世界最強の魔法使い。だけどぼっち先生は弟子に青春を教わります
第2話 青春を教えてあげます ①
《青春契約》
1、セレネ・リアージュは一般的なマスターと同様に弟子を教育すること
2、セレネゼミの弟子は最低1週間に1度、マスターを青春的に楽しませること
3、この契約はセレネゼミの学生がアイネル魔法学院を卒業するまで効力を発揮する
◇
結局、イリアさんの提案を受け入れることになった。
押しに弱い、頼まれたら断れない、自分の意志がない……ミルテに散々言われてきたことだけれど、今回もその性分を遺憾なく発揮してしまったのだ。
真面目な講義を提供すれば、弟子たちが私をリア充にしてくれるらしい。
今のところは期待半分、絶望半分といったところだろうか。
イリアさんの熱意は分かったし、魔法の講義はちゃんとやるつもりだけど……私は本当にリア充になれるのだろうか? 青春のキラキラを味わえるのだろうか?
考えれば考えるほど無理な気がしてきた。
だってあの3人、なんかズレてるところあるし……。
だから、私は自分で努力をすることも要求されている。
弟子たちの力を借りずに友達を作らなければいけない。
そしてその計画は、いま、最終段階に突入しているのだった――
「――ふ、フレデリカ先生。今日はお茶会に誘ってくれてありがとうね」
「いいえ。リアージュ先生とは一度ちゃんとした場でお話ししてみたかったもの」
「私も! フレデリカ先生と色々話してみたかったの……!」
「そうですか。気が合いますわねえ」
「えへへ」
「おほほ」
私の目の前に座っているのは、優雅で上品な笑みを湛えるフレデリカ先生だ。
傍らに立っていたメイドさんが、ポットを傾けて紅茶を注いでくれる。
ほかほかと湯気が立ち、フルーティーな香りがただよってきた。
なんて素敵な香りなんだろうか。友達ができる予感しかしないよね。
現在、私はフレデリカ先生の研究室でお茶会に参加していた。
突然「お茶をしませんか」という手紙が届いた時は驚きのあまり心停止するかと思ったけれど、よく考えてみれば、前に会った時に約束をしたんだった。
フレデリカ先生、覚えていてくれたみたい。
ということは、フレデリカ先生も私に興味を持ってくれているはず……。
ここは勇気を出して踏み込むべきだ。
フレデリカ先生と友達になっちゃえ!
「そういえばリアージュ先生、あれから弟子とは上手くやれているの?」
「う……」
急に爆弾を投げられた気分だった。
「えっと、まあ、これから本格始動ってところかな……?」
「ふっ、あなたにしっかり弟子を教育できるかしらねえ? 今までずっと1人で研究してきたんでしょう? コミュニケーションとれているのかしら?」
「それはおいおいなんとかしたいと思っている所存です……」
「ああ、まったく心配ですわ!」
フレデリカ先生は溜息を吐き、手で目元を覆う仕草をした。
「その様子では、弟子のほうから愛想を尽かされてしまうんじゃなくって?」
「え……? 本当にそう思う……?」
「当たり前でしょう? ろくに指導もできないマスターについてくる弟子はいませんわ」
「だよねっ……! やっぱりフレデリカ先生は分かってるねっ」
「……何をおっしゃっていますの??」
手抜き授業を続ければ、怖い弟子たちとおさらばできるかも。
あ、でもダメだ。
青春契約がある以上、ちゃんとした講義をしなくちゃなんだった……。
「……とにかく。マドゥーゼル先生からうかがっておりますが、弟子に逃げられたら大変なんですってね? 栄えあるマスターであるあなたが路地裏で困窮しているところを想像したら、可哀想で可哀想で涙が出てきますわ」
「うう……心配してくれてありがとね。私のことを気にかけてくれるのは、フレデリカ先生だけだよ……」
「……ねえリアージュ先生、嫌味って分からないの? お馬鹿さんなの?」
「???」
IYAMI? 何それ?
