男子高校生で売れっ子ライトノベル作家をしているけれど、年下のクラスメイトで声優の女の子に首を絞められている。I ‐Time to Play‐〈上〉

第一章 「四月十日・僕は彼女と出会った」 ⑥

 きょとんとした似鳥に、僕は言う。


「まだ若いのに、プロの声優だなんて」


 そして、即座に言い返される。


「俳優でも声優でも、若い人はたくさんいる。子役だっている。それに、先生──、自分は?」


 特急列車は、快調に飛ばしていた。

 四月に入って、急に日の入りの時間が遅くなったように感じる。窓の外はまだ明るい。


「先生は、いつもこの電車で行くの?」


 にたどりの質問に、


「そのつもり」


 僕は大きくうなずいた。

 僕が、いや、僕達が参加するアフレコは、毎週金曜日の朝十時からになっている。よほどのことがない限り、このスケジュールが変わることはない。

 だから僕は、毎週木曜日にこの特急列車で上京してホテルに泊まる。いわゆる前泊だ。アニメは全十三話の収録なので、アフレコも三ヶ月はかかる。

 これからずっと、金曜日は学校を休み続けることになる。もちろん、学校側には事情を説明して、無事に許可をもらってある。いや、逆か。許可が取れる学校を選んで、僕は転入した。


「夜行バスって方法もあるけど……、正直、眠れなさそうで疲れると思って」


 僕が言うと、似鳥が頷いた。


「なるほどなるほど。考えることは私とまったくいつしよだね。朝十はつらいよね。新幹線があれば、朝出発でも間に合うのに」


 似鳥が言った〝あさじゅう〟とは(僕も最近知ったのだが)、朝十時から始まるアフレコスケジュールの呼び名だ。

 これ以上、早いことはない。とはいえ、夜型人間が多い声優さんにはこれでもキツイらしく、テンションが上げづらいらしい。


「確かに。でも僕は──」


 この在来線特急が好きだ。たいていはいてるし、往復とも始発駅乗車だから自由席でも絶対に座れるし、長い乗車時間も好きなことをしていられるし、天気がよければ景色もいい。

 僕がなおに思ったことを言うと、


「私も、これから好きになるかもね」


 似鳥はそう答えた。

 僕には、その意味が分からなかった。


 話をしているうちに、しやしようさんが特急券のけんさつに来た。

 この列車の車掌さんは、時々若い女の人のときがある。今回もそうだった。

 ガラガラの車内に二人並んで座っている僕達を見て、車掌さんがどんなふうに思ったのか、僕には分からない。

 ただ、僕のに続いてにたどりの特急券を見たときに、いつしゆんだけげんそうな顔をしていたのは気になった。理由は、分からなかった。

 車掌さんが離れてから、


「先生。とうきようでは、どこに泊まるの?」


 似鳥が聞いた。そして、


「まさか……、編集部? 机の下に寝袋で……、こう……」

「いや、そんなことはない」


 僕は少し笑いながら言った。

 似鳥は編集部や出版業界についてはまったくくわしくないようだけれど、それが普通の人の反応なんだなと思いながら、僕は質問に答える。


「仕事で東京に行って泊まりになるときは、電撃文庫編集部が、いいばし駅の近くのホテルを取ってくれることになってる」

「へえ。どこ?」


 これは別に秘密にしておく情報でもないだろうと思って、僕はホテルの名前を答えた。

 飯田橋駅とすいどうばし駅の間にあるれいなホテルで、チェックアウトが十二時と遅いことも含めて、僕は気に入っている。編集部からも歩いてすぐだ。泊まる部屋によっては、編集部が入っている〝かどかわ第3本社ビル〟がよく見える。


「ふーん」


 似鳥からは、あまり反応がなかった。知らない、という顔をしていた。

 そこで、こっちは知っているだろうかと思いつつ、もう一つ追加情報を出すことにした。


「でも、一昨年と去年末の忘年会のときは──」


 そのとき泊まったのは、巨大なドーム球場のわきにある、名前も同じホテル。

 巨大風船のようなドーム球場。なにかと広さや大きさの例えに出されるが、実物を見たことがないほとんどの人にとっては、まったくピンとこないと思う(シロナガスクジラやせんかん大和やまとよりはマシかもしれないが)。

