マグダラで眠れ

第一幕 ②

 だが、鉱石を効率よく鉱山からさいくつする技術というのは、石を持ち上げるなわの強さなのか、るための道具のきようじんさなのか、その道具の形状なのか、それとも岩をもかす酸の発明なのか、あるいはだれも思いついたことのない何かなのかと考えると、職人組合の問題が一気にふんしゆつする。それに、職人たちは自分の職分をまつとうするのでいそがしいし、職分があるせいで新しいなにかをしようとすれば組合からにらまれてしまうのでそもそもそういうことが不可能だったりする。

 だから、職人とはちがい、製品をなにも生み出さず、「方法」だけをさぐる連中が必要なのに、彼らを管理したり育成したりする便利な機関や制度が存在しない。

 しかも、新しいことというのはなんであれ、常に必ずしんこうの問題がつきまとう。

 流行にびんかんまちむすめが、それまでの常識では考えられないようなかみがたをするだけでたんかどうかが問われるのだから、当然ねんすべきことだ。

 そして、異端と見なされれば、大変なことになる。

 そんな危険を職人組合程度のところが負うはずもない。

 だとすれば、新技術でほかの王や領主を出しきたい権力者は、自分で資金を出し、自分で育成し、自分の権力で保護しなければならず、事実そういうことがあちこちで脈々と続いていた。特に、金属にまつわる研究を権力者は欲していたため、保護をあたえられた者たちは、いつしか錬金術師と呼ばれるようになった。

 だから、クースラをろうから連れ出した高級は、情けからそうしたのではない。

 この世で最も多く錬金術師をかかえるきよだいな権力機構、クラジウス騎士団の一部として、そうしたのだ。


「食いながら聞いてくれればいい」


 ほどなくして、焼いたぶたしおけ肉とチーズをはさんだパンに、温めたはちみつ酒が用意された。ろうでは冷えた玉ねぎと黒パンしか食べていなかったクースラは、えんりよなくかぶりつき、酒で流し込む。温めた蜂蜜酒が胃に下りるのがよくわかる。胃の形が、本当に見たとおりに思いえがけるしゆんかんだ。


「二週間もかかるとは思わなかったが……お前の裁判権は正式に我々が手に入れた」

「自分に、まだそれだけの価値があるとはね」


 クースラは言って、それからおもむろにパンを置いて上の部分をはがすと、ふところからびんを取り出して中身をりかけた。


「おいっそれは──」

「塩ですよ、塩」


 色を失う老に、クースラは言う。


「なんだ、やはりじようだんか……」

「いえ、はこっち」


 クースラがまた別のびんを取り出すと、老騎士は目をいてそれを見た。


「欲しければ差し上げますよ」

「……どうせ、そっちも塩だろう」

「そう信じていたほうが、おたがいの身のためですね」


 小瓶をふところにしまうクースラに、老騎士はかんべんしてくれとばかりにの背もたれに体を預けた。それからがしらむと、遠くのものを見るようにクースラを見た。


「なぜそんならいを気取る? お前にはほかの連中とちがい、めずらしく常識と判断力がある。笑うな。私は本当にそう思っているし、それは美徳でもある。それどころか、他の連中がもう少し持つべきものでもある。なのに、なぜだ? 今回のことだって、教会のほうもつから聖人の骨をぬすみ出してにくべるなど、正気のじゃない。死ぬ気なのか?」

