男子高校生で売れっ子ライトノベル作家をしているけれど、年下のクラスメイトで声優の女の子に首を絞められている。I ‐Time to Play‐〈上〉

第一章 「四月十日・僕は彼女と出会った」 ⑤

 必要最低限のチェックしかしないというせんたくもあったが、僕はとことん協力したかった。

 同時に、シリーズの続きも書きたかった。今まで以上に書きたかった。

 仕事量が一気に増えると予想されたこのとき、僕は悩み、そして考えた。

 高校をめようかと。

 その話をすると、担当さんは即答した。

 絶対にダメだと。それならば、僕の希望には添えないが、編集部判断で最低限の関わりしか認めないと。

 当たり前だが、そして厳しくは言わなかったが、母も同じ意見だった。

 そして、まるで三者面談のように、再び僕と担当さんと母で話し合って──、

〝一年間の休学〟というアイデアが産まれた。

 間違いなく忙しくなるだろう一年間を、切りよく休学する。

 その間、やりたいように仕事をする。

 そして一年後、出席日数が厳しくない私立高校に必ず復学する。その後二年間通い、高校は絶対に卒業する。よほどのことがない限りは、大学進学も目指す。

 こうして、僕は去年の四月から今年の三月まで、つまりは先月まで──、

 計画通り、思う存分に仕事をして過ごした。

『ヴァイス・ヴァーサ』の続きを、これでもかと書いた。

 休学した去年は、六冊出すことができた。一月(第三巻)、四月(第四巻)、六月(第五巻)、八月(第六巻)、十月(第七巻)、十二月(第八巻)だ。

 今年は三月に第九巻が出ていて、七月発売予定の第十巻と、九月発売予定の第十一巻の原稿は、すでに書き上がっている。十一月発売予定の第十二巻分も、今は直しの段階だ。

 並行してアニメ制作にも協力して、脚本会議にも全て参加した。ぼうだいな設定資料のチェックをした。

 本当に楽しかった。


 とうの一年を終えて、僕は予定通り、私立高校に転入した。

 僕は、プロフィールを何も公表していない。僕の正体を知っている人は、とても少ない。

 だから、新しい学校でも、作家であることは徹底的にかくし通すつもりでいた。自分から言う以外、ばれようがないと思っていた。

 そして──、

 わずか数日で、ばれた。


にたどりは……、声優だ。そして、僕の小説のアニメに参加している」


 僕の言葉に、


「正解!」


 似鳥は右手の人差し指を立てた。

 なるほど、確かに、これ以外の可能性は考えられない。

 二分はやっぱり、かかりすぎだったと思った。


 アニメ『ヴァイス・ヴァーサ』は、今年の七月に地上波で放送開始予定になっている。そのこと自体は、もう発表済みだ。

 その声の録音、いわゆる〝アフレコ〟は、つい先週から始まっていた。

 前の金曜日、四月四日のこと。

 僕と担当さんは、都内にある音響スタジオに初めて行った。僕は原作者として、毎週金曜日にあるアフレコに、全て立ち会うつもりでいる。


『ヴァイス・ヴァーサ』は、もともとキャラクターの多い話だ。さらにアニメでは、小説から時系列を少しいじってある。第一話から、登場キャラクターが多くなっている。

 だから、スタジオの録音用ブースの中には、イスが足りなくなるほどの声優さん達がいた。中には、名前を知らなければアニメファン失格といえる有名声優さん達もいた。

 そして、いざ収録が始まる前に、


「じゃあここで、原作の先生を紹介しますね! でも、先生は正体をかくしてらっしゃる人なので、ここで見聞きしたことはくれぐれも秘密でお願いしますね! ──はーい、じゃ先生! 入ってきてー!」


 プロデューサーさんが突然そんなことを言って、僕は録音ブースの中に引きずり込まれた。

 録音機械が並ぶコントロール・ルーム、そこに座っていればいいのだとばかり思っていたので、人生でトップ三に入るほどあせった。正直、逃げ出そうかと思った。

 つかまったウサギのような体でブースに入った僕を、プロデューサーさんが声優さん達に紹介した。

 休学中とはいえ、十七歳で現役の高校生と知って、声優さん達の間をいろいろな反応が飛びった。

 かつて何度もアニメの中で聞いたまさにその声で、


「はーっ! 今はそんな人がいるんだねえ……」(しぶい声の、超ベテラン男性声優さん)

