学園キノ

キノの旅第四部・学園編第一話 「キノ颯爽登場!」─Here Comes KINO─ ④

 そのしゆんかん、二人が固まった。凍ったようにそのままの姿で動きを止め、まばたきも息もしていない。


「女神を無視するからですよ、まったく」


 ハンカチで涙をぬぐった女神が、実に偉そうに言った。女神はしばらく、〝最近の人間は神様をうやまわない〟とか、〝管理教育のへいがいだ〟とか、〝親の顔が見たい〟などと一人ぶつくさつぶやいた。はんろんする人がいないので、どうにも尊大になる。


「あなた方には、意志に関係なくかつやくしていただきます。この惑星に住む人間が作った学校に、四大魔王宇宙の手下が入り込み、将来有望な若い人間から〝魔〟に取り込もうとしています。あなた方はそこに生徒としてせんにゆうし、いつどこに出現するか分からない手下を見つけ出し退治しなければなりません。あなた方には、周りががらないようにこの惑星の学生としての疑似人格を与えますが、性格がたんしないように、過去のおくを再構築させて使わせていただきます」

「うん分かった。──で、こっちは?」

「うひゃあ!」


 エルメスの質問にがみは文字どおり飛び上がっておどろいて、固まっているキノ達のわきで固まっていない(外見からはよく分からないが)エルメスを恐る恐る指さした。


「な、なんでです? たしかに時間を止めたはずなのに!」

「モトラドには効かなかったみたいだね」


 エルメスが特別なんでもないことのように返し、女神はいたくプライドを傷つけられたのか、急にキッとにらみ付ける。


「では! あなたは全然いらないので、今ここでスクラップにでもなってもらいます!」

「それは困るなー」


 エルメスは、ちっとも困っていない口振りで言った。


「できればストラップがいい」


          *   *   *


 さて朝のHRと一時間目の間に教室に滑り込んだは、普通に午前の授業を受けました。合計九回おなかが鳴ったことと、内五回は周りの人間に完全に気づかれていたことを、ひまなエルメスは数えていました。


 四時間目が先生のやさしさで十分ほど早く切り上がって、


「まだほかのクラスは授業しているから、静かに廊下歩くように」


 とまあお約束の言葉を残して先生が去った後、教室は三秒で無政府状態に陥ります。

 木乃はここぞとばかりに、廊下をきよう選手並の速度で通り抜け、今年度四年生(この学園全体の、ということです。つまりは高校一年生)指定色の赤のうわきと靴を取り替え、後は学食があるりようまで下り坂を全力疾走です。

 まだあまり生徒がいない学食で、冷やしタヌキうどん大盛りを前にして、


「しあわせー。いただきます」


 木乃は手を合わせてから、食べ始めました。

 食べ終わりました。相変わらず早いです。

 木乃は混み出す前に学食から出て、片手に学食の売店で買ったおやつ入りビニール袋を提げ、片手にストローが刺さった紙パックのオレンジジュースというおぎようわるい姿で校舎へと歩きます。

 晴れ渡ったあおい空を見上げて


「うん。今日きようはいい天気」


 木乃は、がおでそう言いました。まわりにだれもいないので、ベルトの脇のエルメスもそうだねーと声で同意しました。

 早く授業が終わって早く食べ終わったので、


「お昼休み、ひははなー」


 だれに言うでもなくつぶやきました。後半はストローをくわえているのでちょっと変ですが、まあ意味は分かりますね。念のために書いておくと、〝お昼休み、がんばな〟です。


「教室帰っても心地ごこち悪いし、図書室は飲食禁止だし。どうしようか? エルメス」

「誰かいるとしやべれないからこっちはヒマでしょうがないよ」


 エルメスがぼやきました。そこで木乃は少し考え、ハタと思いつきました。


「じゃあ──」


 この学園の校舎は、L字型をしていて四階建てです。一部斜面に触れているので二階部分に出入り口があるため三階建てと勘違いできる部分もありますがそれはさておきます。

 そしてL字の長い方には屋上があります。そしてこの屋上は、あまり生徒に人気のある場所ではありません。

 ダラダラと連なる緑の丘と、その下だけまるで木々を蒸発させながら遠くへ消えていく高圧でんせん。東側の隅っこに見えるのはしんこう住宅地の赤い屋根群。

 まあしきはそれなりにいいのですが、あまりというか、ほとんど生徒はここに来ません。雨上がりの水はけが悪くコンクリートが滑ることがあるのですが、それがメインの理由ではありません。


