アリソン
第一章 「アリソンとヴィル」 ①
世界
空には、透き通った薄い
遠くに、中央山脈の
もう後ほんの少しの時が過ぎて、南からの風が吹き始めると、この地に本格的な夏がやってくる。
薄い
彼はのんびりとした動作で、脇の
彼はそれを、
本を閉じ鞄に入れて彼は立ち上がる。五十歩ほど歩いて、木々が植えられている一角へと行く。緑の葉が広がる枝の真下、影の中に座り直した。
そして、取り出した本を開く。
読み始めた。
ロウ・スネイアム記念上級学校は、ただ草原と畑の中にある。
針葉樹の列で囲まれた、小さな村が一つ入ってしまうほどの敷地。しっかりとした赤煉瓦造りの校舎が五棟整列して、教職員用の棟、室内運動場、給食調理棟などがそれを囲む。広大すぎる敷地内には、大きな陸上競技場や球技用運動場、自然学習用の森と畑、芝生と
元は陸軍
本を読む少年が、五枚ほど頁をめくったときだった。校舎
少年が顔を上げた。一年生達が、お
やがてきた教師は彼に気づき、その少し前で立ち止まる。
「読書かい? ヴィル」
そう話しかけられた少年、ヴィルヘルム・シュルツは顔を上げ、
教師が、何を読んでいるんだいと興味
「参ったよ。なんて書いてあるんだ?」
「『おとぎ話全集』です」
「おとぎ話?」
「西側のおとぎ話がいくつも載っているんです。こっちに伝わってるのも
ヴィルが答えた。教師が軽く肩をすくめてみせた。
「図書室にはそんなのもあるのか」
「先生は、補習ですか? 一年生の」
「ああ。初学期からなかなか
教師がおどけて言った。
「
ヴィルは軽く笑って首を振った。
三本
「先生。あの
生徒の一人が、当の五年生に聞こえないように小声で聞いて、その場から笑い声が漏れる。
夏期休暇は三日前から始まっていて、生徒達はそれぞれの故郷へと、半年ぶりに帰っている。今ここにいるのは、先学期の成績が著しく芳しくなく、補習で十日ほど帰郷を遅らされた居残り達だった。
「いいや、違う」
教師は首を振った。
「ひょっとして、〝祭り〟に出た人じゃないですか?」
「ああそうだ。成績だって、全然悪くなんかないぞ。飛び級してもいいくらいだ」
へえ、じゃあなんで? 興味
そして質問に答えずに、
「さて、授業を始めるか。しっかり覚えないと、いつまでたってもママのシチューは食べられないからな。まずは地理からだ」
ジャガイモ──横が少し長い
この世界
ジャガイモの真ん中に、教師は
「一応おさらいだ。
大陸は、山と川によって真っ二つに分けることができる。
中央山脈は、一万メートル級の峰をいくつも抱える、世界最大最長の山脈。大陸南端の砂漠地帯から始まる山脈は、真北に向けて大陸を分断しながら延び、北緯三十度弱、大陸半分を進んで終わる。
ここから、ルトニ河が大陸
「で、こっちにあるのが?」
きれいに等分された大陸の地図の、東半分を指しながら教師が聞いた。
「〝ロクシェ〟です」
生徒の
「〝ロクシアーヌク連邦〟。私達の国です」
一人の女子が答えた。
「そうだ。正式名で覚えておかないとな。長いけれど」
教師はそう言って、略称の方を黒板に書く。生徒にずるいと指摘され、ちっとも悪びれずに長いからなあと言った。次に西側を
「じゃあ、こっちは?」
「〝悪の帝国〟」
誰かがすかさずちゃかし、生徒達から笑いが起こった。
「そう呼ぶ人もいる。じゃあ、正式名と略称は?」
ちゃかした誰かは答えられず、しばらくして別の生徒が、
「〝ベゼル・イルトア王国連合〟。えっと……、〝スー・ベー・イル〟だったと思います」
「正解。ちなみに、〝悪のナントカ〟って回答
「〝
数人が
「そう。ルトニ河の向こう側だから河向こう。簡単だろ? じゃあ河向こうの人達が、私達ロクシェのことを、
教師が質問して、そして誰も答えられなかった。いくつか
ヴィルはおとぎ話を読みながら、
「〝河向こう〟──」
ぽつりと正解をつぶやく。
「ロクシェは、君達がいろいろな国からきているように、大陸東側にある十六の国と地域の集まりだ。スー・ベー・イルは、西側の二つの大きな王国と小さな国のいくつかがまとまったものだと覚えておこう。幼年学校では、ロクシェの歴史しか勉強しなかったけれど、今度からは
「戦争ですか?」
「ああ。そうだ──」
ロクシェとスー・ベー・イル。両国の〝交流〟の歴史は、つまりは戦争の歴史になる。



