世界最強の魔法使い。だけどぼっち先生は弟子に青春を教わります
第2話 青春を教えてあげます ③
自分の中の魔力を感知できていないのが原因だ。
こういう場合、手っ取り早く解決する方法が1つだけあるんだけど……。
私は深呼吸を1つしてから、メローナさんのほうにゆっくり近づいていく。
「メローナさん、怒らないでね……?」
「へ? どういう意味だ……?」
――ぎゅっ。
私は覆いかぶさるようにしてメローナさんに抱き着いた。
その瞬間、メローナさんが悲鳴にも似た声をあげた。
「な、ななななな何をする!?!?」
「じっとしてて。魔力がどんなものか、教えてあげる」
「おいちょっと待て! だからってこれはないだろ……!?」
メローナさんの体温がどんどん上がっていった。耳まで赤くなっているのが分かる。
……いや、私だって恥ずかしいよ? でも魔力を感知するためにはこれがいちばんなんだ。
私は体内の魔力を操作し、ゆっくりとメローナさんに注いでいった。
「あ……!?」
メローナさんがビクンと跳ねた。
ぷるぷると震え、何かに耐えるように身を強張らせる。
「なんか……なんか変なのが来るっ……!」
「分かる? 私の魔力が……」
「こ、これが魔力……!? 分かった、分かったから……これ以上注ぐのはやめろって!」
「ううん、まだ分かってないよ。もう少し慣れる必要があるから……」
「ひゃああっ!? だ、ダメだって言ってるだろ! おい、ちょっと……やめて、やめてよ……にゃあああああああああああああああああああああああ!!」
世界の果てまで届くような声があふれた。
そのままビクビクと痙攣しながら背もたれに寄りかかる。
あ、あれ……? やりすぎちゃったかな……?
「メローナさん、大丈夫……!?」
「も、もうだめ……」
ガクリ。メローナさんはうつろな目をしながら沈黙してしまった。
でもまあ、魔力を感じ取るための入り口にはなったはずだ。
次なるお相手は――
「ひっ」
視線が合った瞬間、何故かイリアさんはガタンと立ち上がった。
「あれ? どうして逃げようとするの……?」
「だ、だって! メローナさんみたいに痴態を晒したくありませんっ」
「でもやらなくちゃ魔力が――きゃあっ」
突然、背後から抱きしめられてしまった。
痴漢に襲われたような気分だ。プラミさんが目を「♡」にして抱き着いてきていた。
「な、なに!? どうしたの!?」
「メロちゃんがうらやましいの。次は私にぎゅーってして♡」
メロちゃん!? もうそんなあだ名で呼ぶ仲なの!? 羨ましい……いやそれはあとでいい!!
「いらないでしょ……!? プラミさんは魔力が感知できてるし……!」
「魔力って何? えろいの?」
「分からないフリしなくていいから! 私はイリアさんに抱き着くのっ!」
「けっこうです! 別の方法で教えてくださいっ!」
そんな感じで研究室は大騒ぎだった。
結局、ミルテにお願いしてプラミさんを押さえつけてもらい、私はその隙を突いてイリアさんに突撃することになった。
イリアさんは「ふにゃあああ!!」と絶叫して気絶してしまった。
やっぱり、荒療治すぎたかな……?
◇
「わあっ……! ほ、本当に……本当に魔法が使えるようになりました……!」
イリアさんが興奮した様子で叫んだ。
彼女のてのひらの上では、くるくると回転するつむじ風が発生している。
初歩の風魔法だ。
魔法陣は手書きで作成したものを利用しているため、まだまだ完全なる魔法とはいえないけれど、イリアさんにとっては大きな1歩である。
「やったね、イリアさん。あとは魔法陣を思い描けるように頑張ろう」
「はい! あの……ごめんなさい、セレネ先生。……私ずっと、先生のことを疑ってました。実はマスターとしての力はそんなにないんじゃないかって……あったとしても弟子の教育なんてしてくれないんじゃないかって……」
「ははは」
教育しないと殺されるからね。
「だから先生には本当に感謝してるんです。お礼にビンタさせていただいてもよろしいでしょうか……?」
「いいって。イリアさんが頑張ったんだから……ん? ビンタ?」
疲れてるのかな?