「もう、他にためす方法がなかったんですよ」

うそをつくな! お前の実験報告を見て来ている。お前はだれより迷信にちなむ方法をしていたはずだろう!」


 クースラはあごが机に付きそうなくらいねこでパンをほおりながら、老騎士を見上げている。

 ちんもくは深夜のやみまぎれ、老騎士は静かに言った。


「火がつく前でよかった。燃えていたら、いまごろ本当にお前も消し炭だぞ。なあ」


 そして、つかれたように言う。


「なぜなんだ。なぜ、その才能をにするようなことをする」

「なぜ?」


 クースラはパンを口にふくんだまま、くちびるはしをつり上げて聞く。

 かたらし、そうやって食べ物を飲み込む鳥かなにかのように、パンを飲み下した。


「自分ではわかりませんが、うでのいいれんきんじゆつ師ががいを開いてみたらわかるかもしれませんね」

「……ふう」


 老騎士はため息をついて、盗人ぬすつとのようにパンをかくしながら頬張るクースラを見た。


「フリーチェのことか?」


 その一言が、クースラの手を止めた。


「やはり……。だが、フリーチェのことは──」

「気にしてませんよ。教皇派のみつていだった。俺のきん技術を盗むための。そうでしょう?」

「……そうだ。しようがある。山ほどな」

「だったら、殺せばいいさ。俺が酒を取りに行ったそのすきにね。笑うとくぼみを作るこつをぶった切って、せている割に目立たないろつこつを割って、つくとかすかにふるえる腹かられいかんぞうがぽろりとこぼれるほどばっさりと。それでその後、はらわたを存分にあさればいいさ。お目当てのなにかが見つかったのならそれでいいですよ。腹にいちもつかくし持っているってのは……じようだんじゃない」


 熱いくらいに温められたはちみつ酒を、一気に飲み下す。

 あの時も飲んでいたのは蜂蜜酒だ。

 当てつけなのだろう。

 クースラは、暗い目で老を見た。


「鉄のせいれんに聖人の骨を使おうとしたのは、本当に前々からやってみたかったからですよ」


 教会の人間が聞いていたらそつとうするような話だったが、老騎士はさすがに動じなかった。


「フリーチェのことは……私にもどうすることもできなかった。気の毒なことだと思う。だが、事前に話せばお前かられることだってあった……。れていたんだろう?」


 事前の調査はお手の物のはず。

 クースラは、答えることすらいやだった。


「だが、もしも事前に話を漏らすようなことがあったら、お前は確実にいつしよに殺されていた」

「はっ」


 クースラがき捨てると、老騎士はゆっくりと息を吸って、吐いた。


「錬金術師をめるか?」


 それは、のような言葉だった。

 どうののしられ、たんさげすまれ、大権力者のがあっても常にその命と頭脳をねらわれ、時折心を許す相手は敵のみつていだったりする。

 そんないばらの道が続く人生を変えてみるか。


「私がすいせんしよう。我々クラジウス騎士団からけ出ることは難しいだろうが……もっと真っ当な職にくことはできるだろう。幸い、我々はきよだいだからな」


 クースラは老騎士を見る。深く青い目が、いたわるような光をたたえている。いい人なのだろう、とクースラは思った。高貴な生まれの、騎士としてのほこりを胸にいだいたまま、このとしまで生き続けてきた幸運な男。

 たぶん、言葉にうそはないはずだ、とわかるくらいの付き合いがある。

 それでも、クースラはつぶれる寸前のぱらいのように、テーブルにひじいた手で頭を支える。そして、支えきれずにずるずると額をテーブルに落としていった。

 だが、クースラはそこまでちてもなお、目を閉じることができないのだ。


「続けますよ。俺には、それしかない」


 こんな目にっても、なお。

 老はクースラから視線を外し、あわれな身の上の者にそうするように、大きなため息をついた。


「どんな目にってもこうしんを止められない。お前たちはそういう病みたいなものだ」

「しかも、くそくだらない目的のためにね」

「マグダラ、か」


 老騎士がせきばらいを小さくはさんだのは、その一言に対する感想を言いたくなかったからだろう。

 れんきんじゆつ師はこの世のちつじよ機能の、すきめるような存在だ。とうな機能の一部ではないから、身分は不安定だし、いつも白い目で見られている。それでも錬金術師が錬金術師になるのには、理由があった。多くが職人としてうでるうこともできるのに、あえてしやくねつの道を行くのには理由があった。