世界最強の魔法使い。だけどぼっち先生は弟子に青春を教わります

第2話 青春を教えてあげます ⑤

「だってほら。もしバレたら怒られちゃうよ……?」

「リア充は怒られる時のことなんて考えねーんだよ」

「何その鋼メンタル……」

「何かが欲しかったら、何かを捨てなきゃ手に入らないんだ。本気でリア充になりたいんだったら、ちょっとルールを破るくらいのことはしなくちゃな」


 とんでもない暴論だったけれど、何故か心にグサグサと突き刺さった。

 確かに……私がこれまで決行してきたリア充作戦は、客観的に見れば極めて消極的な活動だったのかもしれない。


「そ、そうだよね。リア充って法律の1、2個は破ってそうだもんね……」

「セレネ先生、私たちを何だと思ってるんですか?」

「違法行為はリア充の必要十分条件だよ。私と不純同性交遊してリア充になろうね♡」

「それはなんか違う気がするっ!」


 プラミさんが突然絡みついてきた。

 何この子……とんでもなく力が強い。しかも10本の指が縦横無尽に動き回って私のお腹をまさぐってくる。まるでタコと格闘しているような気分だった。


「あはっ、あはははっ、お腹くすぐらないで~っ!」

「先生、笑顔のほうが可愛いね」

「そ、そんなことないからっ……あはははははは!」

「うりうり~っ」


 プラミさんがスパートをかけるように指の動きを加速させた。もうダメだ。笑いすぎておかしくなってきた。私はこのままプールの底に引きずり込まれてしまうのかもしれない。

 そう思って死を覚悟した瞬間、


「やめてください」

「あいたっ」


 イリアさんがプラミさんの後頭部にビーチボールを叩きつけた。

 プラミさんが恨めしそうな目で振り返る。


「リアちゃん、何するの」

「セレネ先生が嫌がってます。変態もほどほどにしないと逮捕されますよ」

「でもセレネ先生はツンデレなの」

「ツンデレじゃないよっ……!」

「だそうです。私たちがするべきことは、プールで普通に遊ぶことですよ。……さあ、セレネ先生」


 イリアさんが手を差し伸べてきた。

 困惑する私に向けて、金持ちの権化みたいな微笑みを浮かべる。


「ミルテさんから聞きましたが、先生は研究室に閉じこもっていることが多かったそうですね? メローナさんが言うように、引きこもっていたらリア充になることはできません。だから1歩踏み出してください。私たちがセレネ先生を楽しませてあげますから」

「…………」


 私の目の前には、見ようによっては頼り甲斐があるように見えなくもない弟子たちがドヤ顔で立っている。もちろん、この3人は理想の友達から程遠かった。

 でも……今だけは。

 この子たちに従ってエンジョイするのも悪くないかもしれない。

 そう、これはリア充になるための訓練なのだから。

 私は羞恥心に駆られ、少しだけ視線を逸らしてつぶやいた。


「わ、分かった。じゃあ、勇気を出して、楽しんでみる。……みんな、よろしくね……?」

「よーし! じゃあ容赦しなくていいよな!」

「へ……? ぴやっ」


 ドゴンッ!!

 メローナさんの放ったボールが再び顔面に直撃した。

 私はそのまま、ざぱーん、とプールに撃沈。

 突然の暴挙に思考が停止した。けれど――こうして遠慮なくじゃれ合うことこそ青春なんじゃないだろうか。弟子たちの当たりが強いのは、たぶん、ビクビクしっぱなしの私を勇気づけるための措置だ。

 私はブクブクと泡を吐きながらそんなことを考え、


「何するのー! やったなこら!」


 弟子たちの考えに乗ることにした。

 めちゃくちゃに腕を振り回してプールの水を浴びせてやる。

 これを受けた3人は、笑みを浮かべて応戦してきた。

 飛び交う水しぶき。反響する私たちの笑い声。

 イリアさんが先ほど習った風魔法を駆使し、ボールの速度を上昇させて放ってきた。私はそれを辛うじて打ち返しながら、晴れやかな思いでプールの天井を見上げる。

 にわかには信じがたいことだけど……、今の私って、最高にリア充っぽくない……?