とにかく、こんなに優しいフレデリカ先生とは早急に仲を深めたい。
今日はそのための秘策を用意してあるのだ。
1回のお茶会で終わらせないために。次へとつなげるために。
私はポケットに手を入れ、秘密兵器の手触りを確かめた。
それは――動物園のチケット、2枚である。
動物園はとても楽しい場所だから、一緒に巡ればテンションが上がって友情が芽生えるはずだ。ゾウやキリンたちには人の心をつなげる不思議な魔力がある。
あとはどうやって切り出すかだけど――
「そういえばリアージュ先生。1つクレームをつけてもいいかしら?」
「えっ? な、何かな……?」
「私の弟子のカミラさんが、あなたに破廉恥な仕打ちを受けたと言っているの。これはどういうことかしら?」
し……しまったああああああ!!
完全に忘れてたよ……イリアさんの従姉のカミラさん、フレデリカ先生の弟子だったんだ!
ちなみにカミラさんには昨日、新品のタイツを持って謝罪をしに行った。
いちおう「もう大丈夫です」と許してくれたから、一安心していたんだけど……。
師匠であるフレデリカ先生には何の説明もしていなかった。私の馬鹿。
「ご、ごめ、ごめんなさいっ! ちょっと魔法の出力を間違えちゃって……!」
「困りますわねえ、リアージュ先生? 弟子をコケにされたら、マスターとして黙っていられなくなってしまいますわよ?」
「そ、それは、えっと……」
「私はリアージュ先生と仲良くしたいと思っていたのだけれど。……私のこと、そんなに嫌いかしら?」
「好きだよ!!」
あ、本音が出ちゃった。距離感を完全無視した告白……これはもうダメかもしれない。
窮地に陥った時の私は、コミュ障が変な感じで空転してしまうのだった。
フレデリカ先生は目をぱちぱちさせて、
「す、すき? 何を言っているのかしら……?」
「あ、えっと、その、変な意味じゃなくて……! フレデリカ先生とは、今後も仲良くしていきたいなって!」
「はあ? 私をおちょくっていますの?」
「そんなことないよ! フレデリカ先生は穏やかで優しいから……カピバラみたいに!」
「………………ハァ?」
カピバラっていいよね。宇宙のようにゆったりしている。
そうだ、私が求めているのはカピバラみたいな友達なんだ……。
ところが、フレデリカ先生は何故かぷるぷると震えていた。
どうしたんだろう? 褒められて恥ずかしがってるのかな?
「へえ……そう。そうなのね。あなたは、本当に面白いことを仰るのね……ふふ……」
「え!? 面白い!? 私って面白いかな……!?」
ミルテから「お前つまんねーよ(意訳)」と言われること幾星霜……ついに私のことを分かってくれる人が現れたらしい。こんなに嬉しいことってないよ。
ここはもうガンガンいこうぜで攻めるしかないよね……!
「そうだ。もしよかったらでいいんだけど……」
ごそごそとポケットを漁り、チケットを取り出して、
「2人で動物園に、行かない……?」
塔のてっぺんからダイブする気持ちで誘ってみた。
友達と動物園に行くなんて、リア充すぎて眩暈がしてくる。
だけどその現実は、すぐそこに迫っているんだ……!
「……ねえリアージュ先生」
「は、はいっ」
「それって、『お前みたいなカピバラは動物園がお似合いだ』とでも言いたいんですの?」
「うん、そうだよ!」
フレデリカ先生って動物好きそうだもんね。いい人はみんな、動物が好きなんだ。
その瞬間――
ばんっ!! と、フレデリカ先生がカップをテーブルに叩きつけた。
私は「ぴや!?」と変な声を出して飛び上がってしまう。
「ど、ど、どうしたの!? 手が滑ったの……!?」
「ええ。手が滑りましたわ。……ちょっと気分が悪いので、今日のお茶会はこれでお開きにしてもいいかしら」
「大丈夫……!? はやく病院に行ったほうがいいよ! 何なら私が回復魔法を……」
「いりません。申し訳ございませんが、はやく出ていってくださる?」
「え、ええ……?」
私はメイドさんに背中を押され、フレデリカ先生の研究室を追い出されてしまった。
あ、あれ……? 思っていた展開と違うんだけど……。



