学園キノ

キノの旅第四部・学園編第一話 「キノ颯爽登場!」─Here Comes KINO─ ⑦

 エルメスが大声で叫びました。木乃は相変わらず机に突っ伏して寝ています。

 ちなみにその教室にはもう誰もいません。

 開けっ放しの前後扉と、乱れた机の並びに床に散らばった教科書とノート。連続する爆発音と校舎の揺れに、みんなとっくに慌ててなんした後でした。廊下の奥からは、こっちだ! とか、早く! とか、やや逃げ遅れた生徒達の急ぐ声が聞こえます。


「起きろってばさー! やっと敵が出たんだよ! 木乃! 変身して戦うの!」

「……うう。分かってるよ……」


 木乃が突っ伏したままつぶやきました。


「起きた?」

「だからまだ食べるって……どんどん持ってこい……別腹だって……。フッ……。肉まん」


 寝言でした。


「…………。ぴぴぴぴっ! ぴぴぴぴっ! ぴぴぴぴっ!」


 エルメスが必死の努力をしているとき、学校内では化け物が一匹あばれていました。

 人型ではありますが、その身の丈は三メートルはあるでしょう。毒々しいはいいろやらちやいろやらが混じった分厚くごわごわのをした、どこからどう見ても化け物です。猫背になりながら廊下を、それでも頭で蛍光灯はおろか天井までこわしながら歩き、窓ガラスを太い腕で壊してまわります。時折口から火の玉を発射して爆発させて、校舎が揺れに揺れました。

 化け物は一階メインロビーで火の玉を吐き、学園創設者の銅像がじんに吹っ飛びました。続いてするどつめの先で『県絵画コンクール・きんしよう受賞』とリボンで飾られた油絵をギタギタに切り裂きます。ぐるるるとのどを鳴らして、その後大きくえました。


「ひいっ!」


 だれかの小さな悲鳴が聞こえ、


鹿! 声を出したら見つかるだろう!」


 悲鳴より大きな声がしました。馬鹿はどっちでしょう。

 化け物が、声のした方へ──ロビーわきの事務室へと顔を向けました。


「まったく! 変身ヒーローが寝過ごす? フツー?」


 エルメスがりました。エルメスこんしんの目覚まし時計こうげきによってはようやく目をさましたので(起きたときにエルメスに、『わたしの満漢全席どうしてくれるのよ!』と叫びましたが)、化け物を見つけようと廊下を走ります。腰のベルトにエルメスをぶら下げていました。

 するどい悲鳴が聞こえました。女子生徒の悲鳴です。あっちだ! とエルメスが言いましたが、木乃は足を止めます。


「えっと、本当に行くの?」

「怒るよ」

「えー。普通の女子高生は戦わない」


 木乃がをこねて、


「普通の女子高生は授業中よだれ垂らして満漢全席の夢を見ながら寝ない」

「うっ……」

「いいから戦う! そんなことじゃ田舎いなかのおばあちゃんががっかりするよ!」


 エルメスがき付けて、木乃はようやく、悲鳴のした方へと向かいました。ちなみに前髪は、


「直んないなー、もう」


 突っ伏していたので変に跳ねています。


「ちょっとトイレ寄っていい?」

「いいから戦う!」


 悲鳴があまりに断続的に聞こえ、それが一階のロビーからだと容易に知れましたので、木乃はそちらに向かいます。廊下はばくげきの後のようにボロボロで、時折頭の上ではいせんがスパークします。

 ロビー手前に到着。木乃が焦げ跡のついたかべからこっそりと前をうかがいます。そこには化け物と、その前で腰を抜かしたのかへたり込んでふるえている生徒達がいました。生徒は四人いました。そして全員、


