「そんな──可哀相じゃん! えっと、こういう場合はどうすればいいの?」
「ビッグカノン ~魔射滅鉄~で撃つんだよ。元に戻る」
「ってこれ?」
キノは、右手に持っているリヴォルバーを見ました。
「でもね、それは一回の変身につき一発しか撃てないんだ。だから確実に当てられるように、相手が弱るまで使っちゃダメだよ」
「じゃあそれまではどうやって──うひゃ!」
化け物の腕と爪の横薙ぎを、キノはギリギリでかわしました。慌ててビッグカノンを向けて、しかし撃つ前に今度は左腕の拳での一撃をくらいます。
「きゃ!」
キノは廊下の外れまで吹っ飛んでいきました。突き当たりの壁にヒビを入れながらぶつかって、尻餅をついて止まります。
「痛い! それと髪がぐしゃぐしゃになる!」
「普通だったら死んでるよ。ほらキノ、立ち上がって戦う」
キノは立ち上がって右手を挙げ、廊下を四つん這いで走って向かってくる化け物にビッグカノンを向けます。しかし相手が揺れ動き狙いが定まりません。
「一発外したらお終いね」
エルメスが冷静に言って、キノはビッグカノンを下げました。
「何か武器はないの他に!」
「ないんだよねえ。──困ったねえ」
エルメスのその言葉に、キノはハッとして顔を下げました。そこには、おばあちゃんのポーチが。
「コレよ!」
キノはビッグカノンをホルスターに戻して、ポーチの一つをベルトから外します。それを、
「おばあちゃん、使わせてもらいます」
蓋を開けて逆さにしました。
ずざ─────────────────────────────────────!
と激しい鉄のすれる音がして、廊下に鋼の山ができました。タバコ二箱ほどの大きさのポーチから出てきたのは──銃器でした。実銃が拳銃を始めライフルマシンガンショットガン狙撃銃エトセトラ、キノの目の前でこんもりと山を作ります。
「さすがはおばあちゃん!」
キノの目が輝きました。田舎のおばあちゃん家の納屋には、世界中のありとあらゆる銃器が貯蔵されていたことを思い出しました。そして幼き日々、夕暮れ時カラスが鳴く田舎道、おばあちゃんの背でよく聞いた言葉も。
『いいですか木乃。正義とは暴力のことではないのです。勘違いしてはいけませんよ。でも力の伴わない口だけの正義もまた、人を救うことができないのです──覚えておきましょうね』
「キノ!」
化け物が後数メートルにまで迫っています。しかも火の玉を吐こうと、大きく息を吸い込みました。
「!」
キノは山の中から一丁、警察官が使っているニューナンブ三八口径リヴォルバーを左手で摑み、目の前の化け物に向けて引き金を立て続けに引きました。
ぱんぱんぱんぱんぱん、と乾いた音がして、弾丸が飛び出します。化け物は鞭で打たれたように痛がって飛び跳ね、やがて廊下脇の教室にガラスをぶち破って逃げて隠れました。キノは撃ち尽くしたリヴォルバーを手から放し、かわりに山の中から別の拳銃──中国製トカレフ自動拳銃を摑みます。なぜか紅白縞模様に塗られていました。残りの銃器の山を元あったポーチに丁寧にしまって、ちょっと入りきらないので並びを変えて上手く収まるようにして、蓋を閉めて、ベルトに戻して、
「化け物を追うんだ! キノ」
「うん!」
キノはスライドを往復させて装塡(厳密には自動拳銃の場合〝給塡〟と言うらしいですが、まーようするに一発目が撃てるように)したトカレフを手に、化け物が逃げた中等部二年△組の教室へと飛び込みます。
その瞬間、化け物は机を投げつけてきました。キノは床に転がるように避けて、ギリギリのところでかわしました。机はドアを破壊して廊下で激しく音を立てて、その音にトカレフの銃声が被ります。キノは中腰で、両手でトカレフを構え、外へ逃げる化け物へ向かい流し撃ちをします。全て命中。化け物は中庭へとガラスを突き破って飛び出しました。アサガオが植えられたプランターを踏んづけて、それでも必死になって逃げようとしたところを、
パン。
後ろ足に一発撃たれて転びました。中庭の太い楡の木にぶつかって、そこにへたり込みました。だいぶ弱っているようです。
「よしキノ! ビッグカノン ~魔射滅鉄~でとどめだよ! これで人間に戻るはずだ!」
「分かった!」
キノは撃ち終えたトカレフをポーチにしまって、右腿からビッグカノンを抜きました。化け物があけた穴を通って中庭に出て、横になっていたプランターを元に戻して、
「ぐるるるるるる……」
弱々しく唸る化け物の前に立ちました。その足には、緑色の上履き。
「もう大丈夫。あなたを元に戻してあげるから」
キノはそう優しく話しかけて、大口径リヴォルバーの銃口を向けます。どうにも言動が一致してないように見えますが、一致しています。
「今だね、キノ」
「うん」
キノが狙いを定めたとき──。
「ピンチだな!」
よく通る声がしました。キノが、へ? と疑問符を顔に出します。
「正義の少女がピンチのとき──」
よく通る声が続けます。
「今一人の騎士が天空の彼方より舞い降りる!」
キノが声の方を見上げました。斜め前、L字校舎の短い方の屋上に、一人の男がいました。
風が吹きました。
ざわわわっと葉擦れの音を従えて、屋上の男は優雅にたたずみます。
彼は白い学生服を着て、その懐からは懐中時計が一つぶら下がっていました。腰には一本の、黒い鞘の日本刀を差していました。背中に背負ったシルクの純白のマントが、静かに風にたなびきます。
「あ……!」
キノが、その男の顔を見て驚きました。
ききりと引き締まった顔つき。しかし眼差しは白いマスクで隠していました。鼻から額にかけての純白のマスク。両目のところはサングラスになっています。少し長い黒髪の頭に、白くてふさふさした犬の耳がちょこんとついて、そして頭頂部には、一つの真っ赤なリンゴが載っていました。男の前を、今純白のハトが飛びながら横切りました。ちなみにスローで。
「はい?」
驚き見上げているキノに、男が静かによく通る声で、しかし力の入った口調で語りかけます。
「大丈夫か? 謎の美少女ガンファイターライダー・キノ!」
「あの……、えっと……」
「ピンチに駆けつけたぞ!」
「えっと、ピンチ違いますけど……。大丈夫ですけど……」
「美少女の危機に駆けつけてこそ真の騎士! 待たせてすまない! 謎の美少女ガンファイターライダー・キノ!」
「人の話聞けよ。全然待ってないよ」
「助太刀いたす!」
「いいから、邪魔だから、もう終わるから。大体なんでそこだけ時代劇?」
「いい質問だ! そう私の名は! もちろん本名は言えないけど! 変身した後の名は!」
「いやそんなコト聞いてないし。正直あまりお近づきになりたくないし」
そこまで黙っていたエルメスがぽつりと、
「〝変態〟だね」
キノは同意して、激しく頷きました。
男は、マントをぶわさっ! と払い、よく通る声で叫びます。
「私の名は──〝純白の正義の騎士・サモエド仮面!〟」