学園キノ
キノの旅第四部・学園編第一話 「キノ颯爽登場!」─Here Comes KINO─ ⑤
木乃が頭を引いて、階段下に逃げようとしてそんな閑はないと分かって、
「あの裏」
エルメスの
ふられた女子生徒は木乃に全然気づかず、涙粒を散らしながら階段をパタパタと駆け下りていきました。そのあとに、
「危なかった……」
小声で言いながら
「ここはだめかー」
木乃が小さくつぶやいて、
「もういなくなるよ」
よく通る声が答えました。声の主が振り返ります。
「自由に使うといい」
木乃は少し
「朝の君か……」
木乃はてくてくと静に近づいて、先ほど人生最大のショックを受けたであろう女子生徒と同じ位置に立ちました。どうも、と一応
静はやはり無表情のまま、
「恥ずかしいところを見られたが、覗き見もよくないな」
実は内心結構恥ずかしいのか、そんなことを言いました。即座に、
「よっ! このモテモテ男!」
エルメスが大声で言ったので木乃は慌てて腰のストラップを押さえたのでしたがだからどうなるというわけでもなし単に一人で腰に急に手を当てた怪しい女の子を演じただけでした。
「今のは……?」
「いいいいいいいいいいやなんでもないです!」
木乃が必死の
「君が言ったのかい?」
「いいいいいいいいや、わたわたわたたた」
「〝綿〟?」
「いや、わたわたしかもしれないし! っそそそそっそそそうじゃないかもしれないしっ!」
「? まあ落ち着くんだ」
静は景色へと向き帰り、顔中汗だらけの木乃は静に背を向けてうずくまります。両手の中のエルメスに向かい、最大限の小声で、
「なななななんてコトするのよ!」
「あーごめん。つい本心が」
エルメスも小声で、全然悪びれずに言いました。
「わたしが言ったと思われるでしょ! 変な人間だと思われるでしょ!」
「あーそれは大丈夫」
「どうして?」
「もう思われてるから」
木乃は
「この小さい小さいストラップ、
「ごめん。もうしない。うん」
木乃は呼吸を
静がちらりと見て、つぶやくように言います。
「まあ、ご
木乃は何と反応していいのか分からず、あー、とか、えーと、とか言った後
それから急に思いついて、
「食べます?」
「…………」
静が
「いただくよ。ありがとう」
静はそれを受け取ったのでした。
しばらく二人は、手すりに寄りかかり、景色を見ながら無言でメロンパンを食べました。ホルスター少女と刀男が並んで
食べ終わった後、木乃は、
「朝は、ありがとうございました」
「ん? ああ……。いいよ。私も生徒会の連中は好きじゃない」
「おかげで、ポーチを開けられなくてすみました」
木乃が楽しそうに言って、静はその〝ポーチ〟を見下ろしながら
「朝も、少し気にはなったが、それは? ──もしよかったらでいいが」
「あ、これですか? 学校に入る前に、
「おばあちゃんか、いいね」
などと言います。そして、
「私の祖母は、私が生まれるちょっと前に他界したからね。会ったことがない。
「そうですか。わたしも学校入ってから会っていないんですけど」
静は、どんなおばあちゃんなんだい、と
「とても
静は、ふーんと納得した
木乃は、
「もし今度会ったら、
そう言って笑いました。
その
「君は……、本当に楽しそうに笑うね」
静はそんなことを、いきなりぽつりと言いました。
「え?」
木乃が思わず強い
「いやごめん。皮肉でも
「えっと、
「私は、……いつの頃からだろうか? 心の底から楽しくて笑えなくなった気がする」
そう言って静は、学生服のポケットに手を入れて、時計を取り出しました。それは、複雑な細工がされた
「いつの頃からだろう……」
静はつぶやいて、時計を元あった場所へとしまいました。景色に目をやります。
「私はね、ふと疑問に思うことがあるんだ」
木乃は静の
「? なんですか?」
「〝今の自分は、本当の自分じゃないんじゃないか?〟って」
「本当の自分、ですか?」
「ああ。時折思う。──平和なこの国で平和に学生生活を送っている私は、実は仕組まれた世界の中でそう演じさせられているだけで……、本当はもっと
「はあ……」
「だから、いまひとつ、〝今〟という恵まれた時期を楽しめない……、のかもしれない」
そう言い終えて、静は自分の
「変な話をしたね。忘れてくれ」
「
「ん?」
「たとえ自分がどんな生活をしていても、自分を、自分のことを好きでいる限り、〝その自分は良い自分だ〟──って。別の世界の自分のことは、別の世界の自分に悩んでもらいましょうよ」
「ああ──。そうだな」
「そして今の私達は、今の私達にできる楽しいことと、自分のためになることをすればいいと思います!」



