学園女子連中の人気をむんずと鷲摑みにした王子様のような憧れの対象で、誰とも付き合うつもりもないストイックな言動も、しかし一般生活中に必要な交流の中で(例えば授業で一緒に実験したり班で活動したりとか)の紳士的な立ち振る舞いも、彼の人気を高めるすげーと歓声が上がったりモテたり惚れられたりするわけで、なんか地の文のくせに何いっているのか分かりませんねすみません。まー凄いヤツなんです。
もっとも彼は部活にも委員会にも入らずにいつも一人でいるので、同性の友達も全然いない孤独クンじゃないかとは皆思っていますがそれを言うと妬んでいるだけだろうと社会的地位を危うくするのであえて口には出せない、そんな男でした静って。
いつも腰に吊った日本刀が彼のトレードマークです。ついたあだ名が〝刀の貴公子〟、〝静王子様〟(以上主に女子)とか、〝ザ・辻斬り男〟、〝出来過ぎ侍〟(もっぱら男子)とかでした。
その静は何も言わず、一歩一歩、静かで上品な威圧感を振りまきながら、ゆっくりと五人に近づきます。男子二人は猛獣を前にしたかのように思わず後ずさり、女子二人は急に酔っぱらったかのようにその場でぼうっと立ちすくみます。
静は五人の前で足を止めると、すうっと顔を向けて木乃を見ました。身長の差がだいぶあるので見下ろす形になるのですが、その双眸からは威圧感のようなものは全然伝わってきません。
「…………」「…………」
木乃も何も言わず、二人は三秒ほど静かに見つめ合っていました。生徒会女子の額に血管が浮き出ます。
静は視線を前に戻しました。左手で刀の位置を少し直し、歩き始めます。何も言わなくても、生徒会連中は道を開きます。
陶酔に近い憧れの眼差しと、嫉妬と敗北感混じりの敵対の眼差しを少しも意に介さず、静は凜とした姿で通り過ぎ、校門を通り抜け、校舎へと向かうのでした。
その姿が見えなくなって、生徒会の四人はおのおのため息をついて意気消沈します。去年敷き直したばかりの舗装を眺めながらさっきまでの元気など吹っ飛んでいる四人の脇を、木乃はひょいひょいとすり抜けて、小走りで校舎へと向かいます。
「あー、助かった。なーんか、噂には聞いていたけどかっこつけた人だったね。イヤミじゃないけど」
木乃が言って、エルメスが答えます。
「まあねー。それにしてもさ、彼って──」
「うん。あの人も──」
木乃が神妙な面もちで頷きました。そして木乃とエルメスは、同時に言うのでした。
「遅刻だ」「遅刻じゃん」
* * *
時間は、ほんの少し戻る。
「私は、この惑星の女神です」
自称女神がそう言った。というより、そう言ったから自称女神か。
それは美しい女性で、きらびやかな服や装飾品に身を包み、背中からは眩しくない程度に後光が輝き、なんとなくそれっぽい。よく見ると足が空中に浮いているあたりも、まあ女神らしいといえばらしい。そしてそこは、蒼い床と黄色い空だけが延々広がる、現実では決して有り得ない、女神が創り出した不思議な空間だった。
女神の前には二人の人間がいて、さらに一台のモトラド(注・二輪車。空を飛ばないものだけを指す)が止まっていた。
一人はキノで、黒いジャケットに茶色のコートを羽織り、頭には耳にたれの付いた帽子とゴーグル。腰を締めた太いベルト。右腿には、あの伝説のパースエイダー、〝ビッグカノン ~魔射滅鉄~〟をさりげなく吊っていた。もっとも外見はキノが以前吊っていた『カノン』となんにも変わらないが。
もう一人はシズで、緑の、肩と肘にあて布のついたセーターを着ている。実は四大魔王宇宙のスパイだった陸との激闘で五つに折れてしまった愛用の刀のかわりに、ずっと前から黒いバッグの中に売るほどたくさん入っていた予備の日本刀の一本を腰に差していた。
一台のモトラドはエルメスで、宇宙船モードからの変形を完了させ、普段どおりの二輪車荷物満載スタイルだった。センタースタンドで立っていた。
二人と一台は、四大魔王宇宙を退治すべく故郷の惑星を旅立ち、宇宙の奥へ奥へと旅を続けていた(詳しくは、『キノの旅 ─the Beautiful World─』第二十巻から第百三十四巻──〝宇宙編・旅立ちの章〟、〝証券編・トラップ〟、〝証券編・リベンジ〟、〝宇宙編第二章・星の海へ〟を参照)。
女神は緩やかに両腕を開き、語りかける。
「そして私はあなた方に、とてもとても重要な頼みがあります。今、この惑星の──って人の話聞いていますか?」
二人と一台は、女神を前に何やら雑談をしていた。自称女神には、ほとんどまるで興味のない様子だった。
「ちょっと!」
若干憤慨しながら呼びかけた女神に、面倒くさそうにキノとシズが視線を向けた。
キノが言う。
「残念ですがボク達は、この惑星には休憩と補給で立ち寄っただけです。すぐに出発するので、あなたを助けることはできません」
女神は、まあなんということでしょう! と大仰に驚き、そして目を伏せる。
「あなた方は、この宇宙を我が物にしようとする四大魔王宇宙と戦う真の勇者達です。あなた方の活躍は宇宙中に轟いています。それなのにそのような冷たいことを言いますか? 四大魔王宇宙の手下にいわれなき迫害を受けている小さな惑星を助けるという──」
二人と一台は、〝この宇宙を我が〟あたりからもう女神の話を全然聞いておらず、どれほどの水と食料を積んで出発するか、その際に魚より肉を多く積みたいと言うキノと、魚の方が私は好きだなと主張するシズとで議論をしていた。
「──に瀕しています。私の力が足りないばかりに……、それを見て嘆き悲しむことしかできません。そこで、宇宙に平和をもたらそうとしているあなた方の戦闘能力を見込んで、こうして──」
女神の声をBGMに、肉の方が解凍した際の味の落ちが少ないし料理の幅は広いとキノは力説した。シズはそれには同意、しかし魚には肉にはないドコサヘキサエン酸(DHA)が多量含まれており、これは老人性痴呆症の抑制に大変役立つ栄養素であると熱弁を振るった。そんな中、まあどっちでもいいけど、こないだみたいにペイロード(積載量)はオーバーしないでねとエルメスがつぶやいた。
「あ、あんた達!」
女神がキレた。
「田舎惑星とは言え、女神無視するなよ! ゴッデス! OK!?」
神様らしく背景に稲光と大音響を出して、ようやく二人がうるさそうに女神にちらりと目をやった。目をやっただけだった。すぐにシズの提案で、四十%を肉で、六十%を魚介類にするということで二人は手を打った。
「非道い……。こんな扱いを受けるなんて……」
しくしく始まった女神の泣き顔は、四秒後に迷子の子供のような滂沱へ。二人は鬱陶しそうに女神を見て、エルメスはぽつりとつぶやく。
「あーあ、マジノ線だね」
「?」
キノが答えず、かわりにシズが、
「……〝マジ泣き〟かい?」
「そうそれ! さすがは元王子様、キノと違って頭の回転が速いね──イテ」
エルメスをけっ飛ばしたキノは、ハンドルを握って前に押し、スタンドを外した。そのまま泣いている女神を完全に無視して、百八十度向きを変えた。シズも、
「できることなら鰺と鯖を多めにしてほしい」
そう言いながら後を追う。