「わっけー!」(ハンサムな若手男性声優さん。女子人気がもうれつに高い)

「すごいですね」(ヒロインを幾人も演じて、CDもたくさん出しているれいな女性声優さん)


 などと言われると、恥ずかしいことこの上なかった。

 しかも、〝原作者からのごあいさつ〟までいられた。

 あのとき何をしやべったのか、僕はまるで覚えていない。日本語だったと思う。僕は、他の言葉は喋れないので。

 アフレコ終了後に、担当さんにそのことを聞いたら、


「まあ……、うん……、よかった……、よ?」


 最後はクエスチョンマークで言葉をにごされた。それ以上聞く勇気は、僕にはなかった。

 先週のアフレコはそんな状態だったので──、

 そこにいた大勢の声優さん達の顔など、覚えているわけもない。


「ごめん。顔を覚えていなかった」


 それでも、僕はにたどりあやまった。そして、


「謝る必要なんかないのに」


 あっさりと言い返された。


「あの状態であの人数の顔を全部覚えていたら、それは超人だよ」


 気までつかわれた。


「でも、あの挨拶はおもしろかった」


 忘れて欲しかった。天をあおいだ僕に、


「ねえ! いろいろ、驚いた?」


 似鳥が、実に楽しそうに聞いた。


「そりゃあ、もう!」


 安心感からか、僕は思いのほか大きな声を出してしまった。すぐに声量を落として、


「……死ぬほど驚いたよ」

「驚いて死んだ人って、いるのかな?」

「え? えっと……、さあ?」


 もっともな問いなので、僕は、あとで調べておこうかと思った。


 こうして、一度とても驚かされて、理由が判明してホッとしたからか──、

 彼女との会話のハードルは、やや低くなった気がした。少なくとも、たいの知れない人との会話ではなくなった。


「そうか……、似鳥って、声優だったんだ……。でも、それは、学校では秘密にしてる?」


 他人との会話がまるで得意でない僕も、喋る余裕が出てきた気がする。だからか、珍しく自分の口から、質問が出た。

 似鳥は、笑顔でうなずいた。


「うん。言いふらすものでもないと思って。でも、名前はこれを使っているから、そのうち、誰かに調べられたらばれるかも。でも、そのときは、そのときのつもり」

「なるほど」


〝名前はこれを〟という言い回しがじやつかん変に聞こえたが、彼女が伝えたいことは分かったので、気にはしなかった。それより、〝僕から彼女のことがばれることだけは絶対にしよう〟、そう考えていた。


「ねえ、先生──」

「えっと! ……そう呼ぶの?」


 驚いた僕がにたどりしやべりに割って入ると、彼女は当然そうに、


「だって、原作者先生でしょう? しかも年上だし。──本来なら、敬語にすべきですよ?」

「いいや、普通に……、タメ口で、できれば、お願い。あと、本名でも構わないけど?」


 僕は頼みつつたずねた。すると似鳥は、


「でも、もしスタジオとかでそう呼んだら、まずくない? 私も──、まずい」

「ああ、確かに……」


 すると、今度はペンネームしか教えていない場所で本名がばれることになる。それは僕にとって大きなダメージではないが、似鳥の立場は、本当によくない。クラスメイトであることは、言うつもりはないのだろう。


「大丈夫! しっかり使い分けるから。学校では、先生だなんて呼ばない。約束する。もちろん、正体をばらすなんてことは絶対にしない。ちかう」

「ありがとう。そうしてもらうと、本当に助かる」

「むしろ──、学校ではいつさい話しかけない!」


 似鳥が、言葉だけを取るとなかなかひどいことを、さわやかな笑顔で言った。


「えっと……。まあ、それでもいいけど……」


 僕は言いながら考えて、今度はかなり早く気づいた。


「いや、その方がいいのか……」


 学校でうかつに話しては、僕や似鳥のことがばれてしまうおそれがある。

 今みたいに近くに人がいない、または二人っきりでいる状況が思いつかない以上、学校では一切会話をしないというのはけんめいさくだ。


「分かった。僕もそうする。うかつに話しかけて、ばれることになってしまうのを避けるために」


 僕は了承したあとで、ふと正直な感想をらす。


「似鳥はすごいね」

「すごい? 何が?」