WORLD END ECONOMiCA I
第一章 ⑦
息が止まった。まさかここに来るまでに、誰かに通報されていたのか? なんにせよ、ここにいるのはまずい。
玉突きのように思考が進み、俺は辺りを見回して窓に飛びついた。
しかし、立て付けの悪い窓はなかなか開かない。それに、今にも入り口からこっちに回って警官が中の様子を
あたふたと周辺を見回すと、視線が一点に吸い寄せられた。
演台の手前で
「警察です! もしもーし!」
俺と少女の
それに、少女も相変わらずの気難しそうな顔だが、明らかに慌てていた。こんな時間にこんなところにいるのだから、まともに学校に通っていない、ある種お仲間なのだろう。
俺は警官がノックする扉と、少女とを見比べ、視線が第三の場所に向けられた。
磔像の下の演台だ。
一段高くなっている舞台に足を乗せ、わずかに
少女は驚きに目を見開くが、乙女のように悲鳴はあげなかった。
「な、にを」
代わりの
手にしていた
「お、おい、警官にばれる……」
俺が押し殺した声で言うと、少女の動きは止まったものの、
「おい、こっちにインターホンがあるぞ。お前、そのせっかちな性格なんとかしろよ」
「早く出世したいんですよ!」
扉の向こうからそんなやり取りが聞こえ、ほどなく、カンコーン、と遠くで音がした。
どうやら、この聖堂部分の隣が人が住む
しばらくすると、聖堂の真ん中あたりにある、母屋とつながっているらしい扉の開く音がした。そっと顔を
「はーい、お待たせしましたー」
ぱたぱたと扉に向かって駆け寄り開けた女の声が聞こえた直後、少女が再び体を動かそうとしたので、必死に抱きとめた。
直後、女の子らしい柔らかさと甘い匂いに、危うく腕を解きそうになる。
「お忙しいところすみませんね。地域課の者ですが」
「危ないお仕事に、神の
女は意外に
「はは、幸い治安はいいもので。いえ、でもその治安を乱す
地球の映画で
ただ、その内容は、俺にとって穏やかではなかった。
「実はすぐ隣の第七外区で、
「あらあら」
「年齢は十代半ばの、東洋人系で、黒髪黒目の少年です。多分、家出をして金もなくなりってことなんでしょうが、観光客に強盗でも働いたら大問題ですから、早くとっ捕まえろと上がうるさくて」
やっぱり、何度聞いても俺のことを指しているとしか思えない。
羽交い締めにしていた少女が動きを止め、驚きとも嫌悪とも怒りとも違う、
俺は、必死に演台の下で首を横に振る。
「それに、つい先ほど通報がありまして、そんな風体の少年がこの辺をうろついていたと」
勘弁してくれ、と危うく演台の下で声をあげそうになった。
「もしかしたら、この辺に逃げ込んだのではないかと思いまして」
「ここ、昼間は自由に出入り可能ですよね?」
二人の警官が、明らかに
気配で、応対に出た女が中を振り向いたのもわかった。
「ええ……そうですが、まさか……」
「ちょっと、中を見せてもらっても?」
「万が一忍び込んでいたら、あなたにも危険がありますから」
もちろん、善良な市民の答えは決まっている。
「そうしていただけると、私も安心です」
そして、警官たちが入ってくる。
しかし、その足取りは慎重で、手には
聖堂は広い場所ではない。
俺たちのもとにどんどん警官が近づいてくる。演台の下を
あるいは、不意を
こんなところで捕まって実家に送り返されたら、
それでつまらない学校に送り込まれ、卒業後は似たような
一歩一歩着実に、なんて二言目には言いやがるが、それでたどり着ける場所などたかが知れている。
そんな人生、死んだも同然だ!
やってやる、と俺は息を深く吸う。場合によってはこの少女を
ぎし、ぎし、と近づく足音に、俺は飛び出すタイミングをうかがっていた。
あと二歩で出る。
その、瞬間だった。
「あ、すみません。ここから先は、神聖な祭壇なので……」
「おっと」
女の申し出に、足音が止まった。
「失礼。そういうことに
「いいえ。地球でも最近は
女の
「まあ、特に問題なさそうですが……」
と、警官は鼻を鳴らした。
「ここの教会は、なにか、ペットを?」
「え? ああ……もしかしたら、朝の礼拝に、飼い犬を連れてらした方がいましたので、それかもしれません」
「ああ、なるほど。いや、懐かしい匂いだと思いまして。地球にいた頃は大きな犬を飼っていたんですが、ここにはとても連れてこれませんからね。飼い犬とは羨ましい」
「そうですね。私も会うのが毎回楽しみで」
和やかな会話と共に足音が遠のき、警官は挨拶をして、立ち去った。
俺は演台の下で、助かった……と
と、その直後だ。
少女がぱっと演台の下から飛び出した。
馬鹿野郎、と思ったのも
「リサ」
どうやら、少女はここの人間だったらしい。
「あら、そんなところにいたの? こっちで考え事するのやめなさいって言ってるでしょ。人目について危ないわよ」
「……わかった」
どこか
と、同時に、こんな言葉が届いた。
「で、もう一人は?」
は?
「出てらっしゃい。いるんでしょ?」
俺は身動きできなかった。どうして?
少女が端末にメモ書きでもして、無言のうちに女に知らせたのだろうか。ただ、頭のよさそうな少女ではあったが、そういう小細工ができそうな感じにも見えなかった。
俺は、深呼吸をして、体に酸素を蓄える。
窓
よし。それでいく。



