二人が揃って声を上げ、からかわれたと憤激する瞬間だ。
「翌日の朝、俺がそいつの寝室に行くまではな。そいつは皮膚がただれ、顔は真っ黒になり、手をこんなふうに曲げて、焼死体のようだった。たまげたね。古代のアリオロス大王暗殺の伝説は本当だった。それが、これだ」
クースラは小瓶をもう一度振る。
「これのいいところは、食ったその瞬間に死なないことだ。時間差がある。つまり、あんたらは疑われないってことだ。しかも、死体は恐ろしく醜くなる。それこそ、神に見放されたほどにな。だから、これは天罰に違いないと皆が思う。よもやこんな小瓶に入る、わずかの粉が原因だとは思わない。なあ、あんたら」
じっと聞き入る二人に、クースラは笑みを強めて言った。
「この粉と引き換えに、ここを開けてはくれないだろうか?」
時刻は深夜を回り、太陽は沈んで久しく、神の僕ですら眠り、見張る者は他に誰一人としていない。二人は、クースラのことを取り憑かれたようにじっと見る。この糞みたいな世の中で、殺したいほど憎い人間がいない奴など、存在するはずがない。
「……」
看守の二人は、この寒い中、滴るほどの汗をかき、固まっていた。
しかし、その目は互いに互いの罪を許そうとするような色がある。
クースラがくすくすと笑い、看守の腰に提げられた鍵束がかちゃかちゃと鳴る。
すべては暗闇と夢魔の見せた悪い夢。
なにが悪いのでもない。
悪いとすれば、それは、すべて神の作り出した「裏」が悪いのだ。
「ほ、本当に……」
鍵束を腰に提げたほうがかすれた声で言う。
その手は鍵束に今にも触れようとし、陥落まであと少し!
クースラの笑みが最高潮に達しようとしたその瞬間、神の雷鳴が轟いた。
「なにをしている!」
怒声で人が死ぬとしたら、多分こんな状況だったに違いない。
看守二人は冗談のように飛び上がり、慌てて振り返ろうとしたせいか、揃って無様に転んでいた。
倒れた彼らが声のほうを見上げた瞬間、囚人は自分たちだった、と強く実感したに違いない。
そこにいたのは、この牢の管轄権を握る、白い髭を陽炎のように蓄えた、身なりのいい高級騎士だったからだ。
「繰り返し注意をしたはずだ。こいつと会話をするな。会話をすれば、お前らが危険な目に遭うと。外法に触れれば外道になる。二度と神の前に立てなくなるぞ!」
「っ……っ……」
呼吸の仕方を忘れたように喘ぐ看守二人を見下ろして、老騎士はずかずかと牢屋に歩み寄って来る。クースラは、老騎士と、その後ろに遅れてやってきた、看守とは比較にならないほど訓練を積んでいそうな若い騎士二人を見やった。
そちらのほうは、ご丁寧に顔すべてを覆う鉄仮面をかぶっている。
クースラの甘言、人が言う「魔法」に対抗するためのものだろう。
「こんな時間に登場ですか」
「ようやく結論が出てな」
「火刑ですかね?」
「まさか今更命の心配か?」
クースラは肩をすくめ、扉の前から数歩後ろに下がる。
乱暴なガチャガチャという音が聞こえたのは、腰を抜かした看守から、若い騎士の一人が無理やり鍵束をもぎ取ったのだろう。
「出ろ、クースラ」
そして、重い扉が開かれる。
「眠らない錬金術師」