「あ」


 の見覚えがある生徒なのでした。朝に会った四人です。


「木乃、あの化け物をやっつけるんだ! 変身だよ!」


 エルメスが言いましたが、木乃は一つ提案します。


「ちょっと待って。あの生徒会の四人がボロボロにされてからにしようよ」

「そういうの子供に与えるえいきようが多すぎるからめようね。はい変身ね。やり方は教えたでしょ」

「しょうがないから……、やろうかな……、やるのかな……、まったく……」


 木乃が本当に乗り気でない顔で言った後、エルメスがぽつり。


「ヒーローはご飯おごってもらえるよ」

「いっちょやりますかぁ!」


 木乃がぐ前を見据えます。大きなそうぼうには決意のあかしがはっきりと、まるで先月『特盛りスーパーカツカレー・一時間で食べ終えたらタダ!』の看板を裏通りの洋食屋で偶然見つけたときのようにらんらんかがやきます(ちなみに勝ちました)。

 木乃は右腰のホルスターから、モデルガンを抜きました。プラスチック製のそれを高々と掲げ、ハンマーをカチリと上げて、


「                 !」

(↑あなたの思いついた変身のかけ声を書き込んでください)



 引き金を引きました。ハンマーが落ちました。キャップ火薬がたたかれてぱぽんっ、と情けない音がして、そのしゆんかん、木乃の体が光に包まれました。背景がボロボロの廊下から、蛍光色ケバケバしい怪しい空間へ変わり、ノリのいいBGMが聞こえてきました。えっと演出です。

 後はまあ、くるくる体がまわったり、光のシルエットで裸ギリギリだったり、足下から手先まで、光の帯が衣装になったりするわけですがそのへんは適当に想像におまかせします。

 そしてまばゆい光が収まったとき、


「変身終了だ! 今から木乃は、〝なぞの美少女ガンファイターライダー・キノ〟だよ!」


 エルメスが叫びました。謎の美少女ガンファイターライダー・キノ(以下キノ)は、おどろきの表情を浮かべ、自分の体を見回します。

 そう、今のキノは、


「うそ? 変わってないよ!」


 セーラー服を着て、腰にポーチがいくつかとホルスターがついたベルトを巻いて、右手にリヴォルバーを持っていました。前髪は跳ねています。


「──って、全然変わってないよ! まんまだよ! 変身してないよ!」


 キノが慌てて言いました。相変わらず腰にぶら下がっているエルメスが、落ち着いた調ちようで解説を始めます。


「いや、変わってるよ──。まずそのモデルガンが本物の銃、〝ビッグカノン ~しやめつてつ~〟になってかいりよく抜群の魔物封印弾頭が発砲できるようになったし、筋力や運動能力は人間ばなれしているし、セーラー服のそでが一ミリ厚くなったし、スカートがサービスで三ミリ短くなったし、ポーチの止め金具のマークがくまから猫になったし──」

「もういい。だいたいこんな格好で戦ったらわたしだってバレバレじゃん?」

「大丈夫」

「何が?」

「変身しているからだれも気がつかない。みんなだとは思わない」


 そんな鹿な、とキノが言う前に、キノは四人に囲まれました。あの生徒会の四人が、妙に元気を取り戻しています。


「私達を助けに来てくれたんだね! なぞの美少女ガンファイターライダー・キノ!」

「学園に出る化け物を倒して! 謎のガンファイターライダー・キノ!」

「ああ! 助かったよ! 謎のガンファイター・キノ!」

「戦ってね! 謎のキノ!」


 言いたい放題言って、四人は去っていきました。後には化け物一匹と、


「〝謎のキノ〟ゆーな」


 ぼやいた謎のキノが一人残されました。エルメスが言います。


「ホラね。変身って古今東西そういうものさ」

「……帰っていい?」

「ダメ。ほら、相手が待ってるよ」


 ぐるるるるると不気味にうなって、化け物はキノを見ます。まあそこにはキノしかいないわけですから当然です。ミカンみたいな大きさの、花粉症のように充血した二つの目が、ギロリとキノをにらみ付けます。きばから漏れるよだれが水たまりを作り、そこに右足を、べちゃ! と踏み出しました。


「あ……」


 その足の指先に、うわきが引っかかっていました。みどりいろの上履きでした。時節柄のワンポイントアクセントでしょうか、ささの葉と短冊が描かれた小さなシールがってありました。


「まさか……」

「そのまさかだね、キノ。あのときのフラれっ子だよ。の誘惑に乗って、化け物に変身させられたんだ」