会話の流れ的に奇妙な単語が聞こえたような……。
今夜は早く寝ようかと考えていると、イリアさんが財布から札束を取り出して、
「お父様は『札束でビンタすれば誰でも喜ぶ』と仰っていました。今用意できるのは10万メロくらいですが、セレネ先生がよければ是非……」
「倫理観がおかしい!!」
国王、娘にどんな教育してるの……?
金持ちすぎて陰キャの常識が通用しないんだけど……?
「おいイリア。セレネ先生が欲しいのはそういうもんじゃねーだろ」
メローナさんが呆れた様子でイリアさんの後頭部にチョップをかました。
ちなみにメローナさんも風魔法を成功させている。意外なことに、魔法陣を描くのがとても上手で、この調子なら他の属性の魔法も難なく使えるようになりそうだ。
イリアさんが「ごほん」と咳払いをして、
「……そうでしたね。私たちは青春契約を履行するべきでした」
「でも青春って何するんだ?」
「もちろん恋愛だよ」
プラミさんが再び抱き着いてきた。でかい胸の感触が背中に伝わる。ふにふにだ……。
「セレネ先生はわたしと付き合うのがいいかと~」
「や、やだよっ……! 弟子と師匠の恋愛なんて聞いたことないもんっ」
「みんなやってるよ? 隣の研究室のアレクサンドロス先生(47歳男性)、弟子の女の子にセクハラして謹慎処分になったんだって」
「そうなの!?」
知らない間にそんな事件があったなんて。
ていうかそれ、「弟子と師匠の恋愛」の例として不適切でしょ……。
「禁断の愛……いいと思うけど?」
「ひいいいっ」
耳に吐息をかけられた。ゾクゾクして死んじゃう。
「……プラミさん、先生が困っているので離れてください」
「えー」
「セレネ先生が楽しめることでなければ意味がありませんよ。……先生、どんなことをしてみたいですか?」
「うーん……」
正直、やりたいことは山ほどあった。
でも弟子たちと一緒にやりたいかと言われると微妙だ。
私は穏やかで優しい〝本当の友達〟と青春を味わいたいのであってですね……。
「そうだ、殴り合いとかどうだ?」
「何言ってるんですか」
「路地裏のストリートファイターには、拳を交えて友情を確認し合う儀式があるんだとさ」
「だそうです。セレネ先生、要望を言わないと殴り合いになってしまいますよ?」
「ええ……!? む、無理に私の願いを叶えてくれようとしなくていいよ……? 魔法の講義はそれなりにやるので……」
「それじゃあ青春契約を結んだ意味がありません!」
「殴り合いするくらいなら何もしなくていいよっ」
そこでプラミさんが「そうだ」と顔を上げ、
「プールとかどう?」
「プール……ですか?」
「セレネ先生の水着が見られるし、いけいけな人たちってナイトプール行ってるイメージあるし、セレネ先生の水着が見られるから一石三鳥だと思うよ」
「やだあ! イリアさん、何とか言ってあげてっ」
「ふむ……」
イリアさんはしばらく考え込み、
「……アイネル魔法学院にプールってありましたっけ?」
私は慎重に言葉を選び、答えた。
「も、もちろんあるよ? 体育とか、水を利用する講義とかに使われてるの。フレデリカ先生もよくプールで授業してるって聞いたけど……ただ、プールを使うには総務課に許可をとらなくちゃだからね? 遊び目的じゃ入れないと思う……」
「じゃあ不法侵入だな」
「何で!?」
「一考の余地がありますね。決行するなら人気のない夜が適切でしょうか」
「ちょ、ちょっと待ってよ? もしバレたら怒られちゃうかもしれないんだよ……?」
「怒られたら殴り返せばいいじゃねーか」
「発想がヤンキーすぎるっ」
「セレネ先生、想像してみて?」



