マグダラで眠れ

第一幕 ⑤

 ウェランドは歩き出し、つま先を見ながらかたをすくめている。


「そっちは?」

「俺? 毒殺してないからだよお」

「……つまり?」

「つまり、あのデブが散々飯を平らげた後、俺がふらりとしよくたくに姿を現して、目の前でがおびんって見せたのさあ。そしたら、顔を青くして、死んでしまったというわけさ」


 クースラが看守をからかった手口の、たちの悪い最たるもの。

 もっとも、それで死ぬというからには、向こうにもなにか心当たりがあったのだろう。


「なんでそんなことをした?」

「俺の女に言い寄ってたんだよお」


 それしかないだろ? というような目を向けられるが、クースラは聞かざるを得ない。


「女子修道院の院長だろ?」

「だから、修道女にね。女子修道院の院長が女とは限らないよお」


 クースラが肩をすくめたのは、聖職者の退たいはいと共に、かごの鳥のはずの修道女とえんを結ぶウェランドが相変わらず見事だったから。


「あのデブはほかにもろくでもないことをしてた。俺は人助けをしたんだよお。修道院の修道女がそろって助命のたんがんさ。だから、おとがめなし。修道院では俺はえいゆうあつかいさ」

「お前は昔から上手だね」

「クースラがへたなんだよお」


 みつていに言い寄られてころりと落ち、あげそれをあっさり殺されたクースラは肩をすくめて、通りすがりのにわとりっ飛ばした。


「しかし、おどろいたよねえ」


 ウェランドは歩きながら、のんびり言った。


「まさかクースラが同じこうぼうに来るとは」

「こっちの台詞せりふだよ」

団のちようばつろうでは何度か会ったけどなあ?」


 クースラも出たり入ったりだが、ウェランドのほうもそれにおとらずで、時折顔を合わせていた。


「だが、工房にいつしよにいたのはいつだ?」

「ええーと……もう、あれが五年前とかかな? なつかしいよお」


 五年前、どっちも過去の自分を思い返せば、苦笑いしか出てこないようなくそだった。

 たがいにけんばかりして、がつき始めたらこうぼうからぬすんできた毒を相手の飯に盛った。

 けれど、しようが自分たちくそ以上のくずで、卒業のあかつきにウェランドと二人で毒殺をくわだて、水銀を使った毒の飯を半分食わせたところでようになった。

 ばらばらにひっ立てられるなか、またな、と手をったら、がおで振り返されたのを今でも覚えている。


「クースラはあの時から、なみだもろかったよなあ」

「お前いつも言うな。それは自分が涙ぐんでたからだろ?」

「へーえ?」


 ウェランドは肩をすくめついでに、ひょいと飛び上がってきびすを返した。


「それより、さっさとくびり役人にあいさつして、工房に行こう。楽しみでよう」


 首吊り役人とは、れんきんじゆつ師が工房を構える町で、いつさいさいはいになう人間のこと。

 日々の作業に使う物資の手配はもちろん、錬金術師たちが教会の一派にたんらくいんを押されてけいだいに連れて行かれるのを助けるところまでをも担う。逆に、団にとって不都合だとなれば平気で教会に売りわたすところだし、時には暗殺だってする。

 彼らは文字どおり、せつさつだつの権限を持つ。

 だから、首吊り役人。

 首切り役人ではないのは、錬金術師は首切りなどという平民向けの生ぬるいけいばつを受けられないからだ。火刑はすぐに死ねるから楽なほうで、基本的には犬と一緒に逆さまに吊るされて、苦しむ犬にみつかれ、引っかれながら、三日とか四日をかけて死に至る。

