バッカーノ! The Rolling Bootlegs

『エピローグ…1』 ③

 重力に逆らって液体が動くのも、傷口があっという間にふさがってしまうのも、CGの方がれいなのではないかと思えるほど陳腐なものに見える。それが逆に不気味だった。

 店内に…いや、この世界で起こった異常事態に気がついているのは私だけなのだろうかと思えた。少しクラシックな雰囲気を持つ店内で、今、一人の男が物理法則をじ曲げてしまった。にもかかわらず、客も店員もこちらの方に目を向けてすらいなかった。

 少し考えて、私は言った。目の前にいる……何者かに対して。

 おれを殺す気か? と。

 すると男は、すこしキョトンとした顔をしてから、再びニッコリと笑った。


「その反応は初めてですね……今までこれを見せた人の中には、じゆうをつきつけてくる人や、いきなりじゆうを発砲する人なんてのもいましたけど……ああ、もちろん後者の方は警察に連れて行かれてましたが。いやいや、可哀かわいそうな事をしました。そういえば、ナイフを出した時点で逃げた人もいましたね」


 当たり前だ。


「……、私が貴方あなたを殺すと?」


 ばけものだと思ったからだ。私は正直に答えた。それから化物扱いして悪かったとびると同時に、本物にしろトリックにしろ、人を驚かせるのはめた方がいいとも言ってやった。


「………貴方は珍しいタイプの人ですね。こんなに落ちついた人は始めてですよ」


 落ちついているというよりも、どんかんと言った方がいいかもしれない。他人によく言われるが、どうも私は北海道でひぐまに食われかけて以来、そのショックで恐怖という感情が欠落してしまったようだ。戦場カメラマンになったらどうかと言われたが、戦場を渡る知識が無いので確実に死ぬだろう。私は死にたいわけでは無かったので、相変わらず動物カメラマンのままだ。

 それを言うと、男はたのしそうにこちらの目を見つめてくる。


「…貴方は本当に面白い人だ。そうだ、せっかくですから、私の昔話を聞いてみる気はありませんか? このろうの力を得た時の話と、それにまつわるすうな物語を……時間をつぶすにはちよう良いと思いますが?」


 確かに興味深い話だが…初対面の私なんかが聞いていいものなのだろうか?


「構いませんよ。どうせ貴方が他人に話したところで、誰も信じはしないでしょうし」


 私は彼に、宗教とは関係無いだろうな、と念を押した。目の前に不老不死の人間がいるのに何を落ちついているのだろう。今思うと自分はあまりにも間抜けだったようだ。


「ああ、ご安心を。そんなのとは関係ありません。本当にただのひまつぶしなんですから。…まあ、この話には『悪魔』が一人でてきますがね」


 カモッラの『出納係コンタユオーロ』と名乗った男、そしてどうやらろうらしいその男は、ウェイトレスに料理を注文すると、ゆっくりと『伝説』を語り始めた。


「…それでは、始めましょうか…悪魔の酒を飲み、不死を得てしまった男。そのあわれな男の辿たどる孤独な孤独な物語。舞台は禁酒法の時代のニューヨーク。突如として現れた『不死の酒』を巡る数奇な運命、それに取り込まれた人々のせんの物語を…………」