世界最強の魔法使い。だけどぼっち先生は弟子に青春を教わります

第2話 青春を教えてあげます ④

 慌てる私を宥めるようにしてプラミさんが言った。


「誰もいない夜のプール……入っちゃいけないのは分かっているけれど、友達と一緒にこっそり忍び込む。なんだかとても青春っぽくない?」

「…………」


 い、言われてみれば……。

 静けさの増した夜、私は友達を引き連れて禁忌のプールへと足を踏み入れる。真っ黒の水面がゆらゆらと揺れ、窓から差し込む月明りがぼんやりと輝いている。私たちは誰かに見つかるかもしれないドキドキを胸に抱えながら、思う存分秘密の青春を満喫する――


「………………よいかも」

「じゃあ決まりだな! セレネ先生、水着持ってるか?」

「ううん、持ってない……」

「では買いに行きましょうか。今日の講義は終わりですよね?」

「そうだけど。でもやっぱり不法侵入なんて……」

「大丈夫。わたしがえっちな水着を選んであげるね」

「えっちなのはいらない!」

「さあ行きましょう! 青春契約を履行してあげます!」

「わ、ひ、引っ張らないでよっ」


 こうして私は街に繰り出すことになった。

 お店では弟子たちにあれこれ試着させられ、着せ替え人形のような時間を過ごすことになってしまった。布面積がネコの額くらいしかない水着を持ってこられた時は死ぬかと思った。

 話がトントン拍子に進みすぎている気がするけれど、本当に大丈夫なんだろうか……。


          ◇


 ドミンゴス先生に言われてセレネゼミの監視をした結果、さっそく不穏な動きを察知してしまった。4人揃って学院を出たかと思ったら、何故かデパートの水着コーナーに向かったのである。会話内容までは聞こえなかったが、セレネ・リアージュの水着を購入したらしい。


「怪しい……何か企んでるわね……!」


 イリアは確実に私のことを敵視している。

 自分の王位継承権を守り抜くためには何でもするはずだ。

 水着は意味不明だけれど、私を出し抜くための作戦に違いない。

 それからしばらく尾行を続けた結果、驚くべきものを目撃してしまった。

 やつらは研究所に戻ってしばらく時間を潰していたが、夜になって学院が静まり返った時、にわかに部屋を出てどこかへ向かったのだ。

 目的地は――体育館に併設されている屋内プールだった。

 昼間は講義や水泳サークルなどで使われているため賑やかだが、今は恐ろしいくらいの静寂に包まれている。

 固唾を呑んで見守っていると、セレネゼミの4人は、施錠されていない窓からプールの内部に侵入していった。

 周りの目を気にしながら、まるで空き巣のように。


「何をするつもりなの……? まさか闇の儀式……!?」


 正規の手続きを踏んでいるならば、正面の鍵を開けて中に入るはずだ。

 そうしないということは、後ろ暗い理由があるに違いない。

 こうしちゃいられなかった。

 私も中に入ってあいつらを監視しないと。


          ◇


 あっという間に日は暮れ、夜の8時となってしまった。

 この時刻になると学生のほとんどは帰宅し、学院内部に残っているのはマスターとか警備員さんとかだけになる。

 私は弟子たちに連れられ、周囲を警戒しながらプールに忍び込んだ。

 そこに広がっていたのは、広大な海のような水面。

 まだ4月半ばなので肌寒いかと思ったけれど、メローナさんが勝手に暖房を入れてくれたらしく、室内はとても暖かかった。

 ああ……何だろう。色々な意味でドキドキする。

 あれよあれよという間に連行されてしまったけれど、確実にやばい状況だ。誰かに見つかってマドゥーゼル先生に報告されたら、今度こそクビになっちゃうかも。また「虫唾が走るの」なんて言われた日には、ショックのあまり2週間くらい寝込んでしまいそうだ。

 でも、私は奇妙な高揚感も覚えていた。

 夜のプールに友達と侵入なんて……めちゃくちゃリア充っぽい!