 なんだか楽しい。最高の気分だ。

 青春契約を結んで正解だったのかも……。

 ところが、ふとイリアさんがこんなことを言い出した。


「そうだ、せっかくならゲームをしませんか?」

「げーむ?」

「こうやって無秩序にはしゃぐのも楽しいですが、ゲーム形式でルールを決めて遊ぶのも一興ですよ?」

「お、お~! なんかそれリア充っぽいね!」

「ゲームって何するんだ? デスゲームか?」


 メローナさんが首を傾げた。いや何でよ。

 イリアさんが「いいえ」と首を振り、


「ここはシンプルに、鬼ごっこなどはいかがでしょうか」

「ええ……? 私、逃げるの苦手なんだけど……。あ、『人生の色々なことから逃げ続けてきたから得意だろ』っていう指摘はやめていただけると助かります……」

「被害妄想激しすぎだろ……」

「誰もそんなこと思ってないよ」


 思われてそうな気がしてコンプレックスだったんだ。

 イリアさんが「まあまあ」と私を宥め、


「やってみれば意外と楽しいかもしれませんよ? そうだ、私たち3人で鬼をやるっていうのはどうでしょうか?」

「え……?」


 それって私がタコ殴りにされるってこと?


「行動範囲はプールの内部だけ。3分間逃げ続ければセレネ先生の勝ちとしましょう。ちなみに、ハンデとしてセレネ先生が魔法を使うのはナシでいいですか?」

「無理だよ。せめてワープ系の魔法は使わせてよ」

「それじゃ絶対に捕まえられませんよ」


 一理ある。一理あるけどそもそも前提がおかしい気が……。


「それと、これが本題なのですが」


 イリアさんは挑戦的な瞳で私を見つめ、


「せっかくなら罰ゲームを設定しましょう。単なる鬼ごっこでは少々退屈ですから」


 嫌な予感しかしなかった。ここは先手を打っておくべきである。


「そ、それなら良い案があるよ? ちょっと前に開発した【語尾に必ず〝にゃ〟がついてしまう魔法】っていうのがあって……」

「それでは生温いです。勝者は敗者に何でも1つ命令できる、というのが妥当かと」


 はい無理難題来ましたー!


「イリアさん、人身売買するつもりでしょ……?」

「そんなことしませんっ! 私が勝ったら1日の講義時間を増やしてもらいたいんですっ」

「あ、めちゃくちゃ真面目……」


 イリアさんはシルバーランクで卒業しないといけないし、無理もないか。

 問題は、残る2人だけど……。


「わたしはセレネ先生とちゅーしたい」

「今までの犯罪を全部セレネ先生のせいにしたい」

「2人は不真面目だねっ!?」


 何でそんなどぎつい要求思いつくの!? リア充って普段何考えてるの!?


「ではさっそく始めましょう。準備はよろしいですか?」

「ま、待って! まだ私はやるって言ってないんだけど」

「ここまで来たらやらねば損です! さあ先生、逃げてください!」


 3人の弟子たちが笑いながら追いかけてきた。

 私は肉食獣に追われるウサギになった気分でプールの中を逃走する。


          ◇


 プールの2階席に身を潜ませ、眼下で行われている謎のじゃれ合いを観察する。

 セレネ・リアージュは、弟子たちに追いかけられてはしゃいでいた。

 イリアも楽しそうにセレネ・リアージュに魔法を放っている。

 ……そう。イリアが魔法を放っているのだ。

 基礎的な風魔法であるため、水しぶきをあげて相手の進路を妨害するくらいの意味しかなさないが……そんな些細なことはどうでもいい。

 まったくの魔法ド素人だったイリアが、少しでも魔法を使えるようになったという事実が、私の焦燥感をこれでもかというほど駆り立てていた。


「な、何てことなの……これじゃあ私の王位が……!」


 セレネ・リアージュが教育者として本当に有能だとは思いもしなかった。

 せめて、これ以上魔法の腕前が上達しないようにしなければ……。


「今に見ていなさい……あんたは私の足元で這いつくばってるのがお似合いなんだから!」