ちゃちゃちゃちゃー、ちゃらっちゃー! サントラCD六曲目に入っている登場BGM、〝嗚呼愛しのサモエド仮面様!〟が学園中に流れます。ノリのいいテンポに、流れるようなバイオリン主体のメロディ。時折、『ばうっ!』とか、『うー、わんわん!』とか犬の鳴き声がアクセントで入ります。ちなみに〝サモエド〟とはロシア原産の犬の種類で、主に白く、長毛がふわふわで、いつも笑っているような顔が特徴です。陸とか。
「またの名を──〝ジ・オンリーワン・サモエド・ナイト!〟」
「どっちよ」「どっちだよ」
キノとエルメスが同時にぼやきました。
「どっちにしろ長いよ」「もう〝変態〟でいいよね」
純白の正義の騎士・サモエド仮面、もしくはジ・オンリーワン・サモエド・ナイトは、口元に爽やかな笑みを浮かべ、白い歯がきらめきました。
「わはははははははは! 今参る──とう!」
純白の正義の騎士・サモエド仮面、もしくはジ・オンリーワン・サモエド・ナイトは(以下〝変態〟──にしたいけど、しょうがないからサモエド仮面にしておくか)は、心の底から楽しくて笑っているような笑みと共に、屋上から飛び降りました。
そのまま墜落死してくれると話は早いのですが、キノとエルメスの期待を裏切り、サモエド仮面はマントをたなびかせ、中庭の芝生の上にすたっ、と舞い降りるのでした。
「……ま、いいや。終わらせる」
キノはやあ、と笑顔ですたすた近づいてくる変態──じゃなくてサモエド仮面を無視、ビッグカノンを化け物に向け直しました。
「いないし……」
そこには楡の木が一本と、十年前に植樹された旨を記載した札が一つ斜めに立っています。
化け物は、とっくに逃げていました。キノが肩を落とします。
「さあ、とどめだ! どうした? 謎の美少女ガンファイターライダー・キノ」
そう言って脇に立ったサモエド仮面に、キノが腹を立てます。
「あなたが余計なコトするから逃げられたでしょ!」
「気をつけろ……、ヤツはまだこの学園にいる」
「人の話を聞け! 誰のせいよ!」
「そうカリカリするな、謎の美少女ガンファイターライダー・キノ。君にはカルシウム(Ca)が足りない。煮干しをたくさん食べるんだ。骨粗鬆症は危険な病気だ。甘く見てはいけない」
キノは、この男のことはもう半永久的に無視した方がいいと思いました。
キノは気を取り直し、楡の木から始まる足跡を追って、体育館がある方へと歩き出しました。
「気をつけて、キノ」
どこから化け物が出てくるか分かりません。右手にはビッグカノンをしっかりと、そして左手で、ポーチからサブマシンガンのWz63を取り出しました。
Wz63は全長四十センチ弱の銃器です。グリップの中に入った長い弾倉で、拳銃弾を四十発連射できます。中庭の石に先端を押しつけてスライドを後退させ、撃てるようにしました。
「どこよ……」
「近くにいるね。油断しないで、キノ」
じりじりと体育館に近づきながら、キノの額に汗が流れます。体育館の入り口脇で、キノは一度止まります。
中に何かの気配はします。体育館ドア近くに背をつけて、一気に中に入り込もうとしたそのとき──。
ぐわしゃーん!