 クースラは、顔が勝手にゆがまないように注意しないと、と自分に言い聞かせながら、ウェランドに聞き返した。


「あれ、まだ工房に行ってないのか?」

「行ってない。積み荷だけ先に運ばせておいたけどね。今日の朝、騎士団のちよう隊といつしよにここに着いたんだよう」

「ついさっきなわけか」

「そうだよお」

「一人で行けばよかったのに」

「そんなことできるかよおー」


 ことさら語尾をばして、鹿にするように言った。


「相棒」

「ぞっとするね」

「ひどいやつだよおぉぉぉおおぉぉぉぉ……」


 犬のとおえのをするのは、クースラがろうの見張りをからかったのと同様の、ウェランドの好きな振るいだ。戦場から近いために、ようへいとうぞくまがいの騎士といったあらくれ者を見慣れた町の人間でさえ、ぎょっとして足早に歩き去る。

 れんきんじゆつ師。

 きらわれる、ほうやから

 若さのけないうちは、そんな世間の評価に暗く笑ってすごんでいたものだ。

 今ではすっかり丸くなって、せいぜいが看守をからかう程度だった。ウェランドは見習いの時そのままに、平気で人を殺しているらしいが。


「だが、こうぼうに行くのは賛成だ。鉄をかすように、体のこごえを溶かしたい」

「外から見た感じでは、いい具合だったよお。さすがいくさの最前線」


 クラジウス団がその資金と軍事力を今最もかたむけているのがこの北の地であり、きよてんの一つがこの最北の港町グルベッティになる。もっとも、最北というのは騎士団にとって、という意味なのだが、騎士団すなわち世界であるというにんしきを笑うような勇気ある輩は、なかなか今の世の中にはいない。

 そんな中、前線の近くに工房を構えたいと願うのは、欲深い錬金術師たちの多くの夢になる。なぜなら前線はたくさんの木炭をくべられたみたいなもので、戦に勝つためにあらゆるゆうづうくからだ。

 じんぞうの資金。優先的なしよせきの配分。地元の職人や鉱山への権力行使。ほかにも、とくされた禁書のえつらん権限と、まいきよにいとまがない。

 ウェランドと二人で、という条件がなければ、きようしていたことだろう。


「しかし、グルベッティの工房に前までいたやつはどうしたんだ? こんないい工房を明けわたすなんて、鹿だな」


 クースラがふんけながら言うと、ウェランドは昨日の天気のように言った。


「死んだらしいよお」

「へえ? 事故か」


 のきさきにつながれた犬の口は血で真っ赤だ。朝方にりように出たのかもしれない。もちろん、町をうろつく生き物が相手なのだろうが。


「いや、なんかまちなかで殺されたらしいんだよね」


 クースラはしばらく馬糞の列を避け、返事をしなかった。

 よくあることだとは思ったが、一つ、気になったことがあった。

 今回の配置は、騎士団がわちようばつ的なおもわくがある。


「もしかして、二人ってのはそういうことか?」

「うーん……俺もそう思ったよお。ひんこうほうせいじゃない俺たちがこんないい場所に送られるなんて、絶対裏があるからねえ」


 ウェランドはがりがりと頭をきながら、つまらなそうに歩く。

 みちばたの石ころですら、割ったりけずったり観察したりして楽しく遊べるウェランドだから、つまらなそうな顔をしている時は、すなわちげんな時だった。


「一人じゃまた殺されるかもしれないから、二人なら心強いだろうって?」


 二人はそれからちんもくし、クースラはぐるりと首をめぐらし、ウェランドは小石をった。


れんきんじゆつ師はめられたらおしまいだ」

「はは。あのくそしようゆいいつの教えだなあ」


 二人の向かう先は、くびり役人のしきになる。

 五年前を思い出して、少しだけかたいからせた。


「びびんなよ?」

「こっちの台詞せりふだよお」


 だれかとそんな軽口をたたきながら歩くのはそのまま五年ぶり。

 つぶそうとしても噛み潰しきれないなつかしさに顔がゆがむ。

 道行く人たちは飛びのくように道を開けたのだった。



「聞いているよ。毒殺と暗殺が得意だって」


 純金のぶんちんで羊皮紙を押さえた男は、しつ机でさらさらとペンを走らせながらそう言った。