バッカーノ! The Rolling Bootlegs

『1日目』 ③

 少年がどうやってこいつを追っ払おうかと考えていると、再び自分を呼ぶ声が。エドワードの時とは正反対の、優しく、落ちついた声。


「フィーロ、こんな所にいたんですか」


 先ほどエドワードが現れた場所、大通りとの境目に立っていたのは、眼鏡めがねをかけた長身のやさおとこであった。大通りかられる光を浴びて、くり色の髪が金のように輝いている。一見エドワードと同じぐらいのねんれいとも受け取れるが、その男の持つぼやけた雰囲気が、彼を年齢しようたらしめている。


「ここのぼう屋で待ち合わせって話でしたよね? 来ないんで心配していたら、外の方から貴方あなたの声がしたものですから」


 何がうれしいのか、驚くほどにこやかな笑みを浮かべている。

 しかしその笑い顔が見えると、入れ替わりにエドワードのこうまんちきな笑みが消え去った。


「お前は……」

「マイザーさん! あ…すみません、ちょっとゴタゴタに巻き込まれてしまったもので…」


 フィーロの態度が、警部補であるエドワードに対する時と正反対のものとなる。あわててえりもとをただし、ねこ気味だった背筋も今はしっかりと伸びている。

 一方エドワードはにがむしつぶしたような顔をして、葉巻を赤れんに押しつけた。


「マイザー・アヴァーロ……これはこれは、『マルティージョ・ファミリー』の『出納係コンタユオーロ』に、こんな所でお目にかかれるとはな……」


 緊張を含んだエドワードの声に対し、マイザーは気の抜けるような笑顔であいさつを返した。


「えーと……あぁ、エドワード警部補殿ではありませんか。今日はまた一段と機嫌がうるわしいようで」


 明らかに不機嫌な男に対して随分といやな挨拶を行うが、その寿がおのためか、エドワードはあまり皮肉を言われているように感じなかった。


「……ふん…流石さすがにガキとは違って、まともな挨拶ぐらいはできるようだな」

「いえいえ。今のうちでないと『警部補殿』とは言えませんからね」

「……?」

「来週頃からは、エドワード『捜査官殿』になるらしいじゃないですか」


 それを聞いた警部補の目は大きく見開かれ、数回口をぱくつかせた後に返事を返す。


「な…んのことだ…」

「おや、私のかん違いですかね? なに、町のさいうわさ話ですよ」


 エドワードの目がにくにくしげに見開かれた。確かに自分は来週から捜査局(五年後に連邦捜査局…FBIと改名)の研修期間に入る。恋人や同僚にすら知らせていない事を、…よりによって一番知られてはならない種類の人間がつかんでいるのだ。

 若い警部補は情報のろうえいもとを探る決意をすると共に、自分自身への気まずさから、フィーロに目線を戻す事にした。


「…ともあれだフィーロ、よく覚えておけ。今更お前が誰かに金を恵んだところで、周りにはぜんとしか受け取られないぞ。な事はやめてとっととこの町から消えるか、刑務所に入るかくを決めておくんだな」


 突然話を振られたフィーロは、一瞬まどったが、やがてめんどうくさそうに答えた。


「知るか。ポーズだろうが自己満足だろうが、おれきんした分を受け取るやつにとっちゃ同じだろうが。俺のその偽善とやらで、一体の誰に迷惑がかかる?」

「お前のかせいだよごれた金で、誰もが喜ぶと思うなよ」

「…そういう意味では、共同募金とか慈善団体への寄付ってえのは良くできたシステムだよな。どんな金が誰の元に回ったのか、確認しようがない」


 フィーロは、『汚れた金』という部分を特に否定しなかった。


「もっとも、普段は寄付なんかしないがな」

「またそれか……今日はお前にとって何だってんだ?」


 エドワードが尋ねたところで、マイザーが割って入った。


「フィーロ、そろそろ行きましょう。…もうよろしいですかね、警部補殿?」

「……あ、ああ……」

「あ…すいませんマイザーさん、お待たせしちゃって」


 その場を去ろうとする二人の背を見て、若い警部補は考えた。

 組織の有能な若者と、幹部の上役の一人。特別な日。

 ある事を思いつき、少年の背中に声をかけた。


「フィーロ、お前まさか……」


 少年の歩みが止まる。背は向こう…大通りの方に向けたままだ。


「…まさか…幹部か? …昇進するのか? 『わかしゆう』のお前が」


 まゆをひそめながら、自分の言葉を疑うように尋ねる。

 自分もこの町に住んで長い。フィーロが『組織』の中で有能であった事は認めるが、幹部に昇進するには若すぎる。までまだ1年半も残し、外見はそれよりも更に3~4さいは若く見える『少年』が、弱小とはいえ社会の裏側の…いや例え表側だとしても、一つの組織の幹部になるなどとは考えられなかった。

 しかし、幹部になるには特別な儀式があると聞いた事があった。そして、普段決して目にする事の無い大幹部と、ぼう屋で待ち合わせをしていたという事。……『特別な日』、対象の人物が必ず帽子屋もしくは服屋に立ち寄っているということもわかっている。解ったからといってどうする事も出来ないが、組織においてどの人間が幹部なのかを知るいい目安にはなっていた。


「なあ…そうなのか?」


 少年は答えない。しかし否定もしない。黙ったまま再び歩き出そうとする。

 エドワードはその態度を肯定と受け取った。酒場でホラ話を聞いた時のようなあきれた笑いを浮かべると、念を押すようにまくし立てた。


「本当か? 本当に幹部になるのか? お前が? お前みたいなガキがか? じようだんだよな? おいおい…早く否定してくれよ、笑っちまうじゃねえか。じゃあ、なにか、お前らの組織ってのはそれほどに人手不足なのかよ?」


 二人は無視して歩き出す。それに構わず、エドワードが笑いながら続ける。


「それともなんだ、女みてえな顔だと思ってたけどよ……………一体何人の幹部と寝れば、そんなに手際良く出世できるんだ?」


 足が静かに止まる。

 少しおどしつけるべきか、フィーロは腰のナイフに意識を移した。


「警部補殿」


 しかし、先に振り返っていたのはマイザーの方だった。

 あくまでにこやかな顔のままで、警部補に向かって淡々と告げる。


「それ以上は、我々へのじよくと受け取ります」


 エドワードの笑いがこおりつく。あざけりの声もそれ以上は出てこなかった。

 マイザーはじゆんぼくな笑顔のままで、言葉づかいも先刻とは何ら変わりは無い。

 しかしこのあわれな警部補は気がついてしまった。


(殺される)


 何か一言でも『組織』やフィーロに関する単語を口にした途端、自分は目の前の男に殺されるだろう。相手の声の奥にある冷淡な感情を感じ、そう確信できた。

 何がそう思わせるかといえば、あの目だ。目の奥から、何か得体の知れないものが入り込んで来るような……そんな恐ろしい何かを感じさせるのだ。

 エドワードが口を閉じ、あぶらあせを流し始めたのを確認すると、マイザーはフィーロの肩に手を置きながら言葉を続けた。


「……確かに、我々はの組織かもしれませんが……」


 一瞬間を置いて、


「せいぜい、毒にやられないようにお気をつけて……」


 くそったれが、やっぱり立ち聞きしてやがったのか。

 エドワードはそう思ったが、口にまでは出すことが出来なかった。脂汗の感触が、背中にまで感じられ始める。

 いまだに警部補をにらみ続けるフィーロの肩を、そのままポンポンと二度たたくと、マイザーは何事も無かったかのように大通りの方に足を踏み出した。つられるように、フィーロの足も大通りへと向かった。