化け物の手が、体育館の壁を突き抜け、キノを巻き込もうと襲います。キノはまるで踊るような回転をして渡り廊下の下まで回避、三回転ですっと止まります。そのとき左手のWz63の銃口はもうピタリと、壁を突き破って出てきた化け物へと向いているのでした。もはや外しません。残酷にも見える、一瞬のキノの微笑み。
「痛いのは我慢してね。これはあなたのためなの」
キノが左手人差し指に力をかけた瞬間、
「危ない! 謎の美少女ガンファイターライダー・キノ!」
無視されてもさほど堪えない男が、日本刀を抜きました。振り回しました。その銀の刃は化け物が今いるところは全然違う場所で輝き、渡り廊下の柱を四本すっぱり切断しました。
「え?」
柱が切られれば屋根は落ちます。キノめがけて。
「うわー!」
激しい衝撃音がして、渡り廊下の屋根が八割以上落ちました。埃の向こうでキノが両目を見開いていました。後一瞬逃げるのが遅ければ、ぺちゃんこだったでしょう。
埃が風に消えた向こうで、
「とりゃー! うりゃー! 成敗! 逃げるなー!」
馬鹿侍が逃げる化け物を追って体育館の中に突入、日本刀をやたらめったら振り回しています。今壁が切り裂かれました。壇上はボロボロです。国旗ポールが微塵切り。バスケゴールはバラバラ。
化け物がガラスを突き破って逃げて、それでも男は止まりません。
「うぬ、そこか! どりゃ! あと六つ! 殺! ヒット! 斬る! KILL!」
よく通る声で吠えながら、白いシルクマントを振り乱し頭にリンゴを載せて仮面と犬耳つけて体育館をポン刀で切り刻むその姿は、見ているどんな人にも〝真面目に生きるって、難しいことなんだな……〟──そう悩ませるパワーがありました。
ずずずずずずずず……。ごごごごごご。ぐしゃどしゃ。
「…………」「…………」
キノとエルメスは口を開く気にもなれず、少し離れた校庭に体育座りで、体育館が崩れていく様を見守るしかなかったのでした。それでもキノは、訊ねてみます。
「今からわたしがあそこに行って、何かできることはある?」
「ないよ」
エルメスは間髪入れず返事をしました。
生徒達の思い出の詰まった体育館はあっと言う間に崩れ落ちました。全壊です。その瓦礫の中で刀を振っていた男は、
「ちっ、逃げられたか。踏み込みが浅かったな……」
そう埃だらけの顔で言った後、自分に向けて近づいてくるキノを見つけて笑顔で手を振ります。
「やあ、謎の美少女ガンファイターライダー・キノ! 無事だったかい?」
キノは黙って左手のWz63を向けて、引き金を引ききりました。フルオート射撃です。
ば─────────────っと連続して九ミリ弾が発射されます。激しいスライドの往復運動。雨のように弾き出される空薬莢が床で乾いた音を立てました。サモエド仮面は、
「いやあちょっと何をする謎の美少女ガンファイターライダー・キノ私は決して敵ではない」
などと言いながら、刀で弾丸をはじいています。
「これは困ったな謎の美少女ガンファイターライダー・キノでも相手の狙う先と指の動きを見ている私にはこれくらいなんてことはないよ」
もはや人間の目には見えない腕と刀の動きで、サモエド仮面は弾丸をはじき返し続けました。
一弾倉打ち切って、キノは煙立つWz63を下ろしました。サモエド仮面は涼しい顔で、
「謎の美少女ガンファイターライダー・キノ、落ち着いたかい? さあ、力を合わせて本当の敵をやっつけよう!」
チッ、と舌打ちしながらWz63をポーチにしまっているキノに言うのでした。三発ほどはじき損ねて仮面の下から血がだらだら流れているのですが、本人はまったく気にしていない様子でした。
「ビッグカノンは? あの変態にお見舞いしてやりたい」
「辛抱」
キノとエルメスが会話を交わしたとき、
うおぉぉぉぉぉん……。
狼の遠吠えにも似た、悲しい獣の鳴き声が聞こえました。キノが空を見上げます。校舎の屋上、手すりの外に、化け物がいました。そこは、
「マズイよキノ! ふられた場所だ。記憶が部分的に残っていたら、彼女思いあまっちゃうかも!」
「そんな! 助けなきゃ!」
階段のある校舎へと走り出そうとして、
「待って! キノ。足より早い方法がある!」