世界最強の魔法使い。だけどぼっち先生は弟子に青春を教わります

第2話 青春を教えてあげます ②

          ◇


 セレネ・リアージュほど忌々しいものはありません。

 たとえば、去年のメイプルスター賞。

 3年もの歳月を費やした渾身の研究を発表したのに、あの小娘のせいで受賞を逃してしまったのです。客観的に見れば、私のほうが優れていることは明らかなのに。


「ああああ~~~~~~~本ッッッッッッ当に、面白くないですわね~~~~~~~~ッ!!」


 フレーバーティーを飲み干し、意図せず貧乏ゆすりをしてしまいます。

 イライラが止まりません。

 セレネ・リアージュが単なる凄腕の魔法使いなら、まだよかったのです。

 しかしあの小娘は、ことあるごとに私のことを馬鹿にするから始末に負えません。

 カピバラって何? 喧嘩を売っているんですの? ああ、腹立たしい……。

 こちらもそれなりに拒否の意志は示しているものの、セレネ・リアージュには全然伝わっていないようです。


「私が密かにかけている外道魔法も効いていないようですしっ……!」


 実は最近、セレネ・リアージュには水面下で呪いを施しているのでした。

 たとえば【悪夢を見る魔法】、【階段でコケそうになる魔法】、【パンを落とした時ジャムを塗った面だけが下になる魔法】――

 最近研究している〝外道魔法〟の実験も兼ねた、腹いせです。

 しかし、成果らしい成果は出ていないようでした。

 外道魔法の効力が弱いのか、無理に平気な顔をしているのか。

 はたまたセレネ・リアージュが鈍感なのか……たぶんこれですわね。


「いつか絶対にぎゃふんと言わせてやりますわ……!」

「もっと言ってやってください、ドミンゴス先生!」

「きゃあっ!?」


 テーブルの下から声が聞こえ、椅子ごと引っ繰り返ってしまいました。

 墓から蘇るゾンビのように這い出てきたのは、最近私のゼミに加わった新入生――


「カミラさん!? 何をやっているんですの……!?」

「セレネ・リアージュのことが気になってしまいまして」

「だからって下品なことはやめてくださいまし! そのような振る舞いは私のゼミには不適切ですわ!」

「すみません! 以後気をつけます!」


 カミラさんはハキハキと宣言しました。本当に分かっているのでしょうか。

 私はこぼれたお茶を魔法で掃除しながら尋ねます。


「……で、カミラさん。セレネ・リアージュに折檻を受けたようですが、大丈夫ですか?」

「はい、怪我はしておりませんので!」


 カミラさんはくるりと回って壮健さをアピールしました。

 ところが一転、苦々しい表情を浮かべ、


「それはそうと、セレネ・リアージュって本当にマスターだったんですね」

「そうですわ。忌々しいことですけれど」

「あの人、弟子を上手く教育できるタイプなんでしょうか?」

「どうしてそんなことが気になりますの?」

「それは……イリアが魔法を使えるようになったらまずいので……」


 私は「なるほど」とカップを傾けました。

 カミラさんの事情はうかがっています。

 セレネ・リアージュの弟子であるイリア・ムーンライズさんがシルバーランクで卒業した場合、王位継承の目がなくなるとか何とか。


「……正直、教育者としての実力は未知数ですわね。腐ってもマスターランクですから、何だかんだ、それなりの成果を出すのではないでしょうか?」

「それじゃあ困りますっ! ドミンゴス先生の力でセレネ・リアージュを亡き者にできないんですか!?」

「そういう暴力的な発想は淑女としてどうかと思いますわよ……?」


 あなた、高貴な王族でしょうに。


「じゃあ、イリアをはるかに超越する魔法使いになりたいですっ!」

「なら修練を積むことですわ。明日は朝からプールで水魔法の講義をすることになっておりますので、予習をしっかりしておいてくださいな」