「禁止されてないからでしょ。校則で禁止したら、みんな来たがるよ」


 四階からの階段を登る木乃にエルメスが言って、木乃はそれでも誰かいたら困るから喋らないで、と小声でいましめました。

 階段をほぼ登り終えて、屋上へ出るためのてつが視界に入ったときです。


「あれ? 誰かいるのかな?」


 両開きの扉の一枚が大きく開いていることに気がつき、木乃がややがっかりします。誰かいるとのんびりひっくり返っておやつを食べたり、エルメスと鹿ばなしをするわけにはいきません。

 木乃は別に悪いことをしているわけではありませんが、こっそりと足音を立てずに、掃除道具入れのロッカーのわきを通り扉に近づきます。

 閉まっている鉄扉の脇から木乃の頭が横にぬっと突き出て、大きな目がぱちくりしながら屋上を眺めます。風が吹いて、垂れていた黒い髪を揺らしました。


「そういうことになるな」


 声が聞こえました。相変わらずよく通る声です。風に乗って来たので実際の出所以上に近くから発せられたように聞こえ、木乃がいつしゆんちぢこまります。

 扉から十メートルほどはなれた屋上の手すりの脇に、二人の人間がいました。

 一人は木乃と同じセーラー服の女子で、つややかで長い黒髪が風に揺れています。みどりいろうわきから一学年上だと知れました。右足上履きの脇のところに、時節柄のワンポイントアクセントでしょうか、ささの葉と短冊が描かれた小さなシールがってありました。キノは知りませんでしたが、女子生徒の間で流行はやっている『自然にがれた時にねがいはかなう』おまじないでした。

 もう一人は、腰に刀を下げた男子生徒でした。ちなみにこの学園に、だんから帯刀している生徒は一人だけです。一人いれば十分です。

 ほかだれもいないようです。女子生徒は今にも泣き出しそうな顔で背の高いしずを見上げて、


「どうしてもだめなんですか! 私──入学したときから!」


 せっぱ詰まった声で言うので、状況はもう知れました。モテモテ静様に下級生必死の告白の図です。

 一方静はそんな相手を前にして、毛嫌いというほどではありませんが、ほとんど感心がなさそうな顔です。もう話は終わったから解放してほしいと、口には出していませんが雰囲気には出ています。

 双方無言の五秒が過ぎました。


「悪いが、そんなひまはないんだ」


 静がぼそっと言いました。この刀男の運は生まれつき極悪なのか、そのタイミングは最悪でした。

 今静が言ったのは、〝私に誰かと付き合う時間はない〟という先ほどからの会話全体を統括しての〝お断り〟の言葉でしたが、女子生徒が勇気を振り絞って再び何か言おうとしたときにそれを押さえる形で言ってしまったものですから、しかもその内容が、〝もう一度、どれほどに私が貴方あなたを思っているかだけでも聞いてほしい〟でしたから、彼女のショックはメガトンクラスです。


「!」


 おどろき固まりしばらく息が止まり、次に吸った息が吐き出されるときには、目から涙もいつしよに流れて出るのでした。

 静はそれを見てそれなりに少し驚いたようでしたが、だからといってフォローをしたりなぐさめたりはしません。ただ立っていました。

 彼女はきびすを返すと扉へ、つまりドキドキ顔で目を見開いていたの方へと駆け出します。ちなみにエルメスを手に持って、あの二人が見えるようにもしていました。


「!」