 そのドーム球場の脇に、地上四十三階建てという高層ホテルがそびえ建っている。


「ああ!」


 似鳥が、今度は楽しそうに声を上げた。


「そっちなら何度も泊まったことがある! いいホテルだよね。上の階は、すっごく景色がいいの!」

「うん。真冬だったから、よく見えた」


 あのときは、本当に素晴らしい景色だった。

 白いドームを見下ろして、となりに遊園地、そしてえんえんと広がる町並み。遠くに見えたのは、つくさん。夜もまた、その時期だけやっているというイルミネーションがとてもれいだった。

 東側に面したガラス張りのエレベーターからは、世界一高い電波とうが、ロールプレイングゲームのラスボスが住む塔のようにそびえているのも見えた。

 僕は光景を思い出しながら答えつつ、何度も泊まったということは、にたどりの家は結構お金持ちなのかなと思った。

 そのホテルは、東京の真ん中にあるが、普通のビジネスホテルとは違うおもむきだ。客室は、広くてごう。浴室にはスピーカーがあって、テレビからの音が流れる。どちらかというとリゾートホテルのようだ(そんなのに泊まったことはないけれど)。

 一円も払わないでこんなところに泊まっていいのかと、緊張とこうふんで眠れなかった。


「じゃあ、明日は? アフレコが終わったら、すぐに帰るの?」


 ばやに、似鳥が聞いた。

 正直、助かる。僕は会話がとてもにがだ。聞かれたことに答える方がずっと話しやすいから、とても助かる。


「うん。特急券も乗車券も往復で買ってあるから、乗れる時間の自由席で帰る。でも、時々、アフレコの後に打ち合わせが入る予定になってる。その場合、そのまま担当さんといいばしの編集部に行って、打ち合わせして、もう一泊することになる」

「なるほど」


 会話中に、特急列車は次の停車駅に止まった。二人の乗客が車両に乗り込んできて、一人がだいぶ前に、もう一人は五列前に座った。

 停車中で静かな今ならさておき、走り出したら、まだ会話が聞かれる心配はないと思った。

 列車が走り出して、


「さっき、何かプリントを読んでいたけど、ひょっとして、小説の原稿?」


 似鳥は次の質問をした。答えるのに苦労しない質問だった。


「そうだよ。いつかは言えないけれど、将来出す予定の、『ヴァイス・ヴァーサ』の続編の原稿」

「おお……、かっこいい……。作家みたい」


 似鳥が、両手のこぶしを小さくにぎりながら言った。


「そりゃあ……、作家ですから」


 とてもこそばゆいが、そうではありませんとも言えないので、僕はそう答えた。自分で自分のことを〝作家ですから〟なんて言ったのは、間違いなく初めてだ。


「これは、先生の仕事のじやをするわけにはいかないか……」

「別にいいけど? これはそんなに大切ってほどじゃない」


 この原稿は、今日絶対にチェックしなければならないものではなかった。

 回数を覚えていないほど、この特急には乗った。その間、僕はいろいろなことをしていた。

 今日みたいに原稿チェックをしたり、ノートパソコンをたたいてしつぴつしていたり、手持ちの本を読んでいたり。

 または景色を見ながら音楽を聴いて、新しいアイデアを考えていたり、考えていなかったり。

 もしくは、それら全てをごちゃ混ぜにして実行していたり、始発から終点までの乗車をいいことに、何もしないで寝てしまっていたり。


「ありがと」


 なぜだか分からないが、にたどりは小さく礼を言った。

 そして、


「実はね、私もやることがあるんだ。もっともっと、台本をしっかり読んでおきたいし」

「ああ、なるほど」


 当然、台本は明日のアフレコ用だ。アニメ『ヴァイス・ヴァーサ』、第二話。


「だから……、今日は別の席に行くね。また明日、スタジオでお互いを見かけましょう」


 似鳥は、残念そうでも楽しそうでもない、ごく普通の口調で言った。

 そして、


「もちろん、スタジオでも話しかけないけど。──私はまだまだけ出しで、やっと名前のある役をもらえた声優で、先生はそのアニメの原作者先生だからね! そんな! が高い!」


 冗談なのか本気なのか分からないが、そんなことを言った。