「うぐ……」


 嫌そうな顔をするカミラさん。

 いずれにせよ、彼女が危機感を抱いていることは事実のようです。

 となれば、これを利用しない手はありません。

 私はスコーンをかじり、カミラさんに不敵な笑みを向けました。


「……まあ、セレネ・リアージュが教育者としての才能を開花させるのも困りますわね。あの小娘にこれ以上の名声は似合いませんもの」

「ですよね! ボコボコにしないとですよねっ!」

「ですから――カミラさん。あなたにはセレネゼミの監視を命じます。何か不穏な動きがあったら、逐一報告するように」


          ◇


「フレデリカ先生、大丈夫かな……」


 黒板に魔法陣を描きながら、私は溜息を吐いてしまった。

 今日のフレデリカ先生はすごく体調が悪そうだった。お茶会も無理して開いてくれたのかな……? だとしたら本当に申し訳ないことをしてしまった……。


「セレネ先生! 1つ質問いいですか?」

「え? ああ……なに?」

「魔法陣って色々な形がありますよね? 形が違うことに意味があるんですか?」


 イリアさんがピンとまっすぐ手を挙げて発言した。

 私の目の前には机と椅子が並べられ、イリアさん、メローナさん、プラミさんが腰かけている(ちなみにミルテは有給休暇なのでいない)。

 なんと現在、私は真面目に基礎魔法の講義をしていた。

 青春と魔法の等価交換――イリアさんが提案した青春契約を履行しているのだ。

 まあ、これがなくても講義はそれなりにするつもりだったけどね。あれ以上カピバラでお茶を濁し続けたら、イリアさんたちに殺されちゃいそうだったし。

 つまり、私には真面目な講義をする道しか残されていない。

 弟子たちと接するのは怖いけれど、必要以上に刺激しなければ大丈夫……のはずだ。


「ごほん。……えーっとね、魔法陣の形は発動する魔法ごとに違うの。魔法陣は魔法の設計図だからね、形が同じだったら同じ魔法になっちゃうよ」

「なるほど……」

「ちなみに、大昔は魔法陣を描くことで魔法を発動していたの。これは知ってるよね?」

「はい。でも今はそんなことをしている方は見たことがありません」

「まあ、最先端の系統魔法だと魔法陣も使ってるんだけど、基礎魔法や応用魔法じゃ使わないよね。そういう一般化された魔法の魔法陣は、人間の心に刻んであるの。そこに魔力を流し込むことで魔法回路が励起して……」

「あー! まどろっこしいな!」


 メローナさんが睨みつけてきた。怖い。帰りたい。


「どうやったら魔法が使えるようになるんだ? もっと分かりやすく教えてくれよ」

「あ、えっと……そういえば、メローナさんは、どうして魔法が使えるようになりたいの?」

「あたし、指名手配されてるんだ」


 メローナさんが指名手配所を取り出した。

 そこには笑顔のメローナさんが写っていた。


「警察とマトモにやり合うには、拳だけじゃ足りねーだろ?」


 通報しようかな?


「わたしからもおねがい」


 今度はプラミさんが真剣な眼差しを向けてきた。


「プラミさんは魔法を使えるようになって何がしたいの……?」

「わたしは、魔法は使える。でも制御できないの。ハーフサキュバスだから……自分の魔力を自分で処理できないと、ところかまわず発情して大変なことになっちゃう」

「へ、へえ……」

「今もセレネ先生を襲いたくてうずうずしている……」

「それは大変だねっ!?」


 はやく魔法を教えてあげないと私が危ない。

 私は黒板に描かれていた魔法陣を消し、慌てて弟子たちに向き直った。


「とりあえず、魔法を使うためには〝魔力〟と〝魔法陣〟が必要なの。魔法陣は何回も描いて覚えればいいとして……、も、問題は魔力だね……」


 プラミさんは、魔力自体はあるようだ。

 一方、メローナさんとイリアさんは、1歩遅れているように見える。