 いや、イリアさんたちは友達じゃないけどね。


「あの……これ、変じゃないかな……?」


 私はモジモジしながらプールサイドに立った。

 何が恥ずかしいのかと言えば、水着に決まっている。

 私が(むりやり)購入させられたのは、ふりふりのフリルがついたワンピースタイプの水着だった。こんなの人生で1度も着たことがない。


「バッチリです。とても似合ってますよ」

「ぴやっ」


 恥ずかしさのあまり、その場に座り込んでしまった。私は手で顔を隠しつつ、指の隙間でちらちらイリアさんのほうをうかがい、


「で、でも、こんなのじゃ25メートルも泳げなくない……?」

「先生、何か勘違いしてませんか? 水着は泳ぐためにあるんじゃないんですよ?」


 わけの分からぬ言説を披露してくれる……。

 そう言うイリアさんは、ワンショルダーの水着を身にまとっていた。斜めがけのフリルで装飾された、いかにも金持ちっぽい華やかなデザインだ。そして特筆すべき点は、おっぱいがでかいということである。


「イリアさん、15歳だよね……?」

「そうですが?」

「へえ、そうなんだ……(絶望)」


 私より1つ年上だって聞いたけど、あと1年であんなに成長できるとは思えない……。

 いったい神様は何を考えて個々の能力値を配分しているのだろうか……。


「お、準備はできたみたいだな」

「セレネ先生、とっても可愛いね」


 周辺の偵察をしていたメローナさんとプラミさんが戻ってきた。

 メローナさんはスクール水着を装着している。アイネル魔法学院で支給されているものだ。露出した小麦色の肌がきれいである。水着のおかげでお腹のタトゥーが隠れているので、怖さ半減といったところか。そして特筆すべき点は、おっぱいがでかいということである。

 一方プラミさんは、紐としか思えないタイサイドビキニを着ていた。遠目で見れば全裸と勘違いしちゃいそう。私だったら恥ずかしくて1歩も動けないレベルの露出度なのに、プラミさんは頬を赤らめながらもどこか自信に満ちている。そして特筆すべき点は、おっぱいがでかいということである。

 この人たちはいったい何。


「先生♡ 一緒にあーそーぼ♡」

「で、でも」

「さあ先生、禁断の遊びを始めましょう!」

「本当に大丈夫だよねっ? 警備員の人いないよねっ?」

「いてもあたしがノしてやるから安心しろよ、先生」

「乱暴はダメだよっ」


 私は水着の弟子たちに揉みくちゃにされてしまう。四方八方からむにむにとした感触を押しつけられ、私の目はぐるぐるになることを余儀なくされた。ここは天国か、はたまた地獄か。なんだかいいにおいもするし、もうダメかもしれない。

 こうして、夢にまで見た青春の授業が始まってしまった。


          ◇


 私は思い知ってしまった。

 表面的な要素を真似たとしても、リア充になれるとは限らないのだ。

 たとえば、私はいま、禁じられた空間に忍び込み、同年代の子たちとフィーバーしようとしている。聞けば聞くほどリア充っぽいけれど、私の意識はむしろ器の小さいドロボウみたいな境地に達していた。

 はしゃぎすぎれば、誰かに見つかるんじゃない……?

 というか、探知系の魔法ですでに見つかってるんじゃない……?

 そういう不安が先立ち、目の前のリア充イベントに集中することができないのだ。


「先生~! ボール行きましたよ~!」

「え? ふぎゃっ」


 突如、顔面にビーチボールが激突した。

 イリアさんが放り投げたのだ。メローナさんが「あははは」と笑う。

 全然痛くはないけれど、マスターとしての威厳が台無しになっていく感じがした。元から威厳がないっていうツッコミはやめてほしい。

 プラミさんが弾かれたボールを拾いながら、私のほうに視線を向けてくる。


「先生、たのしくない?」

「楽しいかどうかと聞かれると……」


 思ってたのと違う。これに尽きる。

 楽しい楽しくない以前に、落ち着かないのだ。


「……ね、ねえ。みんなは怖くないの?」

「怖い? 何がだ?」


 メローナさんが首を傾げる。