マグダラで眠れ

序幕 ②

 二人が揃って声を上げ、からかわれたとふんげきするしゆんかんだ。


「翌日の朝、俺がそいつのしんしつに行くまではな。そいつはがただれ、顔は真っ黒になり、手をこんなふうに曲げて、焼死体のようだった。たまげたね。古代のアリオロス大王暗殺の伝説は本当だった。それが、これだ」


 クースラはびんをもう一度る。


「これのいいところは、食ったその瞬間に死なないことだ。時間差がある。つまり、あんたらは疑われないってことだ。しかも、死体はおそろしくみにくくなる。それこそ、神に見放されたほどにな。だから、これはてんばつちがいないとみなが思う。よもやこんな小瓶に入る、わずかの粉が原因だとは思わない。なあ、あんたら」


 じっと聞き入る二人に、クースラはみを強めて言った。


「この粉と引きえに、ここを開けてはくれないだろうか?」


 時刻は深夜を回り、太陽はしずんで久しく、神のしもべですらねむり、見張る者はほかだれ一人としていない。二人は、クースラのことを取りかれたようにじっと見る。このくそみたいな世の中で、殺したいほどにくい人間がいないやつなど、存在するはずがない。


「……」


 看守の二人は、この寒い中、したたるほどのあせをかき、固まっていた。

 しかし、その目はたがいに互いの罪を許そうとするような色がある。

 クースラがくすくすと笑い、看守のこしげられたかぎたばがかちゃかちゃと鳴る。

 すべてはくらやみの見せた悪い夢。

 なにが悪いのでもない。

 悪いとすれば、それは、すべて神の作り出した「裏」が悪いのだ。


「ほ、本当に……」


 鍵束を腰に提げたほうがかすれた声で言う。

 その手は鍵束に今にもれようとし、かんらくまであと少し!

 クースラのみが最高潮に達しようとしたそのしゆんかん、神のらいめいとどろいた。


「なにをしている!」


 せいで人が死ぬとしたら、多分こんなじようきようだったにちがいない。

 看守二人はじようだんのように飛び上がり、あわててり返ろうとしたせいか、そろって無様に転んでいた。

 たおれた彼らが声のほうを見上げた瞬間、しゆうじんは自分たちだった、と強く実感したに違いない。

 そこにいたのは、このろうかんかつ権をにぎる、白いひげ陽炎かげろうのようにたくわえた、身なりのいい高級だったからだ。


かえし注意をしたはずだ。こいつと会話をするな。会話をすれば、お前らが危険な目にうと。ほうれればどうになる。二度と神の前に立てなくなるぞ!」

「っ……っ……」


 呼吸の仕方を忘れたようにあえぐ看守二人を見下ろして、老騎士はずかずかと牢屋に歩み寄って来る。クースラは、老騎士と、その後ろにおくれてやってきた、看守とはかくにならないほど訓練を積んでいそうな若い騎士二人を見やった。

 そちらのほうは、ごていねいに顔すべてをおおう鉄仮面をかぶっている。

 クースラの甘言、人が言う「魔法」にたいこうするためのものだろう。


「こんな時間に登場ですか」

「ようやく結論が出てな」

けいですかね?」

「まさかいまさら命の心配か?」


 クースラはかたをすくめ、とびらの前から数歩後ろに下がる。

 乱暴なガチャガチャという音が聞こえたのは、腰をかした看守から、若い騎士の一人が無理やり鍵束をもぎ取ったのだろう。


「出ろ、クースラ」


 そして、重い扉が開かれる。


ねむらないれんきんじゆつ師」