいぐるみを持ち上げることすら叶わず、ただの空振りとなってしまった。

 その後も何度か挑戦したが、まともに位置を動かすこともできずに失敗となる。


「もうギブ。このアーム弱すぎない?」


 悪態をつく雫と入れ替わる形で、灯也がコインを用意する。


「こういうのはな、コツがいるんだよ」


 と偉そうに言いながら、続いて灯也が挑戦することに。

 ここは格好良く取ってプレゼントする、というのが理想的だったが、


「よし、いけっ――……ダメか~。やっぱアームが弱いな」


 タグに引っかける作戦で挑んだのだが、あえなく失敗。

 狙い通りに引っかかりはしたものの、さらに位置を悪くしただけで終了となった。


「くぅ~っ。店員さんに頼んで、景品をもう少し簡単な位置に移動してもらうって手もあるが、どうする?」

「いや、いいよ。そこまでしなくても」


 雫は少し残念そうにしていたが、これ以上は野暮というものだろう。


「悪いな。あれ、欲しかったんだろ?」

「え? 私は瀬崎くんにプレゼントするつもりだったけど」

「あ~、なるほど。それじゃ、お互い楽しめただけでよしとするか」

「だねー」


 二人はどことなくほっこりしながらも、クレーンゲームコーナーを出たところで、


「あれ? トーヤじゃない」


 その聞き覚えのある声に、灯也は肩をビクつかせる。

 振り返ると、そこにはやはり夏希がいた。その後ろには、軽音部でバンドを組んでいるという二人の女子生徒がいる。


「お、おう、偶然だな……」


 これはまずいと思って隣をチラ見するが、すでに誰の姿もなく。

 遠くの方にそそくさと離れていく雫の後ろ姿が見えて、灯也は安堵するのと同時に苦笑した。


「さっき一瞬、トーヤが彼女連れなのかと思ったけど、ただ同じタイミングで出てきただけだったのね」

「はは、彼女ができていたらとっくに自慢してるって」

「そうよね! うんうん、まったく残念な男ね!」


 なぜだか夏希はテンション高めだが、後ろの二人は灯也のことを観察するような目で見つめてきている。

 これはあれだ。理由はわからないが、真偽を探ろうとしている目である。

 ほんの少しでも後ろめたい理由がある灯也は、居心地の悪さから早期撤退を図ることに。


「んじゃ、俺はそろそろ帰るわ。もう割と遅い時間だし、そっちもぼちぼち帰るんだぞ」

「あ、うん。……なんだ、欲しい景品があるならまた前みたいに取ってあげたのに」


 ぼそりと呟いた夏希の言葉は灯也の耳にも届いていたが、今は早々にこの場を去ることを優先した。

 店を出ると、自販機の前でくつろぐ雫の姿を見つける。

 その手には缶コーヒーが握られており、灯也はふと思い立って財布を取り出した。


「ほい、コーヒー代」


 カーレースゲームに負けた分の支払いを今済ませたようとしたのだが、雫からはため息をつかれてしまった。


「こういうのって、次に話すきっかけになると思うんだけど?」

「それはわかってるけど、姫野とはきっかけなんてなくても話せるかと思ってさ」

「へー、言うじゃん」


 雫は愉快そうに言ってから、小銭を受け取る。

 それをポケットにしまってから一気に缶コーヒーを飲み干して、空き缶をゴミ箱に捨てた。


「じゃ、帰るね。今日はありがと」

「ああ。最後は肝が冷えたけど、楽しかったよ」

「それはこっちも同じ。やっぱり地元のゲーセンは私向きじゃないって思ったわ。バイバイ」


 雫は苦笑しながら言うと、背中を向けて歩き出す。

 けれど、数歩進んだところで立ち止まったかと思えば、


「あの金井って子、ほんとに彼女じゃなかったんだね」

「へ? だからそう言っただろ」

「ふふ、だよね。おやすみ」


 今度こそ、雫は手をひらひらと掲げながら帰っていく。

 灯也はその背を見送りながら、やれやれと肩を竦めるのだった。