学園キノ

キノの旅第四部・学園編第一話 「キノ颯爽登場!」─Here Comes KINO─ ⑤のコピー

 がおで言いきった木乃を、


「…………」


 静は見つめます。すぐに木乃は、あっ、とたじろいで、


「──って先輩に偉そうなこと言ってスミマセン……」

「いいよ。ためになった。自分のできることから、か。──そうするよ」


 木乃に笑顔が戻ります。


「じゃあ、とりあえず先輩は」

「私は?」


 たずねた静に、木乃はびしっ! と人差し指を立てて、こう言いきりました。


「女の子のおもいをやさしく断る方法を覚えた方がいいと思います!」

「……! ──あははは!」


 楽しそうに笑う静に、木乃が一言、


「できるじゃないですか!」

「…………」


 しずは少し考えて、すぐに先ほどの自分の言葉を思い出しました。

 それから二人は、だれもいない屋上で楽しそうに笑いました。


 さて泣きながら階段を走り下りていった静にふられた女子生徒はどうなったかというと、泣きながら階段を走り下りたせいで前がよく見えておらず、手すりにみちびかれるまま自分の教室の階を通り越して半地下の踊り場までたどり着いてしまっていました。

 それに気づいた彼女は、いつしゆん自分の行動にあきれ返り照れて笑いましたが、すぐになぜそんなことをしたのか思い出して、またしくしくと泣き始めました。

 半地下の踊り場には暖房設備室入り口があるだけで、もちろんそこにはしっかりかぎがかかっているので、陰気な雰囲気のここには誰も来ません。生徒のせんから隔絶された空間でした。高いところにある明かり取りの窓からは、憎らしいほどあおい空が四角く切り取られて見えます。

 そんなところで、彼女はさめざめと泣き続けます──今までひたすらぐに彼をおもい続けた四年間は一体なんだったんだろうと。告白が成功する可能性は低かったにせよ、気の利いたやさしい断られ方をして、自分もしっかりした言葉を返して和やかな雰囲気でその場はお開きになって彼のおくの中にはとどまって、彼の卒業式の日に「実は君のことが……」などとこっそり進学先の住所と電話番号を渡される皮算用も永遠にさんしてしまったのかと。いいえ実は今は告白を決意した前夜でこれは自分の部屋のベッド上で見ている悪い夢だからもういい加減目覚まし鳴ってよ今日きようは運命の日なんだからと。

 今彼女の頭の中は、色々なことがあらしのように駆けめぐり、ごちゃごちゃむちゃくちゃのしっちゃかめっちゃかなのでした。


「憎いか──?」


 そんな彼女を、老人のような怪しい声が包みました。もちろん彼女以外誰もいません。


「……?」


 彼女が涙と鼻水だらけの顔を上げたとき、


「あの男が憎いか──」


 またも声がしました。混乱中の彼女もさすがにおどろいて、辺りを見回します。


「だ、誰?」

「そんなことはどうでもいい。今重要なのは、お前さんがあの男を憎んでいるということだ」


 彼女はハッとして、そんなことはない! と言おうとして、


「見てみろ。──窓だ」


 なぞの声は先に言ってしまいました。

 彼女ががりながらも、窓を見上げます。そこからは、屋上の手すりが見えました。そして、


「!」


 その手すりに寄りかかる小さなひとかげ。それはまごうことなく、先ほど自分が告白して玉砕したしずせんぱいです。しかし、そのわきにはもう一つ小さな人影。どうやら髪の短い女の子のようです。知らない子でした。そしてその子は、静先輩に仲良く寄り添って、二つの人影はゆっくりと、


「いやあ!」


 一つに重なるのでした。どう考えても、肩を寄せ合いお互いを見合い、そしてキスを交わしたようにしか見えません。


「どうだ。なぜお前が振られたか分かったか──?」


 なぞの声が言いました。彼女はしばらくりようほおに手を当て、しかしその窓から目をはなすことができずにふるえていました。この窓から屋上はどう頑張っても見ることができないかんたんな事実も、今の彼女の頭からキレイさっぱり吹っ飛んでいます。


「あのあこがれの先輩は、あんな子が好みらしいな──」


 声が、いやらしそうに説明をくわえます。彼女はがっくりと顔を落とし、長い髪は表情を隠します。まるで幽鬼のように、陰気くさい半地下の踊り場に一人立ちつくすのでした。


「彼と彼女は──、あおい空の下で微笑ほほえせつぷんをかわし、お前は──、こんなところで一人みじめな負け犬を演じるのか──」


 謎の声は、彼女をじわじわむわむわと包みこむようでした。

 ぽつん、と、彼女の頰に伝わった涙が床に落ちました。一つ、二つ、三つ──たくさん。

 ひとしきり彼女が泣いた後、謎の声と、下を向いたままの彼女の会話が続きます。


「あの子が憎いか──?」

「な……、に……?」

「憧れの先輩を独り占めにする、あの女の子が憎いか──?」

「…………」

「それとも、自分をふってあの下級生に愛想を言うあのムッツリスケベ侍が憎いのか──?」

「……え?」


 彼女が顔を上げました。


「ほう、そうか──。二人共憎いのだな──。いいや──もう何もかも、世界すべてが憎いのだな」

「そんな……、決して……、そんなことは……」


 彼女は顔を振って否定しますが、声はたたみかけるように、


「そう言いながらも──、先ほどから〝三点リーダー〟が多いぞ」

「え? 〝三点リーダー〟って……?」

「つまりは、──まあ要するに↑↑これのことだ。言いよどみとかだ。──すなわちお前は、さっきまで大好きだったあのせんぱいを殺してやりたいほど憎んでいるのだ。──そしてあの女の子も、世界と共に滅んでしまえと」

「そ、そんな……。そんなことはないです……」

「と言いつつも、本心では今すぐ二人とも屋上からえいやって突き落としたいと思っている。──分かるぞ」


 そして彼女は恐怖を感じつつも、


「あ……、あなたは一体だれ?」


 聞かずにいられなかったことをズバリ聞きました。よくぞ聞いたとばかり、声は急にハイテンション。


「そんなお前に、ピッタリの商品があるんです! 今日きようは──私にそれを紹介させてください!」

「通販屋さん?」


 違います。


 五時間目の授業中でした。

 高等部一年のとあるクラスでは、机に突っ伏して、


「まったくもう」


 極々小さな声でぼやくストラップがぶら下がった、ポーチをいくつかとモデルガンを入れたホルスターをったベルトを巻いた女子生徒が一人寝ていました。ちなみにこの学園に略。一人いれば十分略。

 どうにも幸せそうな顔です。きようだんでは中年の先生が、そんなこと意に介さず、国語の教科書をダラダラと読み続けていました。


 高等部二年のとあるクラスでは、一人の女子生徒の席が空いていました。午前中はたしかに埋まっていた席でした。まず授業をサボるということをしない彼女なので、友達は保健室など捜しに行こうかと思っていました。

 そしてその席のあるじは今、誰もいない半地下の踊り場で、


「何もかもいや……。誰も彼も憎い……」


 思い詰めた顔でつぶやきながら、右手に持った小瓶を見つめていました。中にはどう見ても怪しい、緑の蛍光色の液体が入っています。

 そして彼女は、それを飲み干しました。一気でした。

 瓶が床に落ちて割れる音が踊り場にひびきましたが、それが聞こえた人は、誰一人としていません。


 高等部三年生のとあるクラスでは、白いガクラン姿で腰に日本刀をった生徒が、教師に聞かれるままにすらすらと答えて、毎度のことながら注目されていました。ちなみにこの略。一人いれば略。

 しかし突然彼は、


「……!」


 何かに気づいたかのように返答を途中でめると、てんじようにらみ付けました。

 十秒ほどが静かに過ぎて、教師が分からないのなら座っていいよと言おうとしたしゆんかん、かつほかの生徒がコイツにも分からないことがあるのかとおどろいている最中──。

 校舎が細かく揺れました。しんかな? とだれもが思いましたが、続いてばくはつおんがします。

 教室中で悲鳴が上がる中、


「来たか」


 しずはつぶやきました。


! 起きろー